第26話 オーガの門
ガルドは頭上から急降下で襲い掛かって来るワイバーンに向けて、グラビティ・ツインを使った迎撃を続けていた。
右手でグラビティ・ツインを投擲すると、直後に左手のそれも投げる。
それは遠くまで飛ばすのではなく、小さな円を描くように投げると標的に直撃し、すぐに彼の元に戻って来る。
右手で投げたそれを左手でキャッチすると、すぐに投げる。
左手で投げたグラビティ・ツインも同じく、右手でキャッチすると、すぐに投げて、今度は左手でキャッチをする。
「スピン・トルネード!!」
これも、彼の必殺技の一つだった。
急降下をするワイバーンが、前から順番に叩き落とされていく。
「レッド編隊が?!」
それを上空から見下ろしていたゴールドリーダーが愕然となった。
まるで対空砲に撃ち落とされる急降下爆撃機状態だ。
水平爆撃や魚雷攻撃に比べて、急降下爆撃は刻一刻と高度が変わるため、迎撃は難しいはずなのだが、グラビティ・ツインは高速回転をしているため、攻撃範囲が広いのだ。
「ギャ!!」「ギァアアア!!」「ウギャアア!!」
ついに、レッド編隊が全滅した。
「ブルー、イエロー、グリーン、単独攻撃は危険だ、一斉に突撃しろ!!」
「し、しかし、ゴールドリーダー、それだと空中衝突の危険が?!」
「あのダンベルとぶつかるぐらいなら、仲間同士の方がましだ!!」
まあ、確かにその通りだ。
こうして残りのワイバーンたちが一斉にガルド目がけて急降下を開始したのだった。
「まったく、うるさい奴らだったな」
ガルドが両手でグラビティ・ツインをキャッチしつつ、そう言った。
彼の周囲には、数えきれないほどのワイバーンが転がっている。
奇跡的に、全員辛うじて生きてはいたが、戦闘を継続するどころか、空を飛ぶこともできない状態だった。
「さすがに、こいつらを食べる気にはなれないな」
それを聞いたワイバーンたちがビクッと震える。
「それにしても、こんな場所にワイバーンの群れがいるなんて、一体何をしていたんだ?」
いや、あなたを倒しに来たんですけど……。
こうしてガルドは、全く自覚のないまま魔王軍ワイバーン隊を退けたのだった。
魔倒歴1015年 勇者神殿の近く
勇者神殿は、人間界と魔界の境界の近くにあった。
そこは険しい地形で、深い渓谷になっている。
魔王を倒せる武具を保管しているその神殿は、晴れる事のない深い霧によってその姿を隠されていた。
現に、魔王は自分を倒せる物騒な武具を破壊するか奪うために、何度か配下の魔族や魔獣をその神殿に派遣していたが、一度もたどり着けたことがない。
どうやらその霧は、中に入った者を惑わせる効果があるらしく、あの魔王の三つの下僕たちですら、勇者神殿を見つけることはできなかった。
そのため、現在はその勇者武具が勇者の手に渡らないように、谷の入口を塞ぐように、オーガたちが待ち構えている。
オーガは魔族の中でも、戦闘能力が高いことで有名だった。
大柄で逞しい体、角が生えた鬼のような外見をしている。
よく外套とフード姿のガルドが間違えられるのは、このオーガに似ているからだ。
彼らは、勇者神殿がある渓谷の入口に常時張り付き、近付く者たちはもちろん、渓谷から外に出ようとする者たちも一人も通さなかった。
勇者神殿の渓谷の入口には頑丈な門が作られている。
そしてその上には見張り台があり、オーガの見張りが立っていた。
この門では10名程度のオーガが警備についており、近くに彼らの集落もある。
もし、門に勇者たちが近付いて来たら、門に備え付けられている大きな角笛を吹くことによって、その集落から100人を超えるオーガたちがすぐに駆け付けるようになっているのだった。
なお、オーガは男も女も、皆戦士で、性別による能力的な優劣はない。
それどころか子供ですら、人間族の大人の兵士より強かったりした。
ここ数日、そのオーガが守る門は緊張に包まれていた。
勇者神殿の渓谷の南側にある平原にエルフの勇者が出現したのだ。
恐ろしいことに、その勇者は百匹近いワイバーンを一匹残らず地面に叩き落としている。
「ふん、来るなら来やがれ」
角が2本ある肌の赤いオーガが鼻息荒くそう言った。
別にオーガの強さに角の数や肌の色は関係ないが、角に関して言えば多い方がなんとなく強そうに見えるのは確かだ。
「でも、そいつは暗黒竜や炎ワームや氷の巨人もやっつけたんだろ?」
青い肌で角が1本のオーガがそう返す。
「そんな馬鹿な話を信じる方がどうかしている。嘘に決まっているだろ」
「確かに信じられない話だけど、現にヴァルドラゴンとマグマバジリスクは帰って来ていないぞ。それってやられたってことじゃないのか?」
「だったら、あいつらが実は弱かったってことだ。人間族ごときにやられる程度のな」
そう言うと赤オーガが、
「ん?」
南の方から近付いて来る、同族のような人影を見つけて目を細めた。
「どうしたんだ?」
「あれは誰だ?」
「んんっ? 伝令にしては方向が変だな」
集落から連絡が来るとすれば北側から来るはずなのだ。
「あれは……オーガじゃない!!」
それは外套で全身を覆い、フードを目深に被ったガルドだった。
「おい、皆、気をつけろ。例の勇者かもしれん!!」
彼が門の下で待機をしている仲間たちにそう怒鳴ると、全員が武器を手に持って門から外に駆け出して行った。
赤い肌と青い肌のオーガも見張り台から降りて仲間に合流する。
その頃には、ガルドは門までかなり近付いていた。
「おい、エルフの勇者と聞いていたけど、俺たちより体がごついぞ」
「本当に勇者なのか? 雰囲気が異様だぞ」
蛮勇で名を馳せているオーガたちが戸惑っている。
彼らは全員、大きな斧や棍棒を手に持っていた。
オーガは魔法は使えず、弓矢のような飛び道具も使わないし、槍のようなすぐに折れる武器も毛嫌いしている。
要は怪力に物を言わせて薙ぎ払ったり、叩き潰したりする戦い方が得意なのだ。
「おい、止まれ!!」
ガルドが門の手前50mほどの位置まで近付いた時に、赤い肌のオーガがそう怒鳴った。
相手が普通の人間族なら、怯えて腰を抜かすほどの迫力のある大声だ。
しかし相手は、足は止めたが特に怯えた様子はない。
「お前は何者だ?!」
「俺は、エルフのガルド・リンドウェルだ」
「本当にエルフなのか?!」
そう言われ、ガルドがフードを後ろにずらした。
そして、もうすっかりお約束だが、オーガたちが困惑する。
「あの耳は、本当にエルフなのか?」
「俺は、何度かエルフを食ったことがあるが、確かにあんな耳をしていたな」
「おい、その両手に持っている鉄の塊は何だ?!」
今度は青い肌のオーガがそう聞いた。
「これは、俺の武器、グラビティ・ツインだ」
「……武器?」
さらにオーガたちが困惑する。
「あんな武器、見たことないぞ」
「実は見た目より軽いのか?」
オーガが持っている棍棒より、はるかに重そうに見える。
「ふんっ、そんな武器など見たことがないぞ!!」
赤い肌のオーガが、武器とはこういう物だ、と言いたげに大きな斧を持ち上げつつそう言った。
彼が装備している大斧は、一振りで牛や馬の頸を切り落とせるほど、切れ味が鋭い。
「どうせ、見せかけだけだろう!!」
彼がそう言うと、仲間のオーガたちが馬鹿にしたように笑った。
「ふむ、疑うなら見せてやろう」
ガルドがそう言うと、左右両手に持っているグラビティ・ツインを頭上に振り上げた。
そして、気合を入れる。
「神罰筋肉投擲!!!」
それは、ガルドの必殺技であった。
大きく振り落とされた両手から2個のグラビティ・ツインが縦回転をしつつ放たれ、一直線にオーガたち目がけて飛んでいく。
さすがは魔族一の戦闘能力を持った一族である。
とっさにオーガたちは左右に飛んで、その一撃を回避した。
しかし、直後にグラビティ・ツインは勇者神殿を封鎖する門に直撃し、これを一撃で吹き飛ばしてしまった。
爆風と衝撃波と大量の破片が飛び散り、オーガたちに襲い掛かる。
「うわぁああああ!!」
そのあまりの破壊力に、オーガたちが吹き飛ばされる。
どういう仕組みか分からないが、門を破壊し、そのまま渓谷の中に飛んで行った2個のグラビティ・ツインがクルクルと回転しつつ返ってくると、ガルドがキャッチした。
「まだ練習が足りないな。威力が半分も出ていない」
一撃で頑丈な城門を跡形もなく吹き飛ばしておいて、そのようなことを言うガルド。
「お、お前は……本当に勇者なのか?」
爆風に吹き飛ばされ、城門の破片に半ば埋まった赤い肌のオーガがそう言った。
「俺のことをそう呼ぶ者はいるが、俺はそのような物を目指してはいない」
「な、何だと?」
「俺が目指すのは、究極の筋肉、最強のマッチョボディーだ」
そう言うと外套をバサッと脱ぐ。
「…………」
その出鱈目な筋肉を唖然と見つめるオーガたち。
「これで納得したか? それとももう一回ぐらい俺のマッスル・ジャッジメントの威力を体験するか?」
「も、もう良いです」
「さて、それでは俺は行くとするか」
ガルドがそう言うと、跡形もなく崩れ落ちた城門に背を向けて歩き出そうとする。
「お、おい!!」
それを見て慌てて赤い肌のオーガがガルドを呼び止める。
このままでは、ただ彼らの職場が意味もなく破壊されただけで終わってしまう。
「何だ、まだ俺に用があるのか?」
「お前は勇者神殿に勇者の武具を取りに来たのではないのか?」
「勇者の武具だと?」
振り返ったガルドが首を傾げる。
「それは、このグラビティ・ツインより強い武器なのか?」
「当たり前だろう、魔王様を倒せるこの世界で唯一の武器だぞ!!」
赤い肌のオーガが、自分たちのボスの弱点を大声で叫ぶ。
しかしガルドは、
「そうか。ちなみに、その魔王の筋肉はどの程度だ?」
武具には全く興味がないようだ。
「えっ、き、筋肉?」
「ああ、お前たちもなかなか良い筋肉をしているが、それよりも凄いのか?」
そう聞かれて、瓦礫の山から這い出したオーガたちがお互いに顔を見合わせた。
魔王は禍々しいデザインの黒い甲冑を常に身に着けているため、誰も体つきどころか素顔すら見たことがないのだ。
しかし、あれだけ立派な甲冑を着て自由に動けるのだから、かなり体力はあるはずだ。
「あ、当たり前だろう!! 魔王様だぞ!!」
そして、魔王から魔王軍全軍に出された命令を思い出す。
そうだ、魔王様は、エルフの勇者を自分の前に連れて来いと言っていた。
うまく騙して、この化物エルフを魔王城に行かせることができれば……。
「よし、では魔王とやらに会いに行こう」
「ええ~っ?!」
作戦もへったくれも必要なかった。
「フフフ、魔王がどのような上腕二頭筋や腹直筋をしているのか、会うのが楽しみだ」
そう言うとガルドが近付いて来て、
「すまないが、地図を描いてくれないか?」
そう言うと、革のブーメランパンツに右手を突っ込むと、そこから紙とペンを取り出した。
「えっと、本当に行くのか?」
「ああ、俺の旅の目的は、筋肉修行だからな」
「魔王討伐ではなくて?」
「魔王とやらが脅威なら倒すが、今のところ無害だからな」
ガルドは魔王の配下を次々と蹴散らしているが、敵認定どころか障害とすら思われていなかったようだ。
ガルドにしてみれば、トレーニングのついででしかなかったらしい。
生暖かいペンを受け取ると、変な染みがついている紙に赤いオーガが魔王城までの地図を描いた。
「えっと、基本はひたすら北を目指せばいい。魔王城は大陸の最北端にあるから、海岸に出たらそのまま海沿いを進めば迷わないだろう」
「そうか、ありがとう」
その地図を受け取ると、ガルドが再び歩き出した。
人間界にとって最大の脅威にして、世界征服を狙う魔王の筋肉を見るために。




