第22話 領都グラン防衛戦
魔倒歴1014年 グランファルム領都グラン
グランファルム領主バリアント・バルモントが城門の上に立つと、その南に布陣しているバルゲリア軍から、馬に跨ったドゥルザック・バルゲリアが近付いて来た。
その左右には、屈強な甲冑姿の将軍と、ローブ姿の魔術師が護衛として従っている。
「バリアント・バルモントよ、我が軍勢を見たであろう。無益な抵抗はやめ、速やかに城門を開けよ!!」
黒い鎧に獣の毛皮を羽織った、いかにも悪者っぽい外見のドゥルザックが、大声でそう言った。
「黙れ、ドゥルザック! これは王に対する反逆だぞ。素直に自らの非を認めて、さっさと自分の領地へ帰れ!!」
それに対してバリアント・バルモントも、大声でそう怒鳴り返す。
「フンッ、交渉決裂だな。いいだろう、好きなだけ後悔するがいい!! もっとも、あまり時間はかからないだろうがな」
そう言うと、高笑いをしつつドゥルザックとその護衛が自分たちの陣地へと引き返していく。
そこでは、森から切り出されてきた木材で攻城兵器が組み立てられていた。
「バリアント様、あれはカタパルト(投石器)と、城壁を登るための梯子です」
「うむ、まずいな」
投石器はこちらの弓の射程外から大きな岩を飛ばしてくる兵器だ。
あれが完成すると、アウトレンジから一方的に攻撃をされることになる。
さらに、
「ドゥルザックの元には、数名の魔術師がいます。対してこちらには、治癒魔術が使える神殿の神官しかおりません」
魔術は厄介だった。
炎や雷、氷を飛ばしてきたり、風の魔術でこちらが放った矢を吹き飛ばしたり、跳ね返したりできる。
バリアントは腕を組むと、考え込んだ。
客人であるガルドが戦いに加わってくれれば、勝機はある。
しかし、それを頼むのはあまりに非常識だ。
本来であれば、無関係な彼を戦いに巻き込まないために、今のうちに街の外へ逃がすべきなのだ。
「バリアント様、ガルド殿に御助力を……」
「それは駄目だ」
「しかし」
「ガルド殿には、娘と騎士たちが命を救われている。この城壁が見違えるほど立派になったのも彼のおかげだ」
偶然とはいえ、彼がこの領地を通りかからなければ、愛娘は誘拐され、この街は今より簡単に攻め落とされていたことだろう。
「領主様」
バリアント バルモントの周囲に、住民の代表たちが近付いて来た。
皆、手に槍や弓を持っているが、彼らは訓練を受けた兵士ではない。
しかし、外周が約2kmもある領都グランを守るには、城兵だけでは手が足りなかった。
そのため、住民の中で戦える者たちを城壁の上に配置し、敵が攻めてきたら、その場所に城兵たちを集中投入してこれを撃退するという戦い方しかできない。
「皆、すまんが、街のために、家族を守るために一緒に戦ってくれ」
「もちろんです」
「しかし、あの大軍に勝てますか?」
このグランファルム領では、たまに野盗や魔獣が出現した時に、それを討伐することはあっても、人間の軍勢を相手に戦争をしたことはなかった。
そのため、皆、不安がっている。
「大丈夫だ。皆で力を合わせれば、必ず勝てる」
バリアント・バルモントが力強くそう言うと、住民代表たちは不安そうな表情で頷いたのだった。
結局のところ、この日は両軍ともに戦火を交えなかった。
バルゲリア軍の攻城兵器の準備が完了するまで、一晩かかったからだ。
夜明け前に、甲冑姿になったバリアント・バルモントは南側の城門の上に姿を現した。
城門や城壁の上には、グランファルム軍の兵士たちが配置についており、皆、不安そうな目をバルゲリア軍に向けている。
彼らの視線の先では、薄暗い小麦畑の中を大勢の兵士たちが移動していた。
姿ははっきりとは見えないが、彼らが手に持っている松明の明かりと、鎧の金属がこすれ合う音だけは、はっきりと聞こえてきた。
「それにしても、本当に立派になったな」
バリアントが自分の立っている城門を見下ろしつつ、そう言った。
「はい、ほとんどガルド殿が一人で岩を切り出し、それを運び、積み上げていったそうです」
「本当に、何者なのだ、あのエルフは……」
彼が捕まえてきた元野盗たちも、今は逞しい体つきになり、一緒に城壁を守っている。
別にグランファルム領や領主のバリアントに忠誠を誓っているわけではない。ガルドに心酔しているだけだ。
正確には彼の超マッチョボディーに。
そこへ、ガルドがやって来た。
「領主殿」
「ガルド殿……あ、あの、それは何だ?」
バリアントが、ガルドが両手で持っている、何と表現したらよいか分からない物を指さしつつ、そう問いかける。
「これは、重鉄の双輪。武器職人のグログに依頼をして作ってもらった、私専用の武器だ」
「ぶ、武器……へぇ~、確かに強そうだ」
ガルドが両手にそれぞれ持っている武器は、一言で言えば巨大なダンベル、ーーいや、バーベルと言うべきだろうかーー、だった。
彼は左右の手でそれぞれ一個ずつ軽々と持ち上げているが、普通の人間なら、数人がかりでも転がすのが精いっぱいという代物だ。
一見すると大きなダンベルだが、よく見ると二つの重り(ウェイト)を繋いでいる持ち手の部分がV字型に曲がっていた。
何だか持ちにくそうだが、理由は怖くて聞けない。
その時、山の稜線から朝日が姿を現した。
眩い光が領都グランと、その南側に布陣しているバルゲリア軍を照らし出す。
それが合図だった。
「投石準備!!」
バルゲリア軍が一斉に動き出す。
設置された投石器の数は全部で3基。
本当はもっと数を揃えたかったところだが、一晩で組み上げられるのはこれが限界だった。
その背後には、長い梯子を持った兵士たちが待機している。
「来るぞ!! 胸壁の影に身を隠せ!!」
バリアントが大声でそう言うと、兵士や住民たちが慌てて身を低くした。
城壁の上には、敵からの矢の攻撃から身を守るために、凸凹に石が積み上げられている。
しかし、いくらなんでも、そこに投石器から飛ばされる石がぶつかれば、防ぐことは難しいだろう。
バルゲリア軍の兵たちが、近くで拾ってきた大きな石を数人がかりで抱えて、投石器へと乗せる。
重さはバラバラだが、20kg~50kg程度といったところか。
それが300mほど先から飛んでくるのだ。
ドゥルザックが剣を抜くと、その剣先を城門の上にいるバリアントへと向けた。
そして、ニヤッと笑うと、
「打てっ!!」
と号令を発する。
3基の投石器から、ほぼ同時に3個の石が放たれた。
それらが放物線を描きつつ、城壁へと向かって飛んでくる。
もちろん、ピンポイントで狙うことなどできないため、あとは運任せだ。
「来たぞぉ~!!」
城兵たちが口々にそう叫んで蹲った。
城門の上に立っていたバリアントは、飛んでくる石の軌道を読んで、こちらには来ないと分かったため落ち着いているが、それでもかなり怖い。
その時、彼の隣に立っていたガルドが動いた。
フンッ!! と気合を入れると、ジャンプをしたのだ。
おまけに、その飛翔距離が異様に長い。まるで空を飛んでいるように見えた。
外套をなびかせつつ、ガルドは城壁の上に着地すると、ちょうどそこ目がけて飛んできた石を、右手に持ったグラビティ・ツインを軽々と振るい、重さが約30kgあるそれを軽々と打ち返す。
それがどこに飛んでいくか確かめることもせずに、再びジャンプをして、2個目の石は空中で打ち返し、さらに同じく3個目の石も、左手で持っていたグラビティ・ツインで打ち返した。
領都グランに向かって放たれた3個の石が、正確に投石器へと返って行く。
「うわぁああああ!! 逃げろぉおおお!!」
今度は、バルゲリア軍が慌てる番だった。
投石器の周囲にいた兵たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ散っていき、そこに石が落下した。
徹夜で組み上げた投石器が、3基とも一撃で木っ端みじんになる。
「そ、そんな馬鹿な……」
その言葉は、グランファルム軍とバルゲリア軍の双方の兵士たちの口から漏れた。
そして、何事もなかったかのように、城壁の上にガルドが着地をする。
「うぉおおおお、ガルドの兄貴、さいこぉおおおお!!」
「逞しぃいいいい!!」
騒いでいるのは、ガルドによって鍛えられた元野盗たちだけだ。
「あいつは何者だ?」
ドゥルザックが歯をギリッと食いしばると、そう呻いた。
「分かりません。グランファルムの騎士団に、あんな男はおりませんでした」
唖然とした表情のまま、将軍がそう答える。
そして、ハッとなった。
「バリアントの娘を襲った野盗たちが失敗したと報告を受けましたが、その現場で馬車が粉々に破壊をされていたと言っていました」
「それをやったのが、あの男だと言うのか?」
「おそらく、そうではないかと……思わないでもありません」
かなり自信がなさそうだ。
「ドゥルザック様」
魔術師が一歩前に出つつ、そう言った。
「我々にお任せください」
「おおっ、そうだな。あいつもきっと魔術を使ったに違いない。お前たちの出番だ」
「ハッ」
そう返事をすると、魔術師が右手を上げた。
すると、5人の魔術師たちが彼の前に整列をする。
そして、彼らの前に、さらに屈強な体形の5人の兵が並んだ。
その背中に向けて、魔術師たちが両手を突き出し、呪文の詠唱をする。
「フィジカル・エンハンスメント・スペル!!」
それは身体強化の魔術だった。
一定時間、人間の敏捷力、筋力、持久力を数倍に引き上げることができる。
ただし、魔術が切れると、身体がほとんど動かせなくなるほど、全身の筋肉が疲労するため、頻繁に使うわけにはいかないが。
5人の兵士たちの身体が二回りほど大きくなり、顔つきが変わる。
「行け、最強の兵士たちよ! 突破口を開くのだ!!」
「ハッ!!」
5人の兵士たちが一斉に走り出したかと思うと、近くに転がっていた投石器の残骸、その中で最も太い丸太を拾い上げた。
ちなみに、魔術師たちは身体強化の魔術が発動している間は、その対象に魔力を送り続けなければならないため、目を離すことができない。




