第15話 炸裂!!筋肉ビーム
ガルドは、本来であればザイルとハーケンを使い、何時間も何日もかけて登らなければならない絶壁を、
「フンッ!! フンッ!!」
と気合を入れつつ、岩に指先やつま先を突き刺して登っていく。
さらに言うと、その速度が尋常ではないほど速い。
通常、標高が高い山に登る時は、高山病を予防するために何カ所かベースキャンプを作り、そこで数日休んで体を慣らしながら山頂を目指す。
しかし、彼はノンストップでドンドン登って行った。
一応、夜になると、
「筋肉にもインターバルは必要だ」
などと言って、岩の隙間などに潜り込んで食事や睡眠をとってはいたが、身体が頑強なドワーフですら無理という超高速で山頂を目指して行く。
そもそも、アイスノース山脈全体で猛吹雪が吹き荒れており、普通の人間だと歩くことすら難しい。
特に断崖絶壁を登っている時など、少しでも体が斜面から離れれば、あっという間に吹き飛ばされて転落死してしまう。
しかし、彼はまるで近所の丘にピクニックに行くような雰囲気で、どんどん山頂を目指して行く。
そして、普通なら数カ月かけて、運が良ければたどり着けるアイスノース山脈の最高峰に、
わずか3日で到達した。
「き、貴様、一体何者だ?」
巨大な山の頂で、大きな岩に腰かけていた氷の巨人グランシエールが、ドン引きしながら驚いている。
「ずっとここから見ていたが、私でもここまで登って来るのに1週間かかったのだぞ」
さらに言うと、その時は吹雪など吹いておらず、天気は快晴だった。
今の異常気象は、彼がここにいて精霊力を狂わせているから起こっているのだ。
「俺は、エルフ王国女王エンドルフィン・リンドウェルの息子、ガルド・リンドウェルだ」
傍から見ると巨大な岩の刃のような細い稜線で仁王立ちになりつつ、ガルドがそう名乗った。
「貴様がエルフだと?!」
そう言われたので、フードを後ろにずらして頭部を見せる。
「確かにその耳はエルフだが……」
こんなにガタイの良いエルフなど、見たことも聞いたこともない。
「暗黒竜と炎ワームは俺が討伐した」
「フハハハハ、嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくのだな。あ奴等がそう簡単に倒されたりするわけがないだろうが」
確かに、暗黒竜ヴァルドラゴンも炎ワーム・マグマバジリスクも、一国の軍隊並みの力を持っている。
そのため、倒す準備をするだけでも数カ月かかるし、実際に戦えば決着がつくまでに、さらに数カ月かかる。
なにせ、暗黒竜も炎ワームも単体なため、不利になれば逃げるし、特にヴァルドラゴンは空を飛べるため、捕捉するだけでも一苦労だ。
かく言うグランシエールも、ここなら軍勢は登って来ることができないし、勇者達が集まってパーティーを組んで討伐しに来たとしても、何カ月もかけてここにたどり着いた頃には、飢えと寒さと高山病でフラフラになっているはずだと高を括っていた。
だと言うのに、まさかたった一人で、それも3日で登頂する者が出て来るとは夢にも思わなかった。
ちなみに、魔法の中には空を飛べるものがあったが、この高度まで一気に上がって来れば、どのみち空気が薄すぎて術者は途中で意識を失うし、空を飛べる魔獣もこの高度までは上がって来ることができない。
空気が薄すぎて、翼を振っても揚力を得ることができないからだ。
なにせ、今グランシエールとガルドがいる場所は、標高約9000mである。
本来であれば、酸素マスクが必要な高度だ。
「ところでお前、寒くないのか?」
氷の巨人も、そこが気になったようだ。
「筋肉があれば、この程度何でもない」
胸を張り、ガルドがそう答える。
「えっ? な、何? 筋肉?」
「そうだ、筋肉に不可能はない」
「……」
「見たいか?」
「い、いや、別にそんなことはないけど」
「良いだろう、そこまで言うなら見せてやろう」
ガルドは戸惑う氷の巨人を無視して、バッと外套を脱いだ。
直後に突風のため、それが吹き飛ばされてしまう。
なお、アイスノース山脈最高峰の現在の気温は-60度、さらに風速は100km/hを超えているため、体感温度はさらに低くなっている。
「どうだ?」
ムキッと音がしそうな筋肉でポージングをする。
まさか標高約9000mの世界の最高峰、それも猛吹雪の中で、そのようなものを見ることになろうとは、氷の巨人グランシエールも夢にも思わなかった。
「頭が痛くなってきた」
そう言うと、グランシエールが足を踏み外さないように注意をしつつ立ち上がった。
身長が10m近くある氷の巨人の前では、巨漢のガルドも小人にしか見えない。
ちなみに、氷の巨人グランシエールは、暗黒竜ヴァルドラゴンや炎ワーム・マグマバジリスクと違い、二足歩行のため一回り小さく見える。
暗黒竜は体長が約20mで、翼があるため、それを広げるとさらに巨体に見えるし、炎ワームも頭から尻尾まで測ると10m近くあり、さらに四足歩行のためかなり体重があった。
「フンッ、お前もなかなか良い筋肉をしているな」
「俺は、全身が氷でできているため、姿を自由に変えることができる。その気になれば、今の何倍もの大きさにもなれるぞ」
今のサイズで人間の姿をしているのは、場所が狭いからだ。
どうせなら、もっと安定する蜘蛛のような姿になっても良かったのだが、巨人と呼ばれているため、極力人型になることにしている。
「何だと、貴様……体を鍛えていないのか?」
ガルドの美しい顔に怒りの感情が浮かんだ。
「そうだ。自由自在に姿を変えることができるからな」
「それは、筋肉に対する冒涜だ」
「はぁ?」
「肉体の神マッチョーダよ!!」
ガルドが空に向かって両手を突き上げて、そう叫んだ。
「この者に神罰を与えたまえ!!」
「い、いや、待て、怒る所が変と言うかズレているぞ!!」
「黙れ。良いだろう、お前に俺の必殺技を見せてやる」
「い、いきなり必殺技だと? そういうのはお互いに何度か攻撃し合って、勿体ぶってから使うものだろ」
「黙れ、筋肉を冒涜する者はこの俺が許さん!!」
どうやら、氷の巨人グランシエールはガルドの逆鱗に触れてしまったようだ。
ブーメランパンツ1枚の彼が両腕を上げると、力瘤を作るように下ろして来る。
それは最もポピュラーなポージング、フロント・ダブルバイセップスと呼ばれるポーズだった。
両腕を上げていることから、正面から見ると逆三角形の体型や腹筋、身体全体の筋肉のバランスがすべて見ることができる。
「お、お前、ここをどこだと思っているのだ? そもそも寒くないのか?」
「黙れ、筋肉の敵め!!」
そう一喝すると、ガルドの体温がドンドン上がっていく。
褐色の肌が赤みを帯び、さらに不気味に光り始めた。
「ま、魔力を全く感じない……どういう仕組みだ、それは?」
驚いてはいるが、氷の巨人グランシエールはまだ余裕があった。
彼の体は氷でできているため、攻撃を受ければ欠けたり割れたりするが、しかし、すぐに修復することができるのだ。
ましてや、ここは極寒の地であり、彼にとってはもっとも有利に戦える場所なのだ。
「くらえ!! 灼熱の筋肉!!」
そして、その時、ガルドが必殺技を放った。
彼の全身の筋肉が超高速で振動し、それによって発生した熱を一点集中して敵に向けて照射する。
そこに魔力は一切関係なかった。
拳で殴る攻撃とは違った意味での超力業である。
「な、なんだ、どこからこんな高熱が?!」
驚いたことに、氷の巨人の身体がみるみるうちに溶けていく。
もちろん彼も、大急ぎで体を元に戻そうとしているのだが、溶ける速度の方が早い。
「仕組みは分からないが、いつまでもこんな攻撃はできまい。こうなれば我慢比べだ!!」
「良いだろう。ちなみに俺は、この状態を3日3晩続けることができるぞ!!」
「すいません、ごめんなさい、降伏します!!」
千年の筋トレは伊達ではなかったということだろう。
その時、氷の巨人の左肩から腕が溶け落ち、バランスを崩した。
ただでさえ、狭い山頂部でそのような状態になればどうなるか?
「うわぁああああああ!!!」
答えは明白で、身体が二回りほど小さくなっていたグランシエールが、山頂部から滑落した。
ほぼ垂直に何百mも落下し、何度も斜面に叩きつけられながら転がり、滑り落ちて行く。
その体が止まったのは、山頂から3千m以上も下った場所だった。
ただでさえ溶けかけていた体が、さらに砕けたり削り取られたりして、今は1mほどになっている。
「な、何なんだあいつは? 本当にヴァルドラゴンやマグマバジリスクはやられたのか?」
さっきまで全く信じていなかったが、今は疑う方が難しい。
ちなみに、ガルドは暗黒竜や炎ワームに、今の灼熱の筋肉は使っていない。
ひたすら殴り飛ばしただけだ。
そういう意味では、氷の巨人グランシエールは、本当の意味でガルドに敵と認められたことになる。
「とりあえず、身体を直しつつ逃げよう」
彼が山頂部を離れたため、不安定だった精霊力が安定し始め、吹雪も収まっている。
分厚い雪雲が薄くなり、所々から青空も見え始めていた。
そして、その空から、ガルドが降って来た。
「貴様は逃がさん!!」
はるか頭上からそう言う声が聞こえて来たかと思うと、目の前に彼の身体が着地する。
大量の雪煙が舞い上がり、人間の幼児並みのサイズになった氷の(元)巨人グランシエールが吹き飛ばされた。
「う、嘘だろ?! 山頂から、飛び降りて来たのか?!」
「筋肉を冒涜する者を、この俺が見逃すと思ったか?」
「お前は、筋肉と言えば何でも許されると思うなよ!! この世界で無茶をするなら、せめて魔術を使え!!」
それならば多少の理不尽も、まあ魔術ならそういうこともあるかな、と無理にでも納得できる。
「黙れ!! 筋肉は最強だ、筋肉に不可能はない!!」
「ええ~っ……」
「さあ、遺言があるなら俺の筋肉が聞いてやるぞ」
ブーメランパンツ1枚のマッチョエルフが、両手の指の骨をポキポキと鳴らしつつ近付いて来る。
「あ、あの、そもそも俺は氷の精霊力の集合体だから、肉体自体ありません。だから鍛えたくても無理なんです」
グランシエールも必死で体を修復しているが、今の状態で先ほどの灼熱の筋肉攻撃を受けたら、今度こそ一撃で蒸発してしまうだろう。
欠片一つでも残っていれば、時間はかかるが復活はできる。
しかし、ここは山頂より気温が高いし(と、言ってもそれでもほぼ氷点下だが)、吹雪も止んでしまった。
「そうか、それは可哀想だな」
しかし、それまで殺意を全身の筋肉から放ちまくっていたガルドが、ふと肩の力を抜きつつそう言った。
彼は、トレーニングをサボったり、ズルをしたりする人間は許せないが、そもそも鍛えることができない者に筋トレを無理強いするほど傲慢ではないのだ。
その証拠に、エルフ王国で彼が他人に筋トレを強要したことは一度もない。
もちろん、推奨はしているが。
「あ、あの……」
「良いだろう。二度とマッチョ姿にならないと誓うなら、今回は見逃してやる」
「えっ?」
「魔王の元に戻るが良い」
「あ、あの、俺を見逃したら、またあの山に登って、精霊力を狂わせるかもしれませんよ」
グランシエールが、遥か頭上にあるアイスノース山脈の最高峰を、小さな手で指しつつそう言った。
「そうか、それは皆が困るな。よし、ついでに二度とあの山頂に近付くな」
「そ、そっちがついで……」
こうしてエルフ王国の王子、ガルド・リンドウェルは、魔王の三つの下僕をたった一人で討伐したのだった。
3人のうちの一人でも倒すことができれば、吟遊詩人達が勇者譚として後世に歌い継いでくれるというのに、全てをたった一人で倒してしまったのだ。
ただ問題は、通常は軍勢や勇者パーティーの仲間が一緒にいて、その戦いの様子を聞けるのだが、今回はそれらがいない。
つまり、ガルド本人から直接、討伐時の話を聞かなければならないのだが、彼は仮にも王族だ。
街の酒場で、一杯奢るから話を聞かせてくれと、気軽に情報収集をすることができない。
その結果、吟遊詩人達は、暗黒竜、炎ワーム、氷の巨人との戦いを想像するしかなくなり、歌い手達の好みに応じて盛大に尾ひれがついていくことになるのだった。
いや、正確には尾ひれしかないと言うべきか。
ある者は勇者の剣で戦い、またある者は激しい魔法戦で倒したと言う。
結果として、惜しいどころか掠りもしない内容が広まり、それに対してガルド本人が否定も肯定もしないため、歯止めが効かなくなっていくのだった。
まさか、ドラゴンスレイヤーが突き刺さったままの岩で殴り倒したとか、拳一発で殴り飛ばしたとか、筋肉ビーム(※灼熱の筋肉・インフェルノ・マッスル)で山から突き落としたとは、夢にも思わなかったのだろう。




