第16話 新たな筋肉魔王の誕生?
魔倒歴1014年 エルフ王国王都 美しい森の都
ガルドがエルフ王国の王都に戻って来たのは、年が明けてからだった。
新年を祝うお祭りが終わり、街が平常通りに戻った頃、外套が飛んで行ってしまったため、革のブーメランパンツ1枚だけという姿のガルドが王都の正門を潜る。
「お、王子、ガルド王子様!!」
最初はオーガが近付いて来たのかと思い、弓を構えていた門番が、それがガルドだと気付いて慌てた。
「よくぞご無事で」
「ああ、皆もご苦労」
彼らもガルドが、アイスノース山脈に氷の巨人グランシエールを討伐しに向かったことは知らされている。
戦いの結果は、まだここまで伝わってはいないが、ガルドが無事に戻って来たということは、成功したか、もしくは失敗して逃げ帰って来たかだ。
一見すると、ガルドは出発した時と同じ姿で、傷一つ負っていない。
「あ、あの、ガルド王子、氷の巨人討伐は成功したのですか?」
本来こういうことは、一番先に女王であるエンドルフィン・リンドウェルに報告をするべきだ。
しかし、門番は聞かずにはいられなかった。
人族の中でもエルフは精霊に近い存在である。
世界の精霊力のバランスが崩れれば、彼らが最も影響を受けることになるのだった。
「もちろんだ」
そして、心配そうな顔をする門番に、ガルドが、ちょっと隣村まで買い物に行って来た、みたいなノリで軽くそう答えた。
「おおっ、さすがは王子だ!!」
笑顔になってそう言う門番に背を向けると、ガルドは王都の中央にある王城に向かって歩き出した。
王城では、新年を祝う祭の後片付けが終わり、皆が平常勤務に戻っていた。
「ハァ~、毎年のことですけど、祭の後は寂しい気持ちになりますね」
息子が氷の巨人討伐に向かっていたというのに、女王は新年祭を心置きなく満喫したようだ。
王城の中庭では、暗黒竜ヴァルドラゴンと、炎のワーム・マグマバジリスクが今日も筋トレをしている。
女王は執務室で、書類に目を通し、サインをしていた。
その時――。
「申し上げます」
彼女の側近がドアをノックすると、そう言いつつ入室して来た。
「どうしたのですか?」
「ガルド王子が戻られました」
「えっ、ガルドが?」
彼女がそう言うと、そのガルド本人が女王の執務室に入って来た。
ムキムキボディーと革のブーメランパンツ姿で。
「あ、あなたは、何でいつも帰って来る時はその恰好なのですか?」
「申し訳ありません、外套はアイスノース山脈で吹雪に飛ばされてしまいました」
「では、吹雪の中でずっとその恰好だったのですか?」
もう驚いていいやら呆れていいやら分からない。
その時、彼女はハッとなった。
「ま、まさか氷の巨人も筋トレ仲間になったのではないでしょうね?!」
もしそのようなことになったら、魔王の三つの下僕が丸ごとエルフ王国に来ることになる。
別に彼女が望んだわけでも命じたわけでもないが、人族の他の王国から、エルフ王国は人間界を支配するつもりなのではないか? と、疑いをかけられ、孤立することになるかもしれない。
いや、孤立ぐらいで済めばよいが、第二の魔王認定をされ、人族連合軍に攻め込まれる可能性すらあった。
「いいえ、氷の巨人グランシエールの討伐には成功しましたが、連れて帰ってはいません」
「そ、そうですか」
ホッと胸を撫で下ろすエルフの女王。
「あいつは筋肉が無かったので」
「あれば連れて帰る気だったのですか?!」
何にせよ、これで精霊力の源であるプラウナ大樹海、灼熱のスカルノ砂漠、アイスノース山脈を守ることができた。
しかし、それは言い換えれば魔王の野望を阻止したことになり、それを成し遂げたエルフ王国は今後、報復として魔王軍による集中攻撃を受けることになるかもしれない。
「それにしても……」
エンドルフィン・リンドウェルは、自分の息子の顔を見つめた。
できるだけ、身体は見たくないようだ。
その魔王の野望をたった一人で、いとも簡単に阻止したのは、目の前に立っているガルド・リンドウェルだ。
千年前の魔王軍による人間界侵攻時には、勇者たちが集まって力を合わせて戦い、白亜の竜を倒した。
その時ですら、何人もの勇者が命を落としている。
その際、暗黒竜や炎ワームや氷の巨人たちは、人間界の各地で戦っていた。
いや、そうなるように人族側が罠を張り、分散させたのだ。
そして勇者たちは魔王軍に対して反撃を開始し、魔界に逆侵攻をして魔王を倒したのだ。
まあ、その結果、三つの下僕たちは生き残ってしまい、今回、危うく大陸が滅ぼされそうになったのだが。
いや、そんなことはどうでもいい。問題は、ガルドがその三つの下僕をたった一人で倒したということだ。
魔王と戦う勇者にするべく、ヴォイドアビスで修業をさせたのだが、まさかこんなことになるとは想像していなかった。
「ガルド……あなた……」
「何ですか、母上?」
まさか、あなたは魔王より危険な存在になったのでは? とは言えなかった。
「いいえ、何でもありません。ご苦労でした。ゆっくりと休みなさい」
「ありがとうございます」
そう言うと、ガルドが退室して行った。
本来であれば、王国を挙げて祝賀パーティーや式典を開き、彼の功績を称えるべきなのだろうが、とてもそのような雰囲気ではない。
エンドルフィン・リンドウェルは椅子から立ち上がると、窓へと近付いて行った。
「何だか、やっちゃったのかもしれないわね」
エルフ王国で新たな魔王が生まれたと言われかねない事態だ。
ガルドが他の国を攻め滅ぼし、全ての人間を皆殺しにしたり、支配下に置いたりするとは思えない。
しかし、何というか、全く違う事態は簡単に想像できた。
「筋肉最高!! 筋肉最強!! 筋肉万歳!!」
マッチョ軍団がそう叫びつつ、ガルドを崇めている姿が頭に浮かんだ。
「ううっ、いっそのこと滅ぼされた方がマシだわ」
「いかがなさいました、女王陛下?!」
いきなり壁に頭をガツンガツンとぶつけだした女王に驚いた側近が、慌てて駆け寄った。
「何でもありません、ちょっと錯乱しただけです」
「それは、ちょっとでも駄目ですよ!!」
エルフの女王が、出血している額に治癒の魔術をかける。
「ガルドは私の息子で、いずれこの王国の王位を継ぐことになるでしょう。しかし……」
「心中お察しいたします」
「一体、何故このようなことに……」
辛そうにそう呟くエンドルフィン女王に向けて、側近が心の中だけで、
「あなたが、ヴォイドアビスで千年も修行をさせたからですよ」
とツッコミを入れた。
あのような魔力の濃い場所で千年間も一人で修業などさせたから、明後日の方向に向けてぶっ飛んでしまったのだ。
しかし、悪いことばかりではない。だからこそ、魔王の三つの下僕を一人で倒せるほど強くなったのだから。
エンドルフィン女王が、ふと窓に近付くと、そこから城の中庭を見下ろした。
「さあ、腹筋千回を3セットだ!!」
ガルドがそう言って、暗黒竜ヴァルドラゴンや炎ワーム・マグマバジリスクと楽しそうに筋トレをしていた。
「イェス、兄貴!!」
2匹の超強力魔獣が、ガルドの掛け声に合わせて寝転ぶと、腹筋を始める。
なんと言うか、一言で言うとおぞましい光景だ。
「千年前に多くの仲間を失いつつ戦ったのが、バカみたい」
自嘲気味に引きつった笑いを浮かべつつ、彼女がそう言った。
実は、彼女は魔王との戦いで、限界を超える魔力を使い、それ以降、強力な魔術が使えなくなった。
あと、更年期緩和の装備を作るために魔力を使ったのも原因だが。
それほどの犠牲を払ったというのに、彼女の息子は魔力を一切使わずに、魔王の三つの下僕を討伐してしまった。
魔倒歴1014年 魔王城
魔王城の魔王の間に、氷の巨人グランシエールが入って来た。
その姿を見た魔王ディアブロ・エディケーターをはじめ、広間に集まっていた上級魔族たちが驚く。
ガルドに身体の大部分を溶かされたり壊されたりした彼だったが、今では完璧に回復していた。
ただし、以前のように逞しい巨人の姿ではなく、身長は高いが、シルエットはかなり細くて弱々しい。
彼はガルドとの約束を守り、アイスノースでの戦い以降、逞しいボディーになっていなかった。
「申し訳ありません」
グランシエールが魔王の正面でガクッと膝を落とすと、頭を下げた。
「無様ではあるが、よく戻って来てくれた。ヴァルドラゴンとマグマバジリスクは戻らなかったからな」
黒くて厳つい甲冑姿の魔王が、玉座の背もたれに深くもたれかかりつつ、そう言った。
「ハハァ~」
氷の(弱そうな)巨人が、さらに深く頭を下げる。
弱そうとは言っても、身長は10m近くあるため、まるで枯れ木が倒れているように見えた。
「それで、貴様を倒した勇者は何者だ?」
「そ、それが……」
グランシエールが、どう説明すればいいか真剣に悩みだす。
「それほど恐ろしい敵だったのか?」
魔王のその言葉を聞いて、広間に集まっていた上級魔族たちがざわつく。
それはそうだろう。魔王軍において魔王に次ぐ力を持つと言われている三つの下僕たちが、全敗したのだ。
しかも、それはたった一人の勇者によって。
「は、はい、とても恐ろしい相手でした……」
氷の巨人がガタガタと震えつつ、そう答えた。
普通の人間なら冷や汗なり脂汗を垂らすところだが、彼の場合は霙のような小さな氷の粒がパラパラと床の上に落ちて跳ねる。
もちろん、寒いわけではない。
暗黒竜ヴァルドラゴンが倒された時は、多くのエルフたちが目撃していたため、噂があっという間に広まった。
炎ワーム・マグマバジリスクが敗れたことは、その時マジネ山脈に向かっていた灼熱のスカルノ砂漠の領主と、彼が率いていた兵士や傭兵たちが、そこで勇者によって敗北した後のマグマバジリスクを目撃している。
そのことから、両者が敗北したことは間違いないのだが、誰に、どのようにして敗れたのかは不明だったのだ。
こんなことなら、三つの下僕たちをそれぞれ単独で派遣するのではなく、もっと魔族や魔獣を一緒に行かせれば良かったと反省している。
そのような中にあって、敗北したとはいえ、唯一帰還したのが氷の巨人・グランシエールだった。
「相手は、何者だったのだ?」
魔王が重ねてそう問いただすと、
「エ、エルフです」
と、グランシエールが掠れる声でそう答えた。
「なるほど、エルフか。高度な魔術の使い手だったのか?」
「いいえ、魔術は使っていませんでした」
「なんだと、長生きで見た目が美形なこと以外、なんの取り柄もない、ひ弱なエルフが魔術を使わなかったというのか?」
「はい。今にして思うと、エルフではなかったのかもしれません」
「? 何を言っているのだ?」
魔王が首を傾げる。
「そ、そうだ、きっとそうだ。あれはエルフなどではない……」
氷の巨人の体の震えがさらに大きくなり、大量の氷の粒が床の上に零れ落ちていく。
「お、落ち着け、グランシエールよ」
「あれは、エルフでも勇者でもない、人間界の魔王だ……」
「何を言っているのだ?」
「ヒィイイイイイ、く、来るな、六つに割れた腹筋など見たくない!!」
ついに氷の巨人のメンタルが限界を突破した。
そう叫びつつ、周囲に向けて冷気を放ちまくる。
「う、うわぁあああ!!」
周囲にいた上級魔族たちが、大慌てで逃げ惑った。
その冷気に触れた者が一瞬で凍り付いてしまう。
もちろん、上級魔族はその程度では死なないが。
「魔法障壁!!」
魔王ディアブロがそう言いつつ右手をかざすと、その冷気が一瞬で拡散し、消えてしまった。
さらに、グランシエールの巨体がぐらりと傾き、そのまま倒れ込む。
床に激突した体の一部が砕けて氷の破片が飛び散った。
兵士たちが広間内に駆け込んできて、その巨体の周囲を取り囲むと、
「せーの!!」
と掛け声を上げて持ち上げ、広間から運び出して行く。
「冷たっ!!」
「うわっ、ツルツル滑って持ちにくい」
後には、すっかり怯えてしまった上級魔族たちと、魔王だけが残される。
「どうやら、今回の人間界の勇者はかなりの強者のようだな」
「ま、魔王様、いかがなさいますか?」
上級魔族たちの視線が彼に集中する。
ハッキリ言って、彼らは暗黒竜、炎ワーム、氷の巨人たちより格下である。
「では、次はお前が行って勇者を倒して来い」
などと命令をされたら、大変なことになるのは分かり切っていた。
魔王が広間内を見回すと、全員が冷や汗を垂らしつつ視線を合わせないように俯いたり、明後日の方向に顔を向けてヒューヒューと口笛を吹いたりしている。
「……」
普段であれば、次は私に、いや俺を行かせて下さい、と口々に言い出すところなのだが、今回は完全に戦意を失っていた。
「しばらくは……様子見をするしかないな」
彼が言うと、上級魔族たちが、ホッと胸を撫で下ろし、
「さすがは魔王様、見事な御采配です」
「私も、そうするべきだと考えておりました」
と口々に言った。
「そのエルフの勇者について情報を集めよ」
なんにせよ、その勇者を倒さなければ魔王軍の勝利はない。
それどころか、今の状態では逆に攻め込まれたら簡単に負けてしまいそうだ。
「そのエルフの勇者の弱点を見つけ出すのだ」
魔王がそう言うと、上級魔族たちが一斉に姿勢を正して頭を下げた。




