第20話 平和を満喫するマッチョエルフ
魔倒歴1014年 ホグオーク王国グランファルム領街道
黒い外套を身にまとった男たちが、馬に跨って移動をしていた。
人数は3人で、全員が左腰に剣をぶら下げている。
一見すると冒険者か傭兵のようだ。
先頭の馬に跨っていた男が何かに気付いて右手を上げた。
それを見て、残りの二人が周囲を警戒し始める。
彼らの進行方向には、バラバラになった馬車の残骸があった。
「どうやら、ここのようだな」
そう言うと、先頭の男が馬から降りて馬車の破片を拾い上げる。
「魔物にでも襲われたのでしょうか?」
「しかし、死体も血の跡もない……」
彼の部下らしい二人の男たちも、油断なく警戒しつつ馬から降りてそう言う。
「これは、攻撃魔術か? まるで見えない巨人に殴り飛ばされたようだ」
「高そうな馬車ですね。バルモントの娘が乗っていた物で間違いないでしょう」
3人が周囲を調べると、折れた矢や、地面に人間が倒れたような跡が残っていた。
「一応、襲撃はしたようだな。しかし、失敗したようだ」
「全員、捕まったのでしょうか?」
「……分からん」
そこは、昨日ガルドがエアリース・バルモントを助けた場所だった。
そして男たちは、その襲撃者たちの仲間のようだ。
どうやら、彼らはただの野盗ではなく、何者かに命ぜられてエアリースと、その護衛の騎士たちを襲撃したようだった。
しかし、まさかマッチョエルフが馬車を音速筋肉で粉微塵にし、たった一人で10人の野盗を捕まえたとは、さすがに思わない。
「捕まったとしたら問題ですよ。あいつらが傭兵で、金で雇われてバルモントの娘を襲撃したと口を割るかもしれません」
「チッ、あんな連中に任せずに、最初から我々に任せてくれていれば」
「今更何を言っても遅い。それより急いでドゥルザック様に報告をしに戻るぞ」
「小細工に失敗したら、次は力業ですか」
「ああ、俺たちが本気になれば、グランファルムなど一撃で滅ぼせる。なにせ、一応街は城壁で守られていますが、あれは魔獣避けだ。高さは不足しているし、ずっと戦などしていないから、まともに補修もされていない」
「いいですね。あいつらはエルフとの商売で金を貯め込んでいるから、全部奪っちまいましょう」
3人はそう言い合うと、馬に跨り、走り去ったのだった。
魔倒歴1014年 ホグオーク王国グランファルム領都グラン
エアリース・バルモントは、究極の選択を迫られていた。
それは勇者の下僕になるか、魔王の花嫁になるか、みたいな感じで、正直言ってどちらも死ぬほど嫌だ。
しかし、領主である父親から、
「お前も貴族の娘なら、命の恩人に礼を尽くしなさい。大丈夫、あのエルフは悪い男ではない、変態なだけだ」
と、きつく言われてしまったのだ。
確かに、彼が助けてくれなければ、護衛の騎士たちは命を奪われ、彼女はそのまま誘拐されていただろう。
高額な身代金を請求されるのは当然として、若くて美しい彼女は、野盗たちの慰めものになっていたかもしれない。
そのような目に遭えば、たとえ命が助かっても、もう元の生活には戻れない。
傷物になった貴族の娘は、神殿に預けられるか、山奥でひっそりと世捨て人のような暮らしをするしかないのだ。
それを考えれば、たとえ変態であっても、あのガルドというマッチョエルフに礼を言うぐらい、何でもないような気がしないでもない。
しかし……。
「無理よ。見ているだけで暑苦しくて、ピクピク動かれたりしたら、きっとまた気が遠くなってしまうわ」
「お嬢様、お気を確かに」
彼女の後ろに従っていた侍女が、小声でそう囁きかける。
「ええ、ありがとう。頑張るわね」
「お嬢様がお倒れになった時は、私が必ず支えますから」
二人は今、領主の館の中にある、ガルドが泊まっている客間へ向かっていた。
しかし、その途中で中庭に面した回廊を歩いていた時。
「あら?」
エアリースが何かに気付いて足を止めた。
中庭には、よく手入れをされた花壇と、千年前に魔王を討伐した勇者の像が立っている。
実はその勇者は、ここグランファルム領の出身で、バルモント家の始祖でもあるのだ。
千年前の魔王討伐に参加した勇者の数は、人間、エルフ、ドワーフ、あと獣人、亜人、すべて合わせて100人を超えると言われていた。
その中で生き残れたのは5人しかいなかった。
エルフ王国の女王、エンドルフィン・リンドウェルもその一人で、さらに言うと、現在も生きているのは彼女しかいない。
その生き残りの5人のうちの一人が貴族になり、ここの領主になったのだ。
エアリースも物心ついた頃から、この中庭で祖父や父親から、その偉大な先祖について話を聞かされて育っている。
「いいかい、エアリース。お前もこの勇者様に負けないような立派な大人に育ち、領地を治めるのだよ」
勇者は超人的な肉体と強力な魔力の持ち主で、剣で戦いつつ、魔術で攻撃や防御をしていたらしい。
しかし、その超人的な能力は、代を重ねるごとに薄れていき、今では彼女も父親のバリアント・バルモントも、ただの人になっている。
実は、過去にも男児に恵まれず、婿養子を取ったことが何度かあったのだ。
そのたびに、急激に血が薄まったのではないかと言われている。
それはそれとして、その毎日見つめていたご先祖様の像が、
「こんな場所にあったかしら?」
移動をしていた。
「そう言えば、そうですね」
侍女も首を傾げつつそう言う。
元々は花壇の中央で美しい花たちに囲まれていたのだが、今は端に立っている。
二人が中庭に入り、勇者像に近付いて行くと、驚いたことに、勇者像が動き出した。
サイズ的には1分の1スケールだが、本体よりも台座が大きいため、重量は5t近くある。
その重たい像が、花壇の中を滑るように移動していく。
「ご、御先祖様の像が?!」
驚いた二人が、慌ててその勇者像に駆け寄ると、
「ん? 領主のお嬢さんか」
ガルド・リンドウェルが5tもある勇者像を抱えて運んでいた。
「ええっ、あ、あなたは、な、何を?!」
エアリースが愕然と立ち尽くしつつそう言う。
「見て分からないか?」
「分かりませんよ!!」
「筋トレだ」
「き、筋トレ……先祖の勇者像で、筋トレ……」
「その通りだ」
ガルドがそう言うと、両手を腰に当て、大胸筋をビクッ、ビクッと動かす。
「……駄目」
エアリースがボソッとそう呟くと、そのまま白目を剥いて倒れてしまった。
そして、彼女が倒れたら支えると言っていた侍女は、先に意識を失い、花壇に頭から突っ込んでいる。
「おや、また貧血か? 本当に体が弱いのだな」
彼女が弱いのは体ではなく、マッチョに対する耐性だ。
この後ガルドは、勇者像を元の位置に戻すと、気を失った二人を小脇に抱えて屋敷の中に戻って行ったのだった。
失神したエアリース・バルモントとその侍女を寝室に放り込むと、ガルドは新たなトレーニング場所を求めて領主の屋敷から外へ出た。
「せっかく人間の街に来たのだから、ここでしかできない筋トレはないものか」
そう言いつつウロウロしていると、城壁にたどり着く。
高さは3mほどで、石を積み上げて作られている。
正直言って、大軍に攻め込まれたら、あまり耐えられそうになかった。
ましてや魔法や攻城兵器の攻撃を受けたら、すぐに崩れてしまうだろう。
城壁沿いに歩いて行くと、数人の男たちが大きな石を運んでいた。
「ほら、今日のノルマはあと10個だ。気合を入れて運べ!!」
現場監督のような男が、若い職人たちに指示を出している。
「親方、今日はもう止めましょうよ。どうせ給金は変わらないんだし」
「そうっすよ。どうせ補修なんかしてもしなくても変わらないですよ」
若い職人たちの方は、あまり仕事熱心とは言えない。
「お前ら、そう言ってサボってばかりじゃないか。いい加減にしないとクビにするぞ!!」
親方と呼ばれた男がそう怒鳴った時、自分たちの方に近付いて来る、外套を着た大柄な男に気付いた。
「ん? あの恰好は、もしかして……」
昨日、領主の娘と護衛の騎士たちを助けた、筋肉の塊のようなエルフがこの街にやって来たと、噂で聞いていたのだ。
そのエルフは全身を外套で覆い、目深にフードを被っていたとか。
「まさに聞いた通りだ」
「これは、何をしているのだ?」
ガルドが城壁の側に無造作に積み上げられている石を見つめつつそう言った。
「何って、城壁の補修だよ。古いから少しずつ直しているんだ」
「なかなか大変そうだな」
「まあ、この街は千年の間ずっと平和だったからな。獣や魔獣避けの柵と同じなんだよ」
若い職人の一人が、サボれて助かったとばかりにそう言う。
「ああ、親方を入れて俺たち3人しか職人がいないから、1周するのに何年もかかるしな」
この領都グランは、1周約2kmの城壁に守られている。
そして、彼ら3人では1日で1mほどしか進めないのだった。
「もっと人を増やせないのか?」
「なんせ地味で重労働だからな。誰もやりたがらないんだよ」
親方が、ヤレヤレと首を左右に振りつつそう言う。
それを聞いてガルドは、フードを脱ぐ。
「おおっ、やっぱり噂のエルフだった」
「えっ、あのお嬢様を助けた?!」
「たった一人で10人の野盗を全員生け捕りにしたっていう、あのエルフだったのか?!」
ガルドの美しい顔と、先端の尖った耳を見て3人が驚く。
「俺にも手伝わせてくれないか?」
「本気か?!」
「止めときな。領主様の御客人だろ。こんな安い仕事なんかしなくても、良い暮らしができるだろ」
若い職人が慌てて止めるが、
「良いトレーニングになりそうだ」
そう言うとガルドが、人間の頭ほどの大きさがある岩を片手で軽々と持ち上げた。
さらに、同じサイズの石を2個、3個とまとめて手に取ると、その場で少ししゃがんで、一気に城壁の上にジャンプする。
「う、嘘だろ?!」
さらに次の瞬間には、城壁の上に抱えていた石を置いて飛び降りて来る。
「どうだろうか?」
「採用!!」




