第29話 勇者神殿の存在価値
魔倒歴1015年 勇者神殿
険しい断崖絶壁が続き、さらに複雑な地形の渓谷を進んで行くと、突然、行く手を深い霧に塞がれてしまう。
その霧は、自然に発生したものではなく、決して晴れることがない。
人間はもちろん、魔族や魔獣ですら、その中では方向感覚を失い、迷い続けたあげく、野垂れ死ぬか、結局、元の位置に戻るようになっていた。
その霧を通り抜けることができるのは、この世界でただ一人、魔王を倒せる勇者だけだと言われている。
そして、その何者も寄せ付けない霧の奥には、美しく、そして荘厳な白亜の神殿が建っていた。
元は神話の時代に、神々が降り立った場所と言われるその神殿の御神体は、勇者の武具であった。
世界中で生まれた勇者たちは魔王を倒すために、この神殿を目指す。
しかし、たどり着けるのは選ばれた1名のみ。
剣と鎧と盾。魔王はガルドによって折られてしまった魔剣ドラゴンスレイヤーですら、傷つけることができないと言われている。
魔王が身に着けている邪神の加護を受けた鎧は、魔法の攻撃を全て無効にし、剣などで切りつけても弾き返されてしまうと言われていた。
その加護を打ち破れるのは、同じく神の祝福を受けた勇者の剣のみなのだ。
そして、身に着ける者の身体能力を最大限引き出し、治癒能力や魔法防御力を高める勇者の鎧。
鉄壁の防御力を誇り、あらゆる武具の攻撃を弾き返す勇者の盾。
この三種の勇者武具がなければ、人間族では魔王を倒すことは絶対にできないと言われている。
つまり、勇者がどれほど強くても、勇者神殿に到達することができなければ、魔王は倒せないということだ。
そして、そのことは魔王側も知っているため、過去に何度も神殿を破壊、もしくは勇者の武具を奪うために、勇者神殿を襲撃しようとしていたが、先にも記した通り、どれだけ強力な魔族や魔獣でも、大軍を渓谷内に突入させても、たどり着くことができなかった。
それは空からでも同じで、暗黒竜ヴァルドラゴンなどが、上空から神殿を見つけようとしても、霧のせいで発見できず、ありそうな場所を見当をつけて霧の中に降下しても、たどり着くことができない。
ついに我慢の限界に達した歴代の魔王が、自ら勇者神殿を目指してもたどり着くことができず、渓谷ごと吹き飛ばそうと、超強力な攻撃魔術を放っても、霧によってその効果は霧散してしまったのだった。
こうして渓谷の中はどうすることもできないため、仕方なく渓谷の入口に門を築いて封鎖をしていたのだが。
今、その渓谷を塞いでいた門の残骸を、オーガたちが片付けていた。
ガルドの武器、グラビティ・ツインの必殺技、神罰筋肉投擲の一撃によって、完全に破壊されてしまったのだ。
あの時、オーガたちは、ガルドと戦うために全員城門の外に出ていたため、爆発に巻き込まれず、幸いなことに死者が一人も出なかったが、その衝撃波と破片によって、全員が戦闘不能の大怪我をしている。
赤い肌のオーガも、頭や腕に包帯を巻いた状態で瓦礫を運んでいた。
「あ~面倒臭い」
「文句を言うなよ。さっさと片付けて魔界に戻らなければいけないんだから」
青い肌のオーガが表情をしかめつつそう言う。
ここは人間界の最北端で、ギリギリ魔界ではない。
そのため、魔王からの「魔族と魔獣は魔界に戻るように」という命令に従わなければならないのだった。
渓谷を塞ぐ城門の残骸を片付け、近くに作っていた集落も引き払わなければならない。
「もう、こんなの放っておいて、俺たちも魔界に戻ろうぜ」
「駄目に決まっているだろう。城門の残骸など残したら、俺たちが負けたことが人間どもにバレるんだぞ」
「実際、負けただろうが」
「まあ、そうなんだけど」
その彼らを完膚なきまで叩きのめした相手は、驚いたことに勇者神殿を無視して魔王城に一人で乗り込み、そして魔王に勝利をしてしまった。
「神殿の武具がないと魔王様に勝てないんじゃなかったのかよ?」
「あの筋肉エルフの武器は、ある意味、勇者の剣より強そうだったけどな」
投擲可能な巨大ダンベル、グラビティ・ツインのことだ。
常人では持ち上げることすらできない鉄の塊なのだが、ガルドはそれを左右の手にそれぞれ1個ずつ持ち、軽々と投げまくっていた。
「それにしても、まさか魔王様がたった一人の勇者に負けるとはな」
赤い肌のオーガがしみじみそう言うと、青い肌のオーガが作業の手を止めた。
「なあ、あのエルフは本当に勇者だったのか?」
「さあな」
彼らがいる場所からかなり離れた渓谷の奥。
真っ白な闇と言うべき霧の奥に、その神殿は建っていた。
神代に建てられた白亜の大神殿。それは、小さな集落に囲まれている。
緑豊かな自然と畑、そして神官たちが暮らす住居が建っていた。
そこでは、代々神殿を守ってきた人々が暮らしている。
そして不思議なことに、濃い霧に覆われているはずなのに、神殿の周囲はそれが晴れており、上を見ると青空まで見える。
綺麗に小石を敷き詰めて舗装された参道を、一人の神官が息を切らせて走って行く。
長い白髪を頭の後ろで束ねた年配の女性で、上品な雰囲気の美人だ。
白い女性用の神官服を身にまとい、金のサークレットや複雑な模様のベルトを身に着けているところを見ると、かなり身分は高いように見える。
「神殿長、神殿長はどちらに?!」
彼女は神殿に入るなり、大きな声でそう言った。
そこは神殿で最も神聖な場所、つまり拝殿で、右手に剣を、左手に盾を、身体に鎧を身にまとった巨大な万能神ナーデミーアーレの像が立っている。
「誰か、神殿長をお見かけした人はいませんか?!」
そこで清掃をしていた神官たちに向けてそう言う。
「どうしました?」
すると、万能神の像の側にある出入り口から、長い白髭を生やした年老いた男が出てくる。
彼こそが、ここ勇者神殿の神殿長で、彼を探している女性は神官長だった。
「いよいよ魔王の大規模侵攻が始まりましたか?」
「いいえ、そうではありません」
「では、何をそんなに焦っているのかね?」
落ち着いた雰囲気の神殿長が、長い顎髭を右手でしごきつつそう言う。
「魔王が倒されました!!」
「何だってぇえええ!!」
一瞬で貫禄が吹き飛んだ。
「ま、ま、魔王が?! それは本当ですか?!」
「はい、各王国の神殿から同じ報告が届いております」
実は、勇者神殿は大陸中の神殿と思念で通話ができるオーブを使った情報収集ネットワークを構築していたのだ。
そのため、このような隔離された場所に閉じこもっているというのに、常時最新の情報が入手できている。
「しかし、勇者様の武具を誰も取りに来ていませんよ」
「それが、今回の勇者は、魔王を倒したと言っても、命を奪ったわけではなく、降参させたらしく」
「魔王が勇者に降参?」
「はい、方法は分かりませんが」
「もしかして、上級魔族を人質に取って降伏を迫ったとか? それとも金銀財宝を積んで人間界への侵攻を止めさせたとか?」
どちらにせよ、とても嫌な勇者だ。
「ただ、魔王が死んでいないなら、まだ望みはあります」
何が何でも魔王に大暴れをしてもらわなければ困るようだ。
確かに、このままでは勇者神殿の存在価値が地に落ちるどころか、地面に潜ってしまいそうなのだから、無理もないだろう。
「そ、それで、魔王を倒した勇者はどうなったのですか?」
神殿長がワナワナと震えつつそう言う。
「それも分かりません。ただ、生きてはいるようです」
それを聞いて、神殿長は腕を組んで考え込んだ。
「何としても、何があっても、勇者にはここへ来てもらわなければならない」
「神殿長」
「勇者を探すのです。そして、ここへ招くのだ」
「わ、分かりました」
こうしてエルフのマッチョ勇者は人間界を救ったものの、色々な人に迷惑をかけまくるのだった。




