第17話 ガルド新たなる旅立ち
魔倒歴1014年 エルフ王国王都 美しい森の都
最近、エルフ王国の王都の様子が少し変わって来た。
魔王軍の侵攻を受けて殺伐としたり、逆にそれを撃退したことによって浮かれていたりしているわけではない。
エルフたちは相変わらず、のんびりと生活を送っていた。
そんな中、
「鋼の筋肉を持つエルフ、その名はガルド・リンドウェル~」
街の広場や酒場から、吟遊詩人たちの美しい歌声が聞こえて来る。
「太くて逞しい上腕二頭筋~、アイスノース山脈のような広背筋~」
「彼の筋肉を持ってすれば、暗黒竜すら小鳥に過ぎない~」
「唯一、身を守るのは~、革のブーメランパンツのみぃ~」
知らない人が聞いたら、ギャグにしか感じられない歌詞。
しかしエルフたちはそれを聞いて、うっとりとしたり、逆に歓声を上げたりしている。
さらに、魔法ギルドや冒険者ギルドのような感じで、筋トレギルドという訳の分からない物まで出来て、驚いたことに、多くの入会希望者が殺到していた。
「それでは、腕を組み、両足を肩幅に広げ、ゆっくりと腰を下ろして行こう。そう、背筋は伸ばしたまま、膝を曲げて」
そこでは、エルフたちがスクワットなどの筋トレをしていた。
そう、今エルフ王国では、空前のマッチョブームが到来していたのだ。
王都にある神殿では、今までガルド王子以外ほとんど参拝する者がいなかった肉体の神マッチョーダの祭壇に、山盛りのお供え物が次々と届けられていた。
「最近の若い連中は一体何を考えているのだ」
「まったく嘆かわしい」
外見は若くて美しいが、年配のエルフたちが眉をしかめてそう言い合っている。
確かに、優雅さや美しさを種族のモットーとしているエルフたちにとって、あらゆるものをストイックに犠牲にして自らを苛め抜かなければならないボディービルは、異質を通り越して異常にしか感じられない。
しかし、そんなエルフたちの人生観を変えてしまうほど、ガルド・リンドウェルの活躍はすさまじかったのだ。
美しい森の都の上空を、暗黒竜の巨体が通過していく。
少し前まで、それは死と破壊の象徴であり、人々は悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
しかし、今ではそれがエルフ王国の守護神のようになっていた。
正確には、ガルドの筋トレ仲間なのだが。
あと、王城には炎ワーム・マグマバジリスクもいて、同じくガルドたちと毎日筋トレをしている。
「これは……困ったことになったわ」
王城でエルフの女王エンドルフィン・リンドウェルが、真剣に悩んでいた。
「このままでは、エルフ王国がマッチョ王国になってしまう」
エルフは危うく暗黒竜ヴァルドラゴンによって滅ぼされそうになったのだが、今はその暗黒竜を討伐したガルド・リンドウェルのために、違った意味で滅びそうになっている。
正確にはエルフが滅びるのではなく、エルフが違う種族になってしまうのだが。
「女王陛下、何とかガルド王子を説得していただけませんか? 町では革のブーメランパンツが飛ぶように売れているそうです」
「何とかと言われても……」
ガルドはヴォイドアビスで千年もの間、魔王を倒す勇者になるべく、一人でひたすら筋トレをしてきたのだ。
今さらそれを否定することなどできない。
ましてや、たった一人で魔王の三つの下僕を倒すという、大きな功績まで上げているのだから。
「このままでは、王子に対して悪意を持った者が、害をなそうとするかもしれません」
側近がそう言うと、エンドルフィン女王が深い溜息をついた。
「岩ですら溶かす灼熱や、あらゆるものを凍らせる吹雪を、生身で耐えた王子相手に、何ができるというのですか。さらに筋トレ仲間が増えるだけですよ」
そのようなことを言っていた時、その当事者であるガルド・リンドウェルがやって来た。
今はその超マッチョボディーを外套ですっぽりと覆っている。
「母上」
「どうしたのですか、ガルド?」
側近を下がらせると、リンドウェル女王が澄ました顔でそう聞いた。
すると、ガルドが、
「旅に出ようと考えています」
と、言ったのだった。
魔倒歴1014年 エルフ王国王都 美しい森の都
エルフ王国王子ガルド・リンドウェルは一人で旅立った。
その目的は、
「俺より凄い筋肉に会いに行く」
という訳の分からないもので、エンドルフィン女王をはじめ、誰一人として納得などしていなかったが、それでも誰も止めたりはしなかった。
それどころか、そう、それは良い考えですね、と言って笑顔で送り出している。
「でも、本当に良かったのかしら?」
いつもの革のブーメランパンツに外套姿で王都の正門から旅立っていく彼の後ろ姿を見送りつつ、エルフの女王は一抹の不安を感じていた。
これで彼女の王国がマッチョ王国になることは防げるかもしれないが、逆に人間界に魔王よりも厄介な存在を解き放ったことになるかもしれない。
彼女の頭の中では、大陸中がマッチョだらけになり、ガルドを神のように崇めている光景が浮かんでいた。
「いくらなんでも、考えすぎよね」
まるで自分に言い聞かせるようにそう呟くが、決してあり得ない話ではない。
その証拠に、振り返ると、暗黒竜と炎ワームがダンベルを持ち上げつつ、涙を流してガルドを見送っている。
両名ともにガルドについて行きたかったようだが、目立ちすぎるため、留守番をするように言われたのだ。
「どうかガルド、この世界は筋肉が全てではないということを学んで帰ってくるのですよ」
彼女はそう呟きつつ胸の前で手を合わせ、万能神ナーデミーアーレに祈りを捧げたのだった。
魔倒歴1014年 ホグオーク王国グランファルム領
プラウナ大樹海を抜けたエルフ王国の南側、そこには人間たちの複数の国があった。
そのうちの一つ、ホグオーク王国の北の端にグランファルムという領地がある。
ここは、たいした産業は無いが、エルフとの交易が盛んなことで有名だった。
その森の中の街道を、4頭の馬が曳く馬車が移動していた。
その前後には武装をした騎士が2騎ずつ、計4騎が護衛としてついており、その馬車には高貴な身分の人が乗っていることを周囲にアピールしている。
そして、それは一歩間違うと、逆に賊をおびき寄せることに繋がるのだった。
「来たぞ、あれだ」
街道から少し離れた丘の上から、馬車の一群を見下ろしている男たちがいた。
全員武装をしているが、所属や身分を知らせるような物は身に着けておらず、さらに防具も武器もバラバラだ。
さらに言うと、かなり汚れてボロボロになっているため、正規の兵士たちでないことは一目瞭然だった。
要するに、盗賊や野盗の類なのだ。
「全員、配置に着け」
リーダー格の男がそう言うと、その周囲で身を伏せていた10人の男たちが、一斉に動き出した。
そして、素早く街道沿いまで移動すると、そこで身を隠して弓を構える。
その彼らの前に、馬車の一群が近付いて来た。
どのように襲撃をするか、手順は決まっている。
先ほどのリーダー格の男が大きな木の影に隠れると、弓に矢をつがえて引き絞った。
呼吸を整え、タイミングを計り、そして矢を放つ。
それが合図だった。
10本の矢が次々と騎士たちに襲い掛かる。
彼らは金属製の鎧を身に着け、その下に鎖帷子を身に着けているため、いきなり矢を急所に受けることはない。
しかし、それでも衝撃はまともに受けるため、馬上でバランスを崩したり、馬に矢が当たって暴れたため振り落とされたりして落馬をする。
「うわぁあああ!!」
「敵襲だ!!」
4人の護衛の騎士たちが馬の背から転がり落ちつつ、そう叫ぶ。
「行け!!」
襲撃者のリーダーがそう叫ぶと、10人の男たちが武器を矢から剣や槍に持ち替えて、街道上に躍り出た。
落馬をした騎士たちは激痛のあまり、すぐに立ち上がることができない。
「お、おのれ、野盗か!!」
「貴様たち、我々が何者か知っての狼藉か?!」
激痛に耐えつつ立ち上がろうとする彼らを、男たちが蹴り倒し、そのまま地面に押さえつける。
ひと思いに命を奪うこともできるのだが、高く売り飛ばすために、できるだけ武器や鎧を無傷で手に入れたいのだろう。
一人の騎士を男たちは二人がかりで押さえつけ、武器を奪っていく。
そしてリーダーともう一人の男が、馬車に駆け寄って行った。
御者が悲鳴を上げて馬車から転がり落ちるようにして逃げて行くが、そちらは無視をしてドアの取っ手に手を伸ばす。
「キャアアアア!!」
馬車のドアを開けると、中に乗っていた綺麗なドレス姿の若い女性が悲鳴を上げた。
ガルド・リンドウェルはプラウナ大樹海を抜けると、一人で街道を歩いていた。
いつもの全身をすっぽりと覆う外套姿で、手には重そうな石を持ち、筋トレをしている。
「重さはちょうど良いが、持ちにくいな。かと言って、売っているダンベルは軽すぎるし」
彼がそう言った時、少し離れた場所から、若い女性の悲鳴が聞こえて来た。
「何事だ?」
そう言いつつ手に持っていた石を投げ捨てると、ドスッと重い音がして地面にめり込んだ。
それと同時に走り出し、悲鳴が聞こえて来た方向に急ぐ。
すると、1台の馬車と、野盗らしき男たちに取り押さえられている4人の騎士が見えた。
さらに、馬車の中から若い女性が2人の男に引きずり出されようとしている。
「何をしている!!」
ガルドがそう言うと、全員の視線が彼に集中した。
「ちっ、邪魔が入ったかって、な、何者だ?!」
「魔族か?! オーガだ!!」
男たちがガルドの姿を見て驚いている。
「俺はエルフだ。名はガルド」
ガルドがそう名乗ると、
「嘘つけ!!」
騎士たちを取り押さえている男たちと、何故かその騎士たちまで声を揃えてそう怒鳴る。
そのような中にあって、馬車から引きずり出されている女性だけは必死に、
「助けて下さい!!」
と、叫んでいる。
「おい、魔物か変態か知らないが、死にたくなければサッサとどこかへ消え失せろ!!」
女性の腕を捕まえていたリーダーの男がそう怒鳴った。
「見た所、貴様たちは野盗だな?」
そう言うと、ガルドが目深に被っていたフードを脱いで顔を出した。
それを見て、野盗たちも、彼らに取り押さえられている騎士たちも、あと若い身分の高そうな女性も全員驚く。
「ほ、本当にエルフだったのか?!」
「だから最初からそうだと言っているだろう」
野盗たちのリーダーの表情が険しくなる。
クソッ、よりによってエルフだと。あの恰好、もしかして隣国(エルフ王国)の密偵かなにかか?
つまり、ガルドを隣国のスパイか工作員と勘違いしたのだ。
「お前ら、その魔物みたいなエルフを殺せ!!」
リーダーは迷わなかった。
森の中に入られたら、人間が何人いてもエルフを捕まえることはできない。
彼の部下たちが一斉に武器を構えると、まず取り押さえている騎士たちに止めを刺そうとする。
縛り上げる手間も時間も惜しいし、どのみち生かして帰すつもりは無かった。
「おのれ!!」
「止めろ!!」
騎士たちがそう叫ぶが、もちろん止めるわけがない。
しかし、彼らはリーダーの命令を実行に移すことはできなかった。
「指圧一指!!」
ガルドの姿が一瞬で見えなくなったかと思うと、次の瞬間には男たちの前に移動をし、左右両手の中指で同時に野盗たちにデコピンをする。
「グハァ!!」
二人の男の体が吹き飛び、一人は背後の木の幹に叩きつけられ、もう一人は10m以上宙を舞って地面に叩きつけられた。
当然、二人とも一撃で失神をしている。
「な、何?!」
驚く男たち。
しかし、その時には、次の騎士を押さえつけている男たちの前にガルドが瞬間移動をしている。
そこで再びマッスル・フィンガーが炸裂し、二人が吹き飛び、その二人の体が宙を舞っている間に、さらに次へ……。
あっという間に8人の男たちが無力化された。
彼らのうち2名は木の幹に激突して失神し、さらに2名は木の枝に引っかかった状態で失神し、残りの4人は仰向けかうつ伏せかの違いはあるが、地面の上で失神をしている。
「な、何が起こった?」
死を覚悟して目を閉じていた騎士たちが、ゆっくりと立ち上がって周囲を見回す。
そんな彼らの中央に、悠然とガルドが立っている。
「お前、一体何者だ?」
野盗のリーダーが、真っ青な顔色になりつつそう言った。
その手には短刀が握られ、その切っ先が若い女性の首元に突きつけられている。
「動くな、少しでも動けば、この娘を殺すぞ!!」
冷静に考えれば、騎士たちにとって彼女は大切な警護対象だが、ガルドにとっては、初対面で名前すら知らない赤の他人だ。
つまり、人質としての価値はかなり低い。
「お嬢様!!」
「卑怯者め!!」
実際、ガルドよりも騎士たちの方が激しく反応をする。
彼らは剣を抜くと、彼女とリーダーを逃がさないように馬車の周囲を取り囲んだ。
しかし実は、リーダーはそれを待っていた。
「フンッ、バカ者どもが」
そう言うと、一緒に若い娘を捕まえていた最後の部下に目配せをする。
実は、彼は魔術師だったのだ。
そして、ガルドをはじめ騎士たちも全員、彼の魔術の有効範囲内に入っていた。
「眠れ(スリープ)」
彼がそう言うと、騎士たちが驚き、必死に眠気に耐えようとする。
しかし、無駄だった。
一人、さらに一人と膝を屈し、そのまま地面に倒れ込んで眠ってしまう。
「馬鹿な奴らだ。俺たちをただの野盗と思って油断したな」
普通の野盗なら、魔術師などいるわけがない。そもそも魔術が使えれば、野盗などせずに、貴族や金持ちに雇われて良い暮らしができるのだ。
「ああ~……皆」
お嬢様と呼ばれた若い女が、愕然とそう呟く。
「……何だと?」
しかし、ガルドは平然と立っている。
はじめは立ったまま眠っているのかと思ったが、そうではないらしく、その美しい碧い瞳は真っすぐリーダーたちを睨みつけていた。
さらに、ズンッ、ズンッ、とゆっくりと歩み寄って来る。
「な、何故だ、何故スリープが効かない?! 魔獣ですら耐えられないというのに!!」
彼らは知らなかった。
ガルドの反・摩・筋は、あらゆる魔法攻撃や効果を打ち消すということを。
彼が右腕を前に突き出すと、丸太のような筋肉が外套から姿を現した。
「音速の筋肉」
彼の腕の周囲の空気が激しく振動し、それが衝撃波となってリーダーやお嬢様の背後にある馬車に直撃をする。
一瞬で馬車が木っ端みじんになり、それを曳いていた馬たちが鳴き叫びつつ逃げ出した。
「うわぁあああ!!」
「キャアアアア!!」
「うげっ!!」
リーダーとお嬢様が蹲りつつ悲鳴を上げ、魔術師は馬車の破片が後頭部に直撃して失神した。
「ま、魔術だと?!」
驚きつつ振り返ったリーダーが、慌ててガルドを睨みつけようとするが、その時には彼の右拳が目の前にあり、中指がググッと折り曲げられていた。
「指圧一指」
その額にデコピンが炸裂し、一瞬で意識を刈り取られた彼の身体が宙を舞う。
「あ、あれ?」
自分を捕まえていたリーダーがいなくなったため、自由になったお嬢様が驚いて周囲を見回す。
「大丈夫か?」
そんな彼女の前に、ガルドの巨体が立っている。
「あ、あの、はい、大丈夫です……」
怯えながら彼女がそう言い、さらに礼を言おうとした時、
ヒューと強い風が吹いて、ガルドの身体を覆っている外套の前が捲れた。
どれだけ鍛えても人間では到達することができない超筋肉ボディーと、革製のブーメランパンツ。
お嬢様の両目が点になり、口がヘラッと笑う。
「はぇ~」
そして、色々な意味で限界を越えた彼女が白目を剥いて気を失った。
「むぅ……」
そう唸ると、ガルドがポリポリと指先で頬を掻きながら途方に暮れる。
そして周囲を見回すと、失神をした10人の野盗とお嬢様、あと魔術で眠らされた4人の騎士たちが、まさに死屍累々状態で転がっていた。
「暗黒竜たちと戦った時の方が簡単だったな」
いくら何でも、魔王の三つの下僕と彼らを比べるのはどうかと思うが、確かに、人間が相手だと手加減をしないと大変なことになってしまう。
とりあえず、このまま放置はできないので、ガルドは10人の野盗たちと眠ったまま目を覚まさない4人の騎士を無造作に積み重ね、さらに一番上にお嬢様を載せると、馬車の残骸から手綱を回収し、それで適当に縛り上げて、そのまま軽々と担いだ。




