第30話 魔王討伐後も筋肉修行は終わらない
魔倒歴1015年 エルフ王国王都 美しい森の都
エルフ王国はお祭り騒ぎと言うほどではないが、少し浮かれていた。
そう、例えるならば何万発も花火が打ち上げられる大きな夏祭りではなく、近所の神社の出店のような、大型ショッピングモールの初売り大バーゲンではなく、近所のスーパーの特売日のような、そのような微妙な雰囲気だ。
その原因は、千年ぶりに降誕した魔王を、エルフの勇者がたった一人で倒したためだった。
正確には倒したと言うより、大人しくさせたと言うべきか。
千年ごとに繰り返される魔王降誕、その都度、魔界と人間界はまさに存亡を賭けた熾烈な戦いを繰り広げてきた。
その全ては、人間界側の勇者たちによって魔王が倒されて終わっている。
倒すと言うのは、魔王の命を奪うと言うことだ。
しかし、今回は違った。
エルフ王国の王子にして勇者であるガルド・リンドウェルは、魔王の人間界侵攻の野望(意志)を失わせたのだ。
一体どうやったのか? そもそも、そのようなことが可能なのか?
実はガルドは、かなり規格外の勇者であった。
通常の勇者たちは複数人(多い時は百人単位)が集まってパーティを組んで戦う。しかしガルドは、ソロ(一人)で旅を続けている。
そして勇者と言っても万能ではなく、武器を使った肉弾戦が得意な者、魔法による攻撃、治癒、支援が得意な者、身軽で罠の解除や偵察が得意な者と、役割が分かれていた。
しかし、ガルドは肉弾戦一本で、魔王の配下で最強と呼ばれる暗黒竜ヴァルドラゴン、炎ワーム・マグマバジリスク、氷の巨人・グランシエールを次々と倒し、そのまま魔界まで歩いて行ってしまうと、魔王を倒したのだ。
そのあまりに規格外な彼の活躍のせいで、エルフ王国では皆が、えっ? マジ? と皆疑心暗鬼に陥り、喜んで良いかどうか迷っているのだった。
「エンドルフィン女王陛下、恐れながら申し上げます。今すぐガルド王子に魔王の命を奪うように命じて下さい」
「そうです、魔王が本当に人間界への侵攻を止めるとは思えません。王子は騙されているのです!!」
「もしかして、王子は魔王に取り込まれてしまったのでは?!」
「無礼な、あなたはガルド王子が我々を裏切ったと仰るのか?!」
王城の広間では連日会議が行われている。
世界が平和になったと言う者、魔王が生きている限り真の平和は訪れないと言う者、そのどちらも正しくもあり、間違ってもいる。
なにせ前代未聞の事態なのだ。
壇上から、口論を続ける大臣たちの様子を眺めながら、エンドルフィン女王は、
「ハァ~、お腹減った」
などと、考えていた。
どうやら女王は、考えることを放棄しているようだ。
まあ、それも仕方がないだろう。真実を確かめるには、誰かを魔王城まで行かせるしかないのだ。
あと、ガルドが帰ってくれば、詳しい報告を受けることができるだろうが、どうせポージングをして、「筋肉の前に不可能は無い」などと言われて終わることが目に見えている。
魔王城に誰かを派遣するのは論外だ。命ぜられた者は泣き叫んで嫌がることが目に見えている。
「ハァ、ワインが飲みたいわ」
お茶ぐらいなら良いが、さすがに会議中にアルコールは不謹慎なので諦める。
「女王陛下、いかがいたしましょう?」
時々、彼女に話が振られるが、
「決断をするには情報が足りません」
と、言って誤魔化している。
そんな意味があまりない会議を盗み見ている者がいた。
高い天井の梁の上に寝転がり、堂々巡りを繰り返している大臣たちの声を聞いている者、それは一人の若い女エルフだった。
エルフは大人になると、外見の成長は止まるため、見た目だけでは年齢が分からない。
しかし、彼女はまだ百歳と言う、(エルフの中では)間違いなく若者だった。
金髪が多いエルフの中にあって、彼女は銀髪で、さらにそれをショートカットにしている。
彼女の名前はウェンディー・シグル、エルフ王国の女王エンドルフィン・リンドウェルの妹の娘、要は姪だった。
マッチョエルフ勇者、ガルドの従妹で、彼がヴォイドアビスで千年の筋肉修行を始めるまでは、よく一緒に遊んだり勉強をしたりしていた。
ウェンディーはいつも考えていた。
「ガルドはズルい」
自分はまだ若すぎると言う理由で、この王都から出ることを許されていないと言うのに、彼は大陸中を冒険し、大活躍をしている。
ガルドがヴォイドアビスに入る前まで、一緒に勉強をしたり弓や魔法の練習をしていたが、その時は二人の実力にそれほど差は無かった。
だと言うのに、勇者として活躍をしているのは彼だけだ。
エンドルフィン女王に、
「私にも活躍のチャンスを下さい!!」
とお願いをしたことがあったが、
「マッチョは一人で十分よ」
と、訳の分からないことを言われて断られてしまった。
実はウェンディーは、ヴォイドアビスから出てきたガルドと会ったことがないため、彼が千年間(外界では1年)ひたすら筋トレをしていたことを知らない。
彼女は、彼がヴォイドアビスで1年間修業を始めた時、自分も何か技能を身に着けようと思って、王都にある学院で薬草学の勉強をしていたのだ。
そして、それに夢中になっている間に、気が付いたら、そのガルドが魔王を倒してしまい、冒険の旅に出るチャンスを失ってしまった。
「絶対に冒険に出てやる」
ウェンディーは一人でそう決意を固めたのだった。
魔倒歴1016年 魔王城
勇者専用装備である勇者の剣。それに対抗するために、魔族側も魔王専用の剣を作っていた。
その名も魔王の剣。捻りのないそのままのネーミングだが、性能はかなりすさまじかった。
魔王の膨大な魔力をさらに増幅する能力があるため、気合を入れて振るうと、山や海ですら切り裂くことができる。
過去に魔王城に勇者たちが攻め込んできたとき、当時の魔王がこの剣をフルパワーで振り回したところ、魔王城が崩れて、敵も味方も全員が生き埋めになったことがあるとか。
まあ、魔王も勇者もその程度では死なないため、瓦礫の山から這い出して戦いを続けたらしいが。
その魔王の剣は、実は広間にある玉座の後ろに組み込まれるように隠されていた。
お約束であれば、勇者たちが広間に突入してきたら、
「フフフ、待っていたぞ勇者共よ。我が自ら貴様たちを切り刻んでくれようぞ」
などと言いつつ、玉座から立ち上がって、おもむろに背もたれに仕込まれている魔王の剣を抜くと言うシーンが行われるはずだったが。
今回に関して言えば、全く出番がなかった。
それどころか……。
「凄い、なんて素晴らしい武器なんだ?!」
魔王ディアブロ・エディケーターがそう言いつつ、巨大なダンベルを両手で持っている。
それはエルフの勇者、ガルド・リンドウェルの愛用武器、グラビティ・ツインだった。
普通の人間では、持ち上げるどころかピクリと動かすこともできないほど重たい。
「筋トレもできて、武器としても使えるなど、最高過ぎる!!」
そう言うと魔王が、全身のバネを使ってグラビティ・ツインを投げる。
それはクルクルと回転しつつ飛んでいき、その進路上にいた上級魔族たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う。
そしてそのまま壁に命中してめり込んだ。
「嘘だろ、この部屋の壁は、魔王様と勇者共の戦いに備えて、特別頑丈に作られているのに……」
上級魔族たちが、それを見て驚いている。
過去の決戦の教訓から、魔王城が倒壊しても、この部屋だけは壊れないぐらい頑丈に作られているのだ。
そんなことをするぐらいなら、魔王城の外で戦うか、城壁や門を頑丈にするべきなのだが、どうしてもこの広間で最終決戦をしたいらしい。
あと、グラビティ・ツインは命中どころか、掠るだけでも、上級魔族たちですら五体満足ではいられない。
「貸してみろ」
ガルドがそう言うと、もう一個のグラビティ・ツインを手に取り、大きく振りかぶって投げた。
それは高速回転をしつつ楕円軌道を描くように飛び、そして彼の手の中に戻ってくる。
「おおっ、さすがはアニキ!!」
魔王もガルドのことをそう呼ぶようになっていた。
「アニキ最高!!」
「今日も筋肉が迸ってますよ!!」
魔界に戻ってきた暗黒竜ヴァルドラゴンと炎ワーム・マグマバジリスクも、そう言って拍手をしている。
「何というか……」
「ああ、もう色々な意味で駄目だな」
上級魔族たちが情けない表情でそう囁き合っている。
とてもではないが、もう人間界に侵攻などする雰囲気ではない。
後日、魔王も自分用のグラビティ・ツインを作り、玉座の後ろに設置することになる。
そして、元からそこにあった魔王の剣は、倉庫に放り込まれてしまったのだった。
年が変わった頃、
「もう、ここでの俺の役目は終わった」
と言って、ガルドは魔王城を後にした。
もちろん魔王たちは、
「そんな事言わずに、ずっとここにいて下さい」
「そうです、もっと俺たちに筋肉の素晴らしさを教えてくださいよ」
そう言って彼を引き留めようとしたが、
「立ち止まることは許されない。まだ見ぬ筋肉が俺を呼んでいるのだ」
彼はそう言って、旅立った。




