第18話 領主の娘
魔倒歴1014年 ホグオーク王国グランファルム領都グラン
グランファルム領の領都は、お嬢様たちが襲われた場所から、10kmほど街道を進んだ先にあった。
恐らく野盗たちは目的地に近付き、警備の騎士たちが油断する場所を襲撃場所に選んだのだろう。
現に、彼らの襲撃は成功している。
偶然ガルドが通りかからなければ、今頃、騎士たちは命を奪われ、お嬢様も人質としてどこかに誘拐されていただろう。
領都グランは城壁に囲まれた地方都市で、人口は5千人ほど、警備の兵士も常駐している。
エルフ王国に向かう人の多くは、この街で準備をしてから、プラウナ大樹海へと入っていく。
大陸中央部と違い、国同士の小競り合いなどとは無縁な田舎のため、城壁は戦闘用というよりは、魔獣や猛獣から街を守るためのもので、かなり古い上に高さも3mほどしかない。
城門も馬車が通れるギリギリのサイズしかなかった。
その城門は夜明けと同時に開き、日暮れと共に閉じるようになっていた。
「今日は、領主様のお嬢様が帰って来るんだよな?」
城門の上にある見張り台で、二人の兵士が大樹海の方を見張っていた。
ここから北側には、見渡す限り森しかない。
そして、その森の中に点在する村を、領主の娘が1週間かけて見回りに行っていたのだった。
本来であれば、それは領主の仕事なのだが、執務が忙しくて領都を離れることができなかったので、代理を頼んだのだ。
「そうだけど、大丈夫かな?」
もう一人の見張りの兵士がそう言う。
「何がだ? こんなド田舎、野盗なんか出ないし、4人も騎士が護衛に付いているんだから問題ないだろ」
「でもよ、この先のエルフ王国の大樹海に暗黒竜が出たそうじゃないか? 魔王が降臨して14年、あれって人界侵攻の手始めだろ?」
「俺もその噂は聞いたけど、もしそれが本当なら、今頃エルフ王国は滅んでいるだろ。でも普通に交易は続いているし、樹海が焼き尽くされたって話も聞かないぞ」
魔王の三つの下僕たちによる人界侵攻は、噂としては広まっているが、ガルドの活躍によって早期に阻止されてしまったため、多くの場所で噂のままで終わってしまっていた。
後々、じわじわと行商人や吟遊詩人たちによって大陸中に広まっていくのだが、エルフの王子がたった一人で解決してしまったため、正直言って信憑性が薄く、
「そんなわけあるか」
「そんなの嘘に決まっているだろう」
と言って、なかなか信じてもらえない。
「この間、エルフ王国から帰って来た商人から聞いたんだけど、エルフの王子が一人で暗黒竜をボコボコに殴り飛ばしてやっつけたとか言っていたぞ」
「暗黒竜って、神代から生きている化物中の化物だぞ。たった一人で倒せるわけないだろ。絶対、それ翼竜か地竜だよ」
と言った感じになるのだ。
「でも、そんな小さな竜と暗黒竜を見間違えるか?」
小さいと言っても、翼竜も地竜も、人間ぐらいなら頭から丸呑みできるぐらいのサイズではある。
「エルフが大袈裟に言っているだけだよ。あいつら、プライドだけはやたらと高いからな」
その時、城門から森の中に伸びている街道に、正体不明な何かが姿を現した。
「お、おい、あれは何だ?」
「どうした? って……ええっ?!」
まだ距離があるため正体は分からないが、大柄な男が、何か巨大な肉団子のようなものを担いで歩いている。
「あれって、魔族じゃないか?!」
「確かに、そうとしか見えないな」
この地方には時々、魔力を持った獣である魔獣は出現するが、人型の魔族は滅多にやって来ない。
魔獣と違って、魔族は人間とコミュニケーションができるため、すべてが敵対しているわけではないが、会話ができるからこそ、人間を騙し、罠にかけようとすることもある。
兵士の一人が、見張り台に備え付けられている警鐘を鳴らしまくった。
カンッ、カンッ、カンッ、と甲高い音が鳴り響き、城壁の内側にある待機場所から兵士たちが慌てて駆け出して来た。
「どうした?!」
門番の隊長が、城門の上の見張り台を見上げつつ、そう怒鳴る。
「ま、魔族です。魔族がこっちに近付いてきます!!」
「魔族だと?!」
信じられないとばかりに、隊長が城壁の上に通じる階段を駆け上る。
そして、見張りたちが指さす街道の先に目を向けた。
「な、なんだあれは?」
そして、彼ら同様、理解できずに途方に暮れる。
「あいつが抱えているのは、人間か? それも何人も……」
相手が近付いて来るにつれて、細部まで認識できるようになってきた。
「あの、一番上に乗せられているのは、エアリース様ではないか?!」
エアリース・バルモント。それは、このグランファルム領の領主の一人娘で、4人の護衛の騎士たちと領内の巡察に行っていたはずだ。
「隊長、あの人間の団子の中には、騎士も混ざっています!!」
「本当だ……やばいぞ、城門を閉じろ!! あと、バルモント様に報告だ!!」
バルモントとは領主の名前である。
「全員、配置に着け!!」
平和な田舎の兵士たちだというのに、その行動は素早かった。
頑丈な城門が閉じられ、手に武器を持った兵士たちが城壁の上に配置についていく。
全員、弓を持っていて、城門に向かって歩いて近付いて来る不審者に注目している。
「こ、これってどういう状況なんだ?」
「お嬢様や騎士たちは生きているのか?」
遠目には出血をしているようには見えないが、全然動かないため、生死は判別できない。
兵士たちは完全に混乱していた。
彼らが戸惑っている間も、15人の人間団子を抱えた謎の男は、どんどん近付いて来る。
「お嬢様が一番上にいるのでは、弓は使えない」
彼らの位置からでは、やはりエアリース・バルモントの生存は確認できない。
しかし、例え亡骸だったとしても、その体に矢を当てたりしたら、領主が大激怒するだろう。
「た、隊長、どうすれば良いのですか?!」
兵士たちの視線が隊長に集中するが、彼もどうすれば良いか判断できずにいた。
ガルドは15人の人間を一纏めにして担ぎ、ここまで歩いてやって来た。
もちろん彼は、自分が助けた(?)のが、この領地の領主の娘とは知らない。
「やっと着いたか」
彼はついに城門の正面で足を止めた。
城門や城壁の上には兵士たちが並んでおり、彼の方を警戒している。
「止まれ!!」
すでに止まっていたが、城門の上からそう怒鳴られた。
「貴様は何者だ?!」
まあ、この状態では警戒をされても仕方がないだろう。
「怪しいものではない、俺はガルド・リンドウェル、エルフだ!!」
「嘘つけ!!」
物凄い速さで突っ込まれてしまった。
仕方がないので、ガルドは人間団子をそっと隣に置く。
その衝撃で気が付いた何人かの野盗が、
「グェッ!!」
と、苦しそうな声を上げる。
彼は、それを無視すると、いつも通り目深に被っていたフードを後ろに払いのけた。
美しいエルフの顔が姿を現す。
「あの耳は……本当にエルフなのか?」
逆に言うと、それ以外の部位すべてがエルフとかけ離れている。
「き、貴様のような怪しい奴を街の中に入れることはできない!!」
まあ、そう言う隊長の気持ちも分からなくもない。
「分かった。俺はこの街に用はないから、元々入る予定はなかった。しかし、こいつらだけは引き取ってくれ」
そう言いつつ、人間団子をポンポンと軽く叩く。
「その者たちは生きているのか?! そもそも、何故そのような状態になっているのだ?!」
もっともな疑問である。
「この先の街道で、馬車が野盗に襲われていたから助けただけだ」
「野盗だと?!」
城壁の上がざわつき始めた。
「ちなみに全員生きている」
それを聞いて、兵士たちが静かになる。
「どう思います?」
「ここからでは確かめようがない。かと言って、門を開けた途端、街の中に入って暴れられたら、防ぎようがない」
「フゥ、いい加減待ちくたびれたな」
ガルドがそう呟くと、
「じゃあ、後は好きにしてくれ」
そう言って、城門の前から離れようとすると、
「待て?! ガルド・リンドウェルだと」
新たな人物が城門の上に上がって来た。
一目で身分が高いと分かる格好をした、40歳前後の男だ。
「エルフ王国の王子の名前と同じ名前だな。そして、エルフ王国ではリンドウェルという姓は王族以外に使えないはずだ」
「そう言うあなたは?」
「私は、グランファルム領領主、バリアント・バルモントだ」
そう名乗ったその男は、人間団子の一番上でだらしない格好のまま意識を失っている愛娘に気付く。
「エ、エアリース?!」
「この娘は領主殿の御息女だったか」
この時、ガルドは自分が助けた女性の正体を初めて知った。
「そうだ。娘は、娘は生きているのか?!」
「無論だ」
ガルドはそう言うと、人間団子を固定するために縛り付けていた手綱を掴んで、簡単に引き千切った。
バラバラと野盗や騎士たちが崩れ落ちる中、領主の娘だけは右手で捕まえておく。
その衝撃で、何人かの野盗と騎士が正気に戻り、さらにエアリース・バルモントも、
「ハッ?! こ、ここは?」
と言いつつ目を覚ました。
そして、自分を掴えているガルドに気付いて、
「アヘッ……」
と、間抜けな声を上げて再び気を失う。
「見ての通り、無事だ」
「どこが無事なんだ!!」




