第24話 魔王の正体
魔倒歴1015年 魔王城
魔王城の広間は、異様な空気に包まれていた。
過去にも千年周期で魔王が降誕し、その都度、魔界から人間界へ侵攻が行われていた。
そして毎回、もう少しで人間界を支配できるというところまで追い詰めるのだが、そこから勇者たちに巻き返されて、最終的には魔王が倒されて終わっている。
しかし、今回はかなり様子が違っていた。
大陸の精霊力を暴走させるべく、プラウナ大樹海と灼熱のスカルノ砂漠と、アイスノース山脈に、ボスキャラたちを派遣したところ、たった一人のエルフの勇者によって、あっけなく倒されてしまったのだ。
もしその計画が成功していれば、大陸は混乱し、人間族どもはまともな反撃すらできなかっただろう。
魔王に歯向かう者、勇者たちも所詮は人間である以上、精霊力が乱れ、天変地異や異常気象に襲われれば、まともに戦うこともできなかったはずだ。
しかし、あっという間にボスキャラたちは倒され、唯一帰って来た氷の巨人、グランシエールは心に深い傷を負ってしまった。
今は心療内科に通院しつつ、自宅療養している。
そして、このボスキャラたちの敗北によって、魔王軍の侵攻は完全に勢いを失ってしまった。
対して人間界側の勇者たちは調子に乗って、各地で活躍をしている。
「何故こうなった……」
上級魔族の一人が、絞り出すような声でそう言った。
「ヴァルドラゴン、マグマバジリスク、グランシエールを倒したエルフの勇者のせいだ」
別の魔族が忌々しげにそう答える。
「奴を何とかしなければ、今回の人間界侵攻は、歴代ワーストワンの大失敗になってしまう」
長寿の上級魔族の中には、過去の魔王軍による人間界侵攻に参加をした者もいる。
彼らにしてみれば、現状をさぞかし不甲斐ないと感じているだろう。
「勇者神殿の状況は?」
それまで臣下たちを黙って見下ろしていた魔王が、小さな声でそう言った。
相変わらず漆黒の鎧を身にまとい、玉座に深く腰を掛けた姿勢のままだ。
「今のところ、たどり着けた勇者はおりません」
「では、それほど慌てることはない」
勇者神殿とは大陸の端、険しい渓谷の奥にある神殿で、そこにはこの世界で唯一、魔王を倒せる武器や、魔王の攻撃から身を守れる防具が安置されていた。
しかし、そこは険しい地形と晴れることのない濃い霧に閉ざされ、誰もたどり着くことができないと言われていた。
ただし、神に認められた勇者だけは例外である。
千年ごとに繰り返される魔王降誕、それに引き続く魔王軍による人間界侵攻、それに際して勇者の中で最も力が強い者が一人だけ、その神殿にたどり着くことができるのだった。
不思議なことに、複数人の勇者たちがパーティーを組んで勇者神殿を目指しても、濃い霧の中ではぐれて、選ばれた一人しか勇者神殿を見つけることはできない。
そして、そこで勇者の剣、勇者の盾、勇者の鎧という勇者装備を受け取ることができるのだった。
歴代の魔王たちは、その勇者装備を手に入れた者によって倒されている。
そのため、勇者たちは魔王討伐の途中で必ずその神殿を目指すし、逆に魔王側はその経路上で待ち伏せをして、それを阻止しようとしていた。
「もし、そのエルフの勇者が神殿を目指したら、どうしますか?」
一人の上級魔族が、控えめな声でそう言った。
なにせ相手は、魔王の三つの下僕をたった一人で倒した超強者である。
「お前が、倒して来い」
などと言われたら大変だ。
「すでに手が付けられないほど強いのに、さらに勇者装備など手に入れられたら、大変なことになるぞ」
普段は威勢の良いことばかり言っている上級魔族たちが、黙り込んでしまう。
「フンッ、このままでは埒が明かんな。今日はここまでとしよう」
魔王がそう言うと、玉座から立ち上がった。
漆黒の鎧が擦れて、ガチャッと金属音を立てる。
そして、そのまま広間から出て行った。
巨大な岩山の中をくり抜いて築かれた魔王城。
その上層階に広間があり、そのさらに上の最上階に魔王の居室があった。
魔王が自分の部屋の前に立つと、その扉の左右には石像が置かれている。
この石像たちはガーゴイルで、ドラゴンの姿をしていた。
ようは自動防衛システムのようなもので、侵入者が近付くか、魔王が命令をすると、自動で動き出して敵を排除するようになっている。
豪華な模様が彫られた大きな扉が自動で開き、魔王がそのまま室内に入った。
そして、全身を覆っている鎧を脱いでいく。
その下から、褐色の肌をした逞しい若い男が姿を現した。
下着姿のまま肩や腰に手を当て、筋肉のコリをほぐす。
一見すると人間の若者のようだが、頭部には二本の角が生えており、唇からは牙が覗いている。
あと、身体はよく鍛えられた筋肉質だった。
「まったく、どいつもこいつも使えないな」
兜を脱いだため、広間にいた時より声のトーンが高く聞こえる。
そして、パンツ一丁という姿で隣の部屋へ移動した。
そこは、魔王城とは思えない少し異様な部屋だった。
全ての壁と天井が全面鏡張りになっているのだ。
その部屋の中央に立つと、魔王は自分の身体をうっとりとした表情で見つめ、さらにポーズなど取り始める。
どうやら彼は筋肉が大好きなナルシストだったようだ。
嬉しそうに時々、「オゥ、イェ~」などと呟いている。
「はぁ~、我ながら惚れ惚れする」
魔族の多くは人間によく似た姿をしている。
ただ、肌の色が違ったり、尻尾や角が生えていたり、翼が生えていたりするが。
あと、共通しているのは、男も女も魔族は皆、体格が良い。
となると、魔族の長である魔王が、貧弱なはずがなかった。
彼は、この世界に降誕してから、毎日8時間、一日も欠かさずに筋トレを続けている。
「…………」
魔王にとって、このナルシストタイムは至福の時間だった。
いや、そのはずなのだが、その表情がふと曇る。
「ガルド・リンドウェル」
そう、部下たちの前では余裕を見せていたが、彼は密かにマッチョエルフをライバル視していた。
それは魔王を倒す勇者としてではなく、ボディービルダーとしてだったが。
「我に勝る筋肉無し」
そう言って、ムンッと気合を入れると、彼の全身の筋肉が一気に膨れ上がった。
この世界に降誕する際に、邪神や悪神から彼が授かった固有スキル「筋肉拡大」だ。
その名の通り、一瞬で筋肉を肥大化させ、それに合わせて筋力も倍増させることができる。
どうせなら、睨んだだけで相手を石化できるとか、目からレーザー光線を発射できるとか、相手の考えていることが読めるとか、もっと色々あったのではないかと思うが、授かってしまったものは仕方がない。
「フッ、いいだろう、エルフの勇者よ。この世界の運命を賭けて筋肉勝負だ」
命運をかけられる世界としては、もう少し違う勝負で争ってほしいと考えていることだろう。
「ガルドを捕らえろ。手段は選ばない。奴を私の前まで連れて来い」
この後、彼は魔王軍全軍に対して、そう命令を発する。
「どちらの筋肉が上か、分からせてやる」
そして、悪の親玉のお約束である高笑いをするのだった。
魔倒歴1015年 グランファルム領都グラン
国王の使者がグランファルム領の領都グランにやって来たのは、あの戦いから3か月後のことだった。
使者とその護衛の騎士たちは総勢50名で、かなり緊張をしていた。
バリアント・バルモントからの報告によれば、バルゲリア軍は千人もの兵力で、領都グランへ侵攻してきたらしい。
その後、「あれは間違いでした」という連絡が入ったが、それが本当とは限らない。
グランファルム領を占領したバルゲリア軍が、嘘の伝令を出した可能性があるからだ。
それを確かめに使者たちが派遣されて来たのだが、もし本当にバルゲリア領主、ドゥルザック・バルゲリアが反乱を起こしていたら、彼らはノコノコ敵地に乗り込んでいくことになる。
当然、待ち伏せをされて皆殺しにされてしまうだろう。
しかし――。
「あれ? 領都グランって、こんなに立派だったか?」
使者はかなり以前ではあるが、ここに来たことがあったため、領都グランの城壁があまり高くなく、さらにかなり傷んでいたことを知っていた。
しかし、今、彼の目の前には、高さも幅も倍以上になり、さらにその上には等間隔に石像が立っている立派な城壁があった。
「あの石像は、肉体の神マッチョーダですね」
護衛の騎士がそう言う。
「マッチョーダ神だと、あの暑苦しい信者が多いことで有名なやつか」
「私の友人にも一人、信者がいますが、身体を鍛えることにすべてを賭けていました」
そんな彼らが城門に着くと、寒いのに腕や足を出した二人の門番が立っていた。
彼らは、ガルドが捕まえて鍛え上げた野盗たちで、腕や足は筋肉でムキムキになっている。
「使者様が到着された。バリアント様にお伝えしろ」
門番がそう言うと、さらにムキムキの門番たちがゾロゾロと出て来て整列をした。
「何というか、寒くないのか、お前たち」
「大丈夫です。筋肉がありますから」
「き、筋肉?」
使者が城壁の上に並んでいる、肉体の神の石像を見上げつつ、怪訝そうな表情になる。
「それでは、領主の館にご案内します」
ムキムキの門番たちに先導され、彼らは領都の中に入って行った。
城壁とは違い、町並みは普通だった。
あと、戦で焼かれたり、破壊されたりした家などはない。
「どうやら、バルゲリア領が攻めて来たというのは、本当に間違いだったようだな」
使者と護衛の騎士たちは、安心して胸を撫で下ろした。
領主の館に到着すると、その正門玄関前で領主バリアント・バルモントが待っていた。
「遠路はるばるおいでいただき、誠にありがとうございます」
「うむ、どうやら貴殿の連絡通り、隣の領地とのことは誤りだったようだな」
馬の背から降りつつ、使者がそう言う。
「もちろんです。その証拠に、館の中にドゥルザック公も来ております」
グランファルム領に侵攻して来たという、バルゲリア領の領主も来ていると聞いて、使者たちがさらに安心する。
「そうか、それはご苦労なことだな」
そう言って館の中に入ろうとした時。
「そ、その前に使者殿、一つ確認をさせていただきたいのですが、ドゥルザック・バルゲリアと面識はございますか?」
「10年ほど前に一度、王都で会ったことがあるな。それがどうかしたのか?」
「そうでしたか。実は、色々ありまして、今はその時とは少々印象が変わっていると思います」
「重い病気にでもかかって、体調でも崩しているのか?」
「いえ、身体は健康そのものです」
「なるほど、では不摂生をして太ったのだな」
「まあ、身体が大きくなったことに違いはありませんが」
そう言って扉を開けて玄関ホールに入ると。
「ここにも肉体の神マッチョーダの像があるのか?」
まるで、ここは神殿のようだな、と使者と騎士たちが呆れながら笑った。
「い、いいえ、違います」
「では、これは何なのだ?」
「それがバルゲリア領主、ドゥルザック・バルゲリアです」
「へっ?」
使者が真顔に戻って、ムキムキボディーで両手を腰に当てるポーズ、フロント・ラットスプレッドを取っている半裸の男の方に、恐る恐る目を向けた。
確かに首から上はドゥルザック・バルゲリアによく似ている。
「お久しぶりです」
そして、白い歯を見せて笑いつつ、そう言われた。
「うぁわああああ?!」
「どうされました、使者殿?」
「だ、誰だお前はって、顔も声もドゥルザック公だが、な、何でそんな姿に?!」
「分かります。心の底から同感です」
腰を抜かして後ずさりをする使者と騎士たちの隣で、腕を組んで頷きつつ、バリアントがしみじみとそう言う。
「私は、目覚めたのです」
「何に目覚めたら、そうなるのだ?!」
「筋肉愛にです」
「ヒィイイイイイ!!」
こうして、本当の意味でドゥルザック・バルゲリアによる内乱騒動は終わりを告げた。
国王から派遣されて来た使者たちは王都に戻ると、彼に犯意はなかったと報告している。
「どうしたのだ、反乱は間違いだったと分かったのに、浮かない顔だな?」
王城で使者から報告を受けた国王がそう言った。
「は、はい、実は……」
「どうした?」
「グランファルム領に、エルフ王国の王子が滞在していたそうなのです」
「エンドルフィン・リンドウェルの息子がか?」
「はい。聞いた話では、彼はプラウナ大樹海、灼熱のスカルノ砂漠、アイスノース山脈に出現した魔王の下僕たちを、たった一人で討伐したのだとか」
「な、何だと?! 確かに、その三か所で戦いがあったとは報告を受けていたが、エルフの王子がたった一人で……」
信じられないのは無理もない。
初めは噂として伝え聞き、次に大陸中に派遣している商人たちなどから、正確な情報が報告として挙がって来る。
それらによって、魔王が三つの下僕たちを精霊力の集まる場所に派遣し、一時期、気候が乱れたりしたらしい。
もし、そのままの状態が続けば、大陸中が天変地異や地殻変動に襲われ、魔王軍との戦いどころではなくなっていたはずだ。
しかし、正体は分からないが、いずこかの勇者によって討伐をされたと聞いていたのだが、まさかそれがエルフの王子だったとは。それも、たった一人で。
「そ、それで、そのエルフの勇者は今はどこにいるのだ?」
その者を自国に招くことができれば、もう魔王軍など怖くない。
「それが、バルゲリア公を鍛えた後で、いずこかに旅立たれたとか」
「ドゥルザックを鍛えた?」
「は、はい……」
「何を?」
「き、筋肉を……」
「筋肉?」
「貴公はふざけているのか?」
「いたって真面目です」
こうしてガルドの存在は大陸中に、妙な尾鰭をつけつつ広がっていくのだった。




