第25話 ガルド、魔王軍に襲撃される
魔倒歴1015年 どこかの岩山
ガルドはドゥルザック・バルゲリアとその一族をマッチョボディーに鍛え上げた後、再び筋肉修行の旅を続けていた。
彼は南に行くのではなく、ひとたびエルフ王国に戻ると、今度は北を目指している。
それは魔王が支配する魔界へ近づくことになるが、
「北の方が地形が険しくて、良いトレーニングになる」
とのことだった。
現に、氷の巨人グランシエールが立て籠っていたアイスノース山脈も、大陸中央部北側にある。
「山は良い。空気が薄くて、効果的に筋肉を鍛えられる」
などと言いつつ、彼はダンベル型勇者の武器、グラビティ・ツインを両手で持ちつつ、険しい岩山を登っている。
「山頂で絶景を眺めつつするスクワットは最高だ」
意味不明なことを言う彼は、いつも通りの外套姿でフードを目深に被っている。
かなりの急斜面で、岩肌がゴツゴツしているというのに、息が全く乱れていない。
その時、遥か頭上から不気味な地響きが聞こえて来た。
「むっ!」
顔を上げると、ガルドに向けて複数の大きな岩が転がり落ちて来るのが見えた。
「落石か」
自分の体よりも大きな岩が物凄い速度で向かってくるというのに、彼は全く動じない。
さらに、転がる岩を追いかけるように、大量の土砂も急斜面を下って来る。
ガルドは、驚くべきことに両手で持っていたグラビティ・ツインを足元に置くと、両手を前に突き出した。
そして、まず目前に迫った岩を捕まえると、ポイッ、とそれを軽々とどこかに投げ飛ばす。
さらに次々と自分に向かってくる岩たちを、全て投げ飛ばし続けた。
「な、何者だ、あいつ?!」
山の斜面の先に、複数のオークがいた。
オークとは人型の豚のことで、魔王軍においてゴブリンに並ぶ下級兵士たちだった。
彼らが山の上からガルドに向けて岩を転がり落とし、人工の土砂崩れを起こしたのだ。
なにせ相手は、魔王の三つの下僕たちをたった一人で討伐した、悪魔のようなエルフの勇者だ。
彼らごとき雑魚魔族が束になって襲い掛かっても、勝てるわけがない。
そのため、こうやって待ち伏せをして罠を張っていたのだ。
彼らの遥か下方で、ガルドが複数の巨大な岩を、まるで向かって来た羽虫を払うように、掌を左右に振って吹き飛ばしてしまった。
岩の重さはもちろんだが、それが山の斜面を転がりつつ加速をしているため、質量自体は軽く数トンになっているはずなのに。
しかし、実はあの岩たちは序の口でしかない。
あれは土砂崩れを起こすための起爆剤のようなものだった。
「潰れるか、埋もれてしまえ!!」
オークたちが身を乗り出し、拳を振り上げてそう言った。
その直後に、ガルドの身体が大量の土砂によって飲み込まれる。
土砂崩れの破壊力は、頑丈な城ですら簡単に破壊し、広い街や村ですら丸ごと飲み込んでしまうほど広範囲に及ぶ。
過去に、山の麓で昼寝をしていた暗黒竜ヴァルドラゴンが、土砂崩れに飲み込まれそうになり、翼を広げて飛んで逃げる暇がなかったため、なりふり構わずに全力疾走で走って逃げたと聞いたことがある。
それほどの脅威ということだ。
「やった、エルフの勇者を倒したぞ!!」
「暗黒竜や炎ワームや氷の巨人が倒せなかった相手を、俺たちがやっつけたんだ!!」
オークたちが歓声を上げている。
これで間違いなく魔王様から褒めてもらえる。
作物が取れる土地をもらえるかもしれない。もしくは、獲物がたくさんいる森や湖かもしれない。
どちらにせよ、家で彼らの帰りを待っている同族たちに、良い暮らしをさせることができるはずだ。
笑いながら手を叩き合い、肩を組んで笑っていると。
土砂崩れの地響きの中から、ズシンッという音が響いて来た。
「な、なんだ?」
「土砂で、大きな岩が押し流されたんじゃないか?」
恐る恐る、視線を山の斜面に向けると……。
「な、何だってぇ!!」
大量の土埃で覆われたそこに、ガルドのシルエットが見える。
それが薄れていくにしたがって、彼が高速でスクワットをしているのが見えた。
「あ、あいつ、スクワットで土砂崩れを跳ね返したのか?!」
「そんな無茶苦茶な!!」
しかし、現にガルドは土砂によって押し流されたり、生き埋めになったりしていない。
「ふぅ、危ないところだった」
そう言うと、それまで中腰だったガルドが、その場で背筋を伸ばした。
「あと、少し膝を曲げる角度が浅かったら、押し流されていたな」
フゥ~、やれやれと右手の甲で顎の下の汗を拭うガルド。
「そんな問題じゃないだろ!!」
そんな彼に、一斉にツッコミを入れるオークたち。
「ムッ、貴様たちは魔族か? もしかして、今のは?」
そして、当然その声を聞いたガルドが、彼らの方に顔を向けつつそう言った。
「やばい、見付かった!!」
相手は、土砂崩れをスクワットで耐える男だ。
顔が豚で、普通の人間より少し力が強いこと以外、たいした能力がない彼らが、太刀打ちできるわけがない。
「逃げろ!!」
オークたちが一斉にガルドに背を向けると、走り出した。
それを見てガルドが、足元で半ば土砂に埋まっていたグラビティ・ツインを左右の手で掴んで抜き取ると、腰を落として身構えてから投擲する。
鉄の塊である巨大なダンベルが高速回転をしつつ飛んでいき、逃げるオークたちの前に突き刺さった。
激しい地響きがして、先ほどのものより遥かに規模の大きな土砂崩れが発生する。
「うわぁああああ!!」
再び回れ右をしたオークたちが、今度は斜面を駆け下りて行く。
彼らの進行方向にはガルドがいたが、もう彼のことなどどうでもよい。
すぐ背後に、全てを飲み込むように大量の土砂が迫っているのだ。
自分の左右を泣き叫びつつ、転がるように逃げていくオークたちに、ガルドは何もしなかった。
そんな彼の元に、先ほど投げたグラビティ・ツインが戻って来ると、それを左右の手でキャッチをする。
そして、フンッ!!と気合を入れると、それを自分の前の地面に突き立てた。
直後に、先ほどより規模が大きい土砂崩れが彼に襲い掛かる。
「筋肉防御!!」
そう言うと、両手でグラビティ・ツインを高速回転させる。
すると、山の斜面を流れ落ちて来た大量の土砂が、まるで鉄の壁にぶつかったように、そこで止まった。
結果として、この自分で引き起こした土砂崩れにも、ガルドは飲み込まれることなく耐えきった。
「フゥ、これはこれで良いトレーニングになったな」
土煙が収まると、ガルドがそう言って、何事もなかったかのように、再び山を登り始めた。
これは余談だが、彼のマッスルアーマーのおかげで、死に物狂いで逃げていたオークたちも助かっている。
魔倒歴1015年 荒れた原野
山岳地帯を抜けると、今度は荒れた原野が広がっていた。
この辺りには、人間族の遊牧民が暮らしているだけで、街や村はほとんどない。
「いいな、ここならグラビティ・ツインを使ったトレーニングが好きなだけできる」
確かに、一撃で土砂崩れを起こすようなダンベルを投げるには、かなり広い場所が必要だ。
まるで足元に転がっている小石を拾って投げるように、ガルドがグラビティ・ツインを投擲した。
それはクルクルと高速回転をしつつ、ブーメランのように楕円軌道を描いて空を舞い、そして再び彼の元に戻って来る。
頑丈な石造りの城壁すら一撃で木っ端みじんにするようなそれを、ガルドは軽々と受け止め、そして再び投擲をした。
それを繰り返していると、時々偶然に、鳥や獣にぶつかることがある。
当然それは、ガルドにとって貴重なたんぱく質として、美味しくいただかれていた。
「筋肉を育てるにも維持するにも、肉は必要だからな」
一応、旅に必要な荷物は袋に入れて担いでいるが、ここから先は、特に食料はなかなか入手することが難しくなってくる。
そんな彼を遠くから見つめている者がいた。
それは魔王配下の魔獣、翼竜ワイバーンで、ドラゴンの下位種なのだが、見た目は古代に絶滅した翼のある巨大怪鳥のような外見をしている。
実際、太古の昔に気候変動が原因で種が絶滅しそうになった時、魔力を持っていたおかげで、生き残った怪鳥が進化し、現在のワイバーンになったと言われている。
知能は見た目に比してそれなりに利口で、人間と大差ないため、ワイバーンは魔王軍において、偵察や伝令、さらに上空からの攻撃など多種多様な任務を担当し、ようは便利に使われていた。
そのため、
「エルフの勇者がオークたちの攻撃を退け、魔王領を目指して北上している」
その情報が魔王城に届くと、魔王から、
「その者を我の前に連れて来い。生死は問わない」
と、命令をされたのだった。
エルフの勇者ガルドが魔王領に入るためには、広大な原野を抜けなければならない。
ここは、ほとんど木は生えておらず、見渡す限り草原になっている。
そこで、ワイバーンたちは、それぞれ捜索範囲を決め、そこでひたすらガルドを待ち構えていたのだった。
ワイバーンはガルドに気付くと、人間には聞き取ることができない、甲高い声で鳴いた。
それを隣のエリアにいるワイバーンが聞くと、同じように鳴き声を上げる。
こうして、原野に広範囲に展開している仲間たちを呼び寄せたのだった。
「何か、騒がしいな」
人間の聴覚では捉えることができないその鳴き声に、ガルドは気付いていた。
それは耳ではなく、彼の筋肉が大気の振動を捉えているのだ。
「ん?」
そして、彼が足を止めて空を見上げる。
すると、四方の空から小さな点のようなものが近付いて来るのが見えた。
それは時間を追うごとに数が増えていく。
ワイバーンたちは、両腕と一体化した翼を動かしつつ空を飛び、そして足で槍や鉄球を持っている。
彼らはそれを、相手の攻撃が届かない遥か頭上から投下して攻撃をするのだ。
ワイバーンはドラゴンのようなブレスや魔法攻撃はできない。
その代わり、群れで行動し(ドラゴンは基本単独行動)、人間族の矢や魔法攻撃の届かない上空から攻撃をしてくる。
「ほほう、ワイバーンか」
当然だがガルドもワイバーンについて知っており、その特性や弱点も理解していた。
そんな彼の頭上目がけて続々と敵が集まって来て、大きく円を描くように旋回をしはじめた。
その数はすでに百匹を越え、さらにドンドン数が増えている。
「いくら暗黒竜たちを倒したエルフの勇者とはいえ、これだけの数の攻撃を同時に受ければ、防ぐことも避けることもできないだろう」
ワイバーンたちはそう考えていた。
「いいぞ、あのエルフの勇者を倒すことができれば、魔王様から褒美がもらえる」
ワイバーンの生息に適した険しい地形の山間部と、獲物が多く生息する森をもらうことができれば、巣作りや子育てがしやすくなる。
ワイバーンはいくつかのグループに分かれていた。
それらに名前が付けられ、それぞれ指揮を執るリーダーが示されている。
「こちらゴールドリーダー、各リーダー報告しろ!!」
全体のボスがそう言うと、
「こちらレッドリーダー、準備よし」
「ブルーリーダー、準備OK」
「グリーンリーダー、配置についた」
「こちらイエローリーダー、まもなく全員が揃う」
各リーダーがそう報告をすると、ボスは一度、地上に立っているガルドに視線を向けた。
何の障害物もない原野に、外套をまとった大柄な男が一人で立っている。
ガルドには、頭上でワイバーンたちがギャアギャアと鳴いているようにしか見えない。
「よし、これより攻撃を開始する。各編隊、Sコイル戦闘ポジション」
それを聞いてワイバーンたちが一斉にグループごとに分かれて、戦闘隊形を取り始めた。
各グループは一列縦隊になり、四方からリーダーを先頭に順番にガルドに向けて急降下を開始する。
ワイバーンたちは高度を落としつつ加速を続け、ガルドただ一人に狙いをつける。
まずはレッドチームが、小さめだが複数の鉄球をガルド目がけて投下する。
小さい鉄球とはいえ、人間の大人の拳ぐらいの大きさはある。
それを遥か頭上からばらまくことによって、獲物にダメージを与えて動きを封じるつもりなのだ。
「こちらレッドリーダー、突入する」
ギャアギャアと鳴きつつ、ワイバーンがガルドに狙いを定めた。
その時、彼は斜め左前方から高速回転をしつつ接近する物体に気付く。
「な、何だと?!」
急降下中のため、避けることができない。
ギャアアアアア!!
レッドリーダーにグラビティ・ツインが直撃する。
さらに反対側からも高速回転するグラビティ・ツインが飛来し、後方に続いていたワイバーンを叩き落とした。
「これが、噂の投擲するダンベルか?! しかし、一度投げたら、次の攻撃までに間隙ができる!!」
レッド編隊の生き残りは、ひるむことなく、ガルドへの突撃を継続する。
しかし、すぐに次の攻撃が来た。
それどころか、右から左からグラビティ・ツインが襲い掛かって来る。
「い、いったい、どうなっているんだ?!」




