第19話 マッチョ専用武器制作依頼
魔倒歴1014年 ホグオーク王国グランファルム領都グラン
領主の娘の命の恩人であるガルドは、領都グランの中央にある領主の館に招かれていた。
周囲を武装した兵士たちによって取り囲まれ、槍の穂先を向けられた状態で案内されるのを、招かれたと言って良いかどうかは微妙だが。
「なるほど、そうであったか」
一通り説明を受けて、領主のバリアントが兵士たちに武器を下ろすように指示を出すまで、異様な緊張状態が続いていた。
ここは領主の館の応接室で、念のために街の住民たちには、家から出ないように指示がされている。
「では、あらためて礼と謝罪をさせてもらおう。娘を助けてくれてありがとう。そして、これまでの非礼の数々を心から詫びさせてもらう」
「別に構わない」
というか、もうすっかり慣れてしまった。
「それにしてもガルド殿は、あれだな。なんと言うか、エルフらしくないというか、筋骨逞しいな」
領主がかなり言葉を選びつつ、お前はまともなエルフじゃないな、と伝える。
「エルフ族の勇者となるべく、千年も修行をしたからな」
「な、なるほど。我々、短命な人族とは違う、エルフならではだな」
だからと言って、何で筋トレ? と喉まで出そうになった言葉を辛うじて飲み込む。
「それにしても、このような場所で野盗とは……」
グランファルム領は、人間とエルフの国の境界に近く、許可を得ずにエルフ王国内のプラウナ大樹海に足を踏み入れたりしたら、命を奪われても文句が言えない危険な場所であった。
もちろんエルフも、いきなり弓矢や魔術で攻撃をしたりはしないが、大樹海の木々や動物を傷つけたりしたら容赦はしてくれない。
「それなのですが、バリアント様」
領主の背後に護衛として立っていた一人の騎士が身を屈めて、彼の耳元に顔を寄せた。
どうやら彼は、騎士をまとめる騎士団長のようだ。
領主と同年代で、鎧も武器も少し良い物を身に着けている。
「護衛をしていた騎士たちの報告によりますと……ただの野盗ではないようです」
「それはどういう意味だ?」
「身に着けていた物はバラバラでしたが、妙に統率が取れていて、さらに一人は魔術が使えたとか」
「何だと?」
そう答えると、バリアントが腕を組んで考え込みだした。
「何か、襲撃者に心当たりでもあるのか?」
特に興味はなかったが、ガルドがそう質問すると、
「うむ。まあ、魔王が降臨して大陸が危機に瀕しているというのに、人間同士で色々と揉めていてな」
「なるほど」
と、一応答えておくが、本当にどうでも良いと考えている。
「そうだ、ガルド殿。しばらくこの街に留まって旅の疲れを癒されると良い。あらためて娘や騎士たちを救ってくれた礼もしたいしな」
領主が表情と口調を変えてそう言った。
「別に疲れてはいないが」
「そう言わずに、ここは領主である私の顔を立ててくれ」
バリアント・バルモントにそう言われると、一応王族であるガルドも無碍にはできない。
そもそも、魔王討伐や世界平和のためではなく、筋肉を鍛える旅の途中であるため、急ぐ必要もない。
「そうだ。私にできることはないか? 何か謝礼をさせてもらいたいのだが」
そう言われ、ガルドが微かに頷いた。
実は前から考えていることがあったのだ。
「では、お言葉に甘えて、この街で武器を作ってもらいたいのだが」
「武器?! それはちょうど良い。この街には腕の良いドワーフの武器職人がいる。私の名前で依頼書を書かせるから、行ってみると良い」
「有難い」
この時、ガルドが初めてニヤリと笑った。
ガルドが領主の館で話をした日は、すでに日が傾いていたため、そのまま領主の館に泊まり、翌日、ガルドは武器職人の工房に向かった。
領主から貰った依頼書を片手に、教えてもらった職人街を目指す。
途中ですれ違った人たちが、
「あれが、たった一人で盗賊を退治して、お嬢様を救ったエルフだ」
「えっ? あれがエルフ、オーガじゃないの?」
「何でもエルフの王子様らしいよ」
と、噂し合っているが、全く気にしない。
「平和な街だな」
これまでもいくつか人間の街や村に行ったことはあるが、それは魔王の三つの下僕討伐のために立ち寄った時だったため、どこも殺伐としていたり、緊張でピリピリとしていた。
しかし、この領都グランは、皆素朴でのんびりとしている。
「ここか」
職人街は、いくつもの煙突から煙が立ち上り、慌ただしい雰囲気だった。
そして、各工房の前には、そこで何が作られているか、文字が読めなくても分かるように、主にそこで使われている道具を形どった看板がぶら下げられている。
武器職人の工房は、剣と斧が交差し、その下にハンマーがぶら下げられていた。
グログ・アイアンジョーは、エルフでも人間でもないドワーフだった。
身長が低く、体型は酒樽のようにずんぐりむっくりしている。
エルフが森の管理者ならば、ドワーフは地底の職人と呼ばれていて、実際、ドワーフの街や村は岩山や地下に作られていることが多い。
彼らは鉱石を掘り、精製し、金属を加工して様々な武器や防具や装飾品を造っていた。
そして、その技術を極めるため、修行として人間の街で職人をすることがよくある。
彼も、その修行中のドワーフの一人だ。
熱して真っ赤になった鉄を金床の上に置き、ハンマーで力強く叩いていく。
そうすることによって不純物が取り除かれ、どんどん鉄が強くしなやかになっていくのだ。
「フゥ~、なかなかいいぞ、こいつは」
彼はそう言うと、服の袖で額に浮かんだ汗を拭いた。
そして、工房の壁に飾られている剣に目を向ける。
それは、ドラゴン殺しの剣、ドラゴンスレイヤーのレプリカだった。
本物は、プラウナ大樹海にある魔力を吸収する岩に突き刺され、封印をされている。
この工房に飾られているのは、そのドラゴンスレイヤーを作る前に、形や重量バランスを試すために作られた物だ。
つまり、ドラゴンの鱗を貫く力はないが、形はソックリなのだった。
ドワーフにとって、魔族や魔獣を倒す勇者の装備を作るのは、最高の名誉だ。
そして、その究極は魔王を倒す勇者装備だった。
それはグログにとっての夢であると同時に、目標でもある。
「もうひと踏ん張りだ」
そう言って作業を再開しようとした時。
「親方」
彼の工房で働く人間の弟子が部屋に入って来た。
「どうした? ややこしい客でも来たか?」
この工房では武器は作っても、販売は行っていない。
商店街の武器屋が客の注文を受けてここで作成し、完成すると、店で販売をしてもらうのだ。
そうすることで、グログたちは製造に専念できる。
しかし、たまに店を通さずに、直接工房に武器を作って欲しいと依頼をしに来る客がいた。
それは、武器屋の仲介料を減らし、少しでも安く武器を手に入れようと考えているセコい連中だ。
今日もそのような面倒な客が押し掛けてきたのだろうと考えたのだった。
しかし。
「それが親方、領主様の依頼書を持ったエルフが来たんです」
「領主様の依頼書、おまけにエルフだと?!」
エルフとドワーフはあまり仲が良くない。
生活環境も考え方も違い過ぎるため、要はお互いに相手を見下しているのだ。
実際に過去の魔王との戦いにおいても、お互いに足を引っ張り合ったこともあったぐらいで、毎回人間が仲介をして宥めすかし、魔王軍に勝利を収めてきた。
つまり、彼はドワーフの例に漏れず、エルフなど森の中でコソコソと暮らしている、長生きなことだけが取り柄の軟弱な連中でしかないと思っている。
ましてや、今回は領主に取り入って、安く武器を手に入れようとしているセコい最低な奴だ。
「追い返しますか?」
師匠が激怒することは分かっていたので、弟子が怯えながらそう言った。
「ああ、そうしたいところだが、バリアント様の依頼書を持って来たのなら、無碍に追い返すこともできないだろう。話ぐらいは聞いてやる」
グログはそこまで言ってから、何か思いついて、
「そうだ、ここに案内しろ」
一応、ここには来客を接待するための応接室もあったが、あえてこの熱くて暗い部屋に連れて来いと言ったのだった。
「良いんですか、親方? 一応お客さんですけど」
「良いんだよ。エルフに武器の良し悪しなど分かるものか。あいつらは木によじ登って弓ばかり使っていやがるのに」
そう言われ、弟子が工房から出て行った。
そして少しして、
「どうぞ、こっちです」
と言って、そのエルフを案内して来た。
「フンッ、これはこれは珍しいお客さんだ。こんな暗くて臭い場所で申し訳ないね」
そう言いつつニヤニヤと笑い、入口の方に目を向けると。
「なかなかいい工房だな」
顔以外はエルフのイメージからかけ離れた大柄な男が立っていた。
「えっ?! エルフ? マジで?」
「ここは暑いな」
そう言いつつ、ガルド・リンドウェルが外套を脱ぐ。
さらにエルフというより、魔族っぽい雰囲気になった。
「あ、あの……あんた、何者なんだ? 本当にエルフか?」
「ガルド・リンドウェル、エルフだ」
「何故だろう、自己紹介を聞いても、悪い冗談にしか聞こえない」
一体、どんな鍛え方をしたら、あんな出鱈目な体になれるんだ?
その時、ガルドが壁に飾られているドラゴンスレイヤーのレプリカに気付いた。
「ん? これはドラゴンスレイヤーか?」
「あんた、あの剣を知っているのか?」
確かにドラゴンスレイヤーが封印されているのは、エルフ王国のプラウナ大樹海だ。
知っていても不思議はない。
「ほぅ、こんな綺麗な刀身をしていたのだな」
それはそうだろう。
あの剣は白亜の竜を倒した時に呪われて、持ち手の生命力を吸収するようになってしまった。
そのため、魔力を吸収する岩に突き刺して封印をされたのだ。
完全に刀身を折って破壊しなかったのは、千年周期で繰り返される魔王降臨に備えるためで、その時は死を覚悟して岩からドラゴンスレイヤーを抜き取り、勇者が戦うことになっていた。
「そうか、ドラゴンスレイヤーは今でも封印されたままなんだな」
噂では、プラウナ大樹海に暗黒竜が襲来し、それをエルフが退治したと聞いたが、やはり嘘だったのか、とグログは考えた。
「いや、俺が封印は解いた」
「な、何だって?! でも、あんた刀身を見たことがないって……」
「ああ、岩ごと地面から抜いたからな。そして、そのまま暗黒竜を殴りまくった」
「…………」
「あと、殴り過ぎて刀身が折れてしまったな」
「折れたぁああああ?!」
あの魔剣ドラゴンスレイヤーは、あらゆる物質より硬いドラゴンの鱗を貫けるように、鋭く頑丈に作られていた。
それはもう、ドワーフたちの持てる技術のすべてを導入して鍛え上げたのだ。
それが折れるなど、信じられるわけがない。
「しかし、さすがは魔剣だ。見事に暗黒竜の討伐に成功したぞ」
「そ、それって、剣である必要があったのか?」
何にせよ、貧弱なエルフに俺様の武器を使いこなせるわけがないと言って追い返せなくなってしまった。
「で、あんた、どんな武器が欲しいんだ? 剣か、斧か、それとも弓か?」
グログ・アイアンジョーが得意なのは剣だ。
「そうだな」
ガルドは少し考え込むと、自分が欲しい武器について話し始めた。
それを聞いていたグログの顔色が青くなり、顔面の筋肉が引きつりだす。
「どうした、できないか? 無理ならそう言ってくれ」
説明を終えたガルドがそう言うと、
「で、出来ないことはないが……それは……武器なのか?」
よほど突拍子もない武器を作って欲しいと言われたようだ。
「当たり前だ」
そして、ガルドが何故かポージングをする。
「ざ、材料が大量に必要だから、仕入れに時間がかかる。しかし……何とかしよう」
相手は領主の依頼書を持ってきているため、無碍に断ることはできない。
それに、何となく、ガルドに彼が望む武器を持たせてみたいとも思っていた。
「そうか、ではよろしく頼む」
そう言うと、ガルドが工房から出て行った。
「えらいことになったぞ」
とりあえず、今受けている仕事を早く終わらせなければならないため、グログが作業を再開しようとした時、再び弟子がやって来た。
「師匠、またお客さんです」
「何だってんだ。で、今度は誰だ?」
「それが騎士団長です」
「何だと?」
グランファルム領の騎士団長は、実はグログの友人だった。
数年前、仕事帰りに酒場でビールを飲んでいた時、偶然、騎士団長が部下たちを連れてやって来たのだ。
そして、グログに気付いた彼が、
「あんたが武器職人のグログか?」
と、声をかけてきた。
「あんたが打った剣は凄いな。王都の鍛冶屋でも、あれほど美しくて切れ味の良い剣を作れる奴はそうそういないぞ」
グログが領主に納めた剣を見せてもらったらしく、滅茶苦茶褒められた。
そして、自分の作った武器を褒められて喜ばない武器職人はいない。
その後、武器について熱く語り合い、すっかり意気投合してしまったのだった。
「何の用だ?」
騎士団長は彼の仕事の邪魔をしてはいけないと言って、工房に直接来ることは滅多にない。
「仕事中にすまないな」
そう言うと、普段着姿の騎士団長が工房に入って来た。
「昨日、盗賊団が捕らえられたと聞いたが、あんたたちがやったのか?」
「いいや、それをやったのはバリアント様の客人だ」
それを聞いて、グログがハッとなった。
つい今しがた、領主の依頼書を持ったエルフの注文を受けたばかりだからだ。
「もしかしてそれって、ムキムキなエルフか?」
「ああ、そうだが、もしかして来たのか?」
「武器の注文を受けた」
「ああ、バリアント様の依頼書を持ってきたんだな」
「なるほど、あいつなら盗賊が束になって飛び掛かっても、返り討ちにされそうだ」
「実は、エアリースお嬢様が、その盗賊の襲撃を受けたのだ。それをあのマッチョが一人で撃退した」
「そうか」
「そして、盗賊10人、護衛の騎士4人とお嬢様を担いで領都まで運んで来た」
「そ、そうか……」
グログがそう答えてから、壁に飾られているレプリカのドラゴンスレイヤーを横目で見る。
あの男なら、暗黒竜ヴァルドラゴンを殴り倒したという話も嘘ではないような気がする。
「ところで、何か用があって来たんじゃないのか?」
「ああ、そうだった」
そう言うと、騎士団長が懐から短剣を取り出した。
グログがそれを受け取ると、鞘から抜いて刀身を見る。
「これは?」
「あのマッチョエルフに掴まった野盗の一人が持っていた物だ。全員、粗末な装備を身につけ、武器もバラバラだった」
「しかし、これは値打ち物だぞ」
ドワーフが刀身に軽く触れつつ、そう言った。
「どこで作られた物か分からないか?」
大きな街の武器工房で大量生産された武器や、田舎の村の鍛冶師が作った刃物なら、特徴がないか、あっても独特過ぎて分からない。
しかし、名のある職人が作った物なら、いつ頃、どこで、誰の手によって作られた物か分かるのだ。
「バラしてみないことには分からんな」
「頼む」
騎士団長がそう言うと、グログが顎鬚を右手でしごきつつ頷いた。




