第23話 筋肉無双伝
バルゲリア軍の陣内で、魔術師達が屈強な兵士達に魔術を駆けているのを見て
「あれは、身体強化の魔術か?! いかん、あの兵たちは城門を破壊する気だ!!」
その狙いに気付いたバリアントが、そう叫んだ。
城門は頑丈だが、それでも石を積み上げた城壁に比べれば脆い。
身体を魔術で強化された5人の兵たちに攻撃をされたら、破られる可能性が高い。
そして、城門が破壊されたら、千人のバルゲリア軍が、まるで濁流のように領都グラン内へ雪崩れ込むだろう。
しかし、その城門の前にガルドが飛び降りる。
普段は滅多に感情を表に出さない彼が、この時ばかりは滅茶苦茶怒っていた。
「トレーニングをせずに、魔力で体を強化するだと? 何たる邪道、肉体の神マッチョーダが許しても、この私が許さん!!」
そう言うと、彼は両手に持っていたグラビティ・ツインを足下に落とした。
ドスンッ、ズシンッと地面が揺れる。
「武器を捨てただと? なるほど、身体強化された兵たちの速度に追いつけないから、身軽になったのか」
城門の上からそれを見下ろしていたバリアントが、そう言う。
しかし、違った。
5人の身体強化された兵たちが、城門まで50mに迫った時、ガルドの身体が消えた。
いや、速すぎて肉眼で捉えることができなかったのだ。
そして次の瞬間――。
「マッスル・フィンガー!!」
身体強化兵の目の前にガルドが出現すると、デコピンを放つ。
「ウギャアアアア!!」
避けることも防ぐこともできずに、カウンター攻撃を受けた兵の身体が吹き飛んで、地面の上を転がっていく。
「ば、バカな! 身体強化をされた俺たちの目でも捉えることができないだと?!」
残りの4人が急ブレーキをかけて身構えるが、それでもガルドの巨体を捕捉できない。
二人目の額に再びマッスル・フィンガーが炸裂し、悲鳴を上げつつ吹き飛んでいく。
三人目は慌てて下がろうとするが、間に合わず、やはり一撃。
四人目と五人目はお互いに背中合わせになり、死角をカバーし合おうとした。
しかし、真横に出現したガルドによって、左右両手の中指による同時マッスル・フィンガーを受け、一撃で意識を失った。
「な、何が起こった?」
「信じられない。身体強化の魔術を受けた5人の屈強な兵士を、たった一人で倒すなんて……」
一部始終を見ていたドゥルザックと将軍が、呆然とそう呟く。
「いかん、奴の攻撃が来るぞ。お前たち、下がれ!!」
魔術師が、5人の部下たちに向けてそう叫ぶが、そこにグラビティ・ツインを拾い上げたガルドが、それを投げつけてきた。
この時、何故ウェイトを繋ぐ持ち手の部分がV字型になっているのか分かった。
クルクルと回転しつつ楕円軌道を描いて、ダンベルが宙を舞う。
そして、その軌道上にいた5人の魔術師たちが、次々と跳ね飛ばされていく。
当然だが、彼らは一撃で戦闘不能に陥った。
さらにグラビティ・ツインは飛び続け、ブーメランのようにガルドの手に戻る。
「なっ……何ということだ」
愕然と、ドゥルザックたちがガルドの方に目を向ける。
彼は両手に凶悪な巨大ダンベルを持ったまま、歩いて近付いてくる。
バルゲリア軍の千人の兵たちは、皆、怯え切っていた。
敵はたったの一人。本来であれば、敵のヒーローを打ち取る絶好のチャンスのはずだ。
だと言うのに、とても勝てる気がしない。
「まだです」
そのような絶望的な状況の中にあって、魔術師が掠れる声でそう言う。
「私は、相手の魔力を封じる魔術が使えます。あの化物の魔力を封じるので、全員で一斉に攻撃をしてください」
「そ、そうか、分かった」
ガルドさえ倒すことができれば、再びバルゲリア軍が優勢になるのだ。
投石器を作り直し、最初からやり直せばいい。
「マジック・シール!!」
魔術師が両手をガルドに向けて突き出すと、呪文を唱えた。
「ハァーッ、ハッ、ハッ、どうだ! これで貴様もただの人だ!!」
いや、とてもただの人には見えないが、それでも自分の魔術の発動を確認し、彼は勝利を確信した。
もし失敗すれば、魔力が弾き返されたり、中和されてかき消えたりするはずだ。
だと言うのに――。
「あ、あれ?」
ガルドは止まらない。
全く動じた様子もなく、ズンッ、ズンッと歩いて近付いてくる。
「も、もしかして……」
嫌な予感がしてきた。
「信じる神への祈りは済ませたか?」
「お、お前……」
ガルドがグラビティ・ツインを持ったまま軽々と右手を前に突き出し、その腕の筋肉を激しく収縮させた。
「お前は、全然魔術を使っていないのか?!」
「スーパーソニック・マッスル」
直後に、魔術師の身体が見えない衝撃波によって跳ね飛ばされ、ドゥルザックたちの頭上を飛び越えていった。
ちなみに、もちろん死なない程度に手加減はしている。
「さて、どうする?」
ガルドがドゥルザックに顔を向けると、そう言った。
「き、貴様、一体何者だ?」
さすがと言うべきだろう。彼は内心で怯え切っていたが、見た目は辛うじて平静を装っている。
もっとも、手や足が細かく震えていたが。
「俺はガルド・リンドウェルだ」
「リ、リンドウェルだと? エルフの王家の姓と同じだな」
「俺の母は、エルフ王国女王エンドルフィン・リンドウェルだ」
それを聞いてドゥルザックが、
「嘘をつくな!!」
と怒鳴る。
もう、すっかりお約束だが、やはり信じてもらえない。
仕方がないのでガルドがグラビティ・ツインを足下に降ろすと、目深に被っていたフードを後ろにずらした。
「そ、その耳は……本当にエルフなのか?」
「そうだ」
そう言いつつ、さらに外套をバッと脱ぐと――。
「ウギャアアアア?!!」
バルゲリア軍がパニック状態に陥った。
魔倒歴1014年 グランファルム領都グラン
「えっと、何と言えば良いか分からないが、大変だったな」
バリアントが、馬を降り、武装解除されて地面の上に座らされたドゥルザックに向けて、同情しつつそう声をかけた。
「い、一体、何なんだよ。冗談じゃないぞ。暗黒竜を倒したエルフがいると知っていたら、こんなバカなことしなかったと言うのに」
ドゥルザック率いる千人の軍勢は、戦意を失って降伏した。
そう、彼らはガルド一人に完敗したのだ。
唯一の救いは、敵味方ともに一人の死者も出なかったことぐらいだろう。
そして、グランファルム軍によって武装解除されている間に、
「あのオーガとエルフのハーフのような男は何者だ?」
と質問をしたところ、彼はエルフ王国の王子で、プラウナ大樹海に出現した暗黒竜を殴り飛ばして退治した、と教えられたのだった。
「まあ、何と言うか……うん、お前は運が悪かったと言うことだ」
勝者であるはずのバリアントたちも、何もしていないので、勝ち負け以前に戦った気すら全くない。
「筋肉の勝利だ」
そんな中、当のガルドだけは、意気揚々とグラビティ・ツインで筋トレをしている。
こうして見ると、やはり超重そうなダンベルにしか見えない。
「何にせよ、負けは負けだ。潔くそれは認めるが、バリアント」
「何だ?」
「このような願いは厚かましいと分かっているが、それでも頼む。全ての責任は俺にある。どうか兵たちの命は助けてやってくれ」
彼がそう言って深々と頭を下げると、バルゲリア軍の将軍が、
「ドゥルザック様……」
と言いつつ涙ぐむ。
「申し訳ありません。我々が不甲斐ないばかりに……ウウッ」
「まったく馬鹿なことをしたな」
「あんな奴がいると知らなかったからな」
ドゥルザック・バルゲリアは反乱罪で国王によって罰せられるだろう。
その代償は、本人のみならず妻や子供、それどころか一族全員の死罪だ。
「すまないが、俺にはどうすることもできん」
「そうか……そうだな」
現にドゥルザックは軍勢を率いて領都グランまで攻め込んできているのだ。
今さら、本気ではなかったとか、冗談だった、では済まされない。
「バリアント殿」
そこに、筋トレを続けつつガルドが近付いてくる。
彼は、外套は着ずに、超マッチョボディーを外気に晒したままだ。
「な、何かな、ガルド殿」
彼のおかげで領都グランは救われたが、言い換えれば、彼がその気になれば、たった一人で領都を滅ぼすこともできると言うことになる。
バリアントたちでは、それを防ぐことができないことは間違いなかった。
「その男に対する罰について、俺に任せてもらえないだろうか?」
「何だと?」
当然、そのようなことが許されるはずがない。
「確かに、その男は重い罪を犯した。しかし、よく考えてもらいたいのだが、グランファルム領側は何の損失も被っていない」
「ま、まあ、確かに」
さらに言うと、領都グランを守ってくれたのはガルドである。
ついでに言うと、彼のおかげで石垣は改修され、立派になっていた。
もし、ボロボロのままだったら、ドゥルザックはここに到着するなり、そのまま領都グラン攻めを開始していただろう。
そして、防御準備が整っていない領都グランは、ろくな抵抗もできずに陥落していたはずだ。
「それで、もし貴殿に任せたとして、この男にどのような罰を与えるつもりなのだ?」
反逆罪は、一族連座制が鉄則である。
ドゥルザックの命だけでは済まされない。
ガルドは地面の上に膝をついて座っているドゥルザックの前に立つと、
「貴様と貴様の一族の命を助けてやろう」
と言った。
「い、一体何が狙いだ? 金か? 領地か?」
それは有難い申し出だが、当然、命に代わる代償を求められるに違いない。
お前の領地を俺に寄越せとか、莫大な賠償金を支払えと言われるかもしれなかった。
「そのような物は、必要ない」
しかしガルドはそう言うと、その場でしゃがみ、視線をドゥルザックに合わせ、ニカッと白い歯を見せて笑いつつ、こう言った。
「貴様たち一族には、全員筋トレをやってもらう」
そう言って、右腕で力瘤を作る。
「殺してくれ!! 頼む、死刑にしてくれ!!」
「安心しろ、筋トレは良いぞ。筋肉は最高だ」
「嫌だぁアアアア!! バリアント、助けてくれ!!」
「ごめん、無理」
バリアント・バルモントが目を閉じて顔を横に向けつつ、小声でそう言う。
「ギャアアアアア!!!」
ドゥルザック・バルゲリアの悲痛な叫び声が、虚しく響き渡った。
この後、今回のドゥルザックによる挙兵は、単なる軍事演習で、事前に通知を受け取っていなかったバリアントが勘違いをしたということで、誤魔化すことになった。
「さあ、貴様たちも罰として腕立て伏せをしろ!!」
千人のバルゲリア軍の前で、ガルドが大声を張り上げている。
すっかり怯えた兵たちは、素直にそれに従い、その場で腕立て伏せの姿勢をとった。
「さあ、回数を数えるぞ。目標は千回だ!!」
「ええ~っ?!」
「1、2、3!!」
この後、ドゥルザックは自領に戻ると、領地の治安維持のために必要最小限の兵を残して軍を解散させた。
すでに経済的にギリギリの状態であったため、領民たちが反乱を起こすのではないかと心配していたが、結果的にそうはならなかった。
領主一族を鍛えるために、ガルドが一緒について来ていたからだ。
彼の恐ろしさについて、戦場から戻ってきた兵たちが、それぞれの街や村に戻って言いふらしたため、誰も領主に対してというより、領主の側にいるガルドが怖くて何も言えなかった。
「嘘をつくなよ。そんな奴がいるわけないだろ」
村に戻ってきた兵士からガルドの話を聞いた人たちは、皆、呆れてそう言い、誰も信じなかった。
しかし、バルゲリアの領都から、
「毎日、領主の館から悲鳴が聞こえる」
と聞いて、ガルドは只者ではないという部分だけは信じてくれたのだった。
それから数か月後、領主たちが引き締まった逞しい肉体に変身をする頃には、領内の経済や食料事情はかなり改善し、その結果、反乱は発生しなかった。
その最大の要因は、元々領主一族は贅沢な生活をしておらず、治めた税の大部分を軍備に消費していたためで、その分の税の徴収が無くなったからだ。
こうして後にガルドの活躍を好意的に書き残した『筋肉勇者英雄譚』に、新たなエピソードが書き加えられることになるのだった。




