第13話 アイスノース山脈
魔倒歴1013年 エルフ王国王都 美しい森の都
「良い香りですね」
エルフ王国女王、エンドルフィン・リンドウェルは、王城のテラスで午後ティーを楽しんでいた。
城の中庭では、暗黒竜ヴァルドラゴンがスクワットをしているが、それは見ないようにしている。
「シューレイ国から入荷した茶葉を使用しています」
侍従が控えめな声でそう言うと、
「そうですか。あの国は人間の国なので粗暴で田舎だけど、お茶だけは最高ですね」
微笑みながらそう言い、花の蜜を混ぜて焼いたクッキーを二つに割って口に運ぶ。
「これも良い味だわ」
「調理人に伝えておきます。とても喜ぶことでしょう」
その時、テラスに女王の側近が駆け込んで来た。
「女王陛下、ご報告がございます」
「どうしたのですか? 悪い知らせですか?」
「い、いいえ、どちらかと言うと、良い知らせです」
その割には、顔色が青ざめ、冷や汗を垂らしている。
「では、どうしたと言うのですか?」
女王がその美しい眉間に皺を寄せ、少し苛立った声でそう問いただす。
「ガルド王子が帰還されました」
「あ~っ、それは良いことではありませんか」
彼女の一人息子は、2カ月前に炎ワーム・マグマバジリスクを討伐するため、灼熱のスカルノ砂漠に行っている。
「もしかして、大怪我でもしたのですか? それとも、マグマバジリスクの討伐に失敗をしたとか?」
「い、いいえ、ガルド王子は無傷です。あと、見事マグマバジリスクの討伐には成功されました」
それならば、何故そんなに微妙な表情で、言いにくそうに報告をしているのか?
エンドルフィン女王は、嫌な予感がしてきた。
そこへ、
「母上、ただいま戻りました」
そう言いつつ、ガルド・リンドウェルがやって来た。
「…………」
しかし、愛する息子の元気そうな姿を見て、何故か女王の目から光が消えた。
そこには、相変わらず超ムキムキなマッチョボディーが、さらに小麦色に日焼けしてパワーアップしたガルドの姿がある。
さらに言うと、外套が燃えてしまったため、革製のブーメランパンツ1枚だけという姿だ。
「お喜びください、マグマバジリスクを倒しました」
「そ、そうですか。見事です、ガルド」
完璧な棒読みでそう労う。
「あと、マグマバジリスクも連れて帰ってきました」
「何ですって?!」
彼女の瞳に光が戻り、驚いて立ち上がる。
そして、テラスの手摺に駆け寄ると、城の中庭を見下ろした。
すると、
「やあ、ヴァルドラゴン」
「久しぶりだな。お前もガルド兄貴に負けたのか?」
「ああ、完敗だ。だから俺も筋トレをして、ガルド兄貴みたいなマッチョボディーを目指そうと思ってな」
何故か、彼等はガルドのことを兄貴と呼んでいる。
「つ、連れて帰って……へぇ~、そ、そうですか」
その気になれば、暗黒竜か炎ワームのどちらかだけでも、王城ごと王都・美しい森の都を廃墟にすることができる。
「と、ところでガルド、あなたはこれからどうするのですか?」
彼女が口元を引きつらせつつそう言うと、
「もちろん、もう一体の魔獣、氷の巨人グランシエールを討伐しに向かいます。その前に新しい外套を取りに戻ったのです」
彼が愛用していた全身をすっぽりと覆う外套は、マグマバジリスクが放つ高熱のために燃えてしまった。
ちなみに本人は鍛え上げられた筋肉によって火傷すらおっていない。
「それでは、行ってまいります」
ガルドがそう言うと、スタスタと歩き出した。
「ち、ちょっと、あのドラゴンとバジリスクは連れて行かないのですか?」
「ハハハ、あいつ等は筋トレに目覚めたマッチョ仲間です。危険な場所には連れて行けません」
「い、今は、この王城が一番危険な場所になっているのですけど」
「大丈夫ですよ、母上。筋トレをする者に悪い奴はいません」
「あなたはそれを本気で言っているのですか?」
「もちろんです」
そう答えると、ガルドが再び歩き出した。
「…………」
その後ろ姿を見送ったエンドルフィン女王が、ヘラッと笑ったかと思うと、そのまま白目をむいて倒れる。
「じ、女王陛下!!」
側近と従者が慌てて駆け寄ると、彼女を抱き止めた。
魔倒歴1013年 アイスノース山脈
アイスノース山脈は、世界の屋根と呼ばれるほど標高が高い山々が並んでおり、魔物どころか、どこにでも住める人間達ですら、ほとんど足を踏み入れていない。
山々の尾根は永久凍土に覆われ、真夏でもそれが溶けることはなかった。
そこには冬と厳冬しか季節がないのだ。
しかし、今、そらがさられに「超」が付く状態になっていた。
アイスノース山脈全体が吹雪に覆われている。
麓の村は、激しい風と雪のため、家の外に出ることができず、寒さに強い動物達ですら森の中でバタバタと倒れ、そのまま雪に埋まっていく。
今も、大きな角を生やした鹿が力尽きようとしていた。
餌を食べることができず、吹雪を凌げる岩肌や洞窟には熊や狼が身を隠しているため、入ることができない。
ああ~っ、木の芽が食べたい。青々とした草が食べたい。
朦朧とした意識のまま、フラフラと歩いている。
本来であれば、今は秋で、森には食べ物が豊富にあったはずだ。
それをお腹一杯食べて、脂肪を蓄えてから冬に入るはずだったのに、2カ月ほど前に突然雪が降り始め、そのままあっという間にすべてが雪で覆われてしまった。
鹿がついに力尽きて、ドサッと倒れる。
寒い、お腹減った……。
そして、意識を失った。
アイスノース山脈周辺の村の家屋は、雪や風で潰されないように、他の地方より頑丈な造りになっていた。
しかし、それでも何軒かは雪の重みに耐えきれずに傾いたり、押し潰されたりしている。
「村長、このままでは村人は皆、飢えと寒さで死んでしまう!!」
「そうだ、どの家もまともな冬ごもりの準備ができていないんだぞ!!」
村長の家に村人達が集まり、初老の男に詰め寄っている。
「そうは言われても、この吹雪では、街まで買い出しにも行けない。辿り着く前に凍死してしまう」
初老の男、村長が、「そんなこと俺に言われても」とばかりに表情をしかめつつ、そう返答をした。
「…………」
村長の言うことはもっともだが、だからこそ何か良い知恵を期待していた村人達が、あからさまに落胆しつつ顔を見合わせる。
確かにその通りだ。
先祖代々この地で暮らしてきたが、このようなことは初めてだった。
ここアイスノース山脈は、冬になると冷たい風が吹き下ろしてきて、大量の雪が降る。
そのため、村人達は秋の間に街に出て、食料や生活に必要な物を買い込んで、長い冬に備えるのだ。
しかし、今年は奇襲攻撃のように季節外れの大雪が降り始めたため、それらができなかった。
「雪に備えて家の補強もできていないところがほとんどだ。このままでは、ほとんどの家が春までもたずに潰れてしまう」
「いや、そもそも、いつも通りの時期に春が来るかどうかも怪しい」
「この吹雪では、狩りもできないから、肉や毛皮が手に入らない」
「分かっている、分かっているんだ。でも、この天気ではどうすることもできないだろう」
最悪の場合、春になるまでにアイスノース山脈周辺の村や町は全滅してしまうかもしれない。
いや、そもそも二度と春が来ない可能性すらある。
そう思わせるレベルの異常気象だ。
その時、村長の家のドアがバァンと開いた。
驚いた村長達が一斉に顔を向けると、そこには外套を着て頭にフードを被った大柄な男が立っている。
「だ、誰だ、あんたは?!」
一目で村の者ではないことが分かる。
「俺はガルド・リンドウェル。エルフだ」
そう言いつつフードを後ろにずらすと、確かに金髪で笹の葉の形をした耳が姿を現した。
「エ、エルフが何でこんなところに?」
このような山奥にエルフが来ることなど滅多にない。
どちらかと言うと、岩山が好きなドワーフの方が多いくらいだ。
「アイスノース山脈に出現した氷の巨人・グランシエールを討伐しに来た」
「グ、グランシエール?! あ、あの伝説の!!」
氷の巨人グランシエールは、暗黒竜ヴァルドラゴンや炎ワーム・マグマバジリスクと共に、魔王の三つの下僕として有名だった。
伝承やおとぎ話として、子供の頃からその名前は聞いている。
ちなみに、他にもいたのだが、過去に勇者達との戦いで倒されたり、新たに任用されたりして、時代によって魔王四天王になったり、魔王軍の双璧などと微妙に変化をしていた。
しかし、今の3人(匹)は千年前から固定されている。
「アイスノース山脈は氷の精霊力の源だ。そこに氷の巨人グランシエールが居座って、精霊力を狂わせているのだ」
「な、なんだってぇ?!」
正直言って、グランシエールの姿を直接見た者は誰もいないため、本当か嘘か確かめようがない。
「それで、エルフのあんたがそれを退治してくれるのか?」
「ああ、そうだ」
「エルフの軍勢が近くまで来ているのか?」
「いいや、俺一人だ」
相手は、精霊力を狂わせて、気象を操れるほどの大魔族だ。
ハッキリ言って、エルフがどれほど凄いか分からないが、たった一人でどうにかできるとは思えない。
軍勢とまでは行かなくても、複数の勇者パーティーでもなければ、近付くこともできないだろう。
そもそも、アイスノース山脈は、完全装備の登山家ですら遭難するような険しい場所だ。
その証拠に、厳しい気象条件の場所に好んで棲息するような魔獣ですら寄り付かない。
「地図があれば見せて欲しい」
ガルドがそう言うと、
「ちょっと待ってくれ。あんた、そんな恰好で、それも一人で山を登る気なのか?」
村長が慌ててそう言った。
確かにガルドは外套1枚だけで、他に登山用の装備を持っているようには見えない。
「大丈夫だ」
「大丈夫って」
「俺にはこの筋肉がある」
そう言ってガルドが外套をガバッと脱ぐと、村長達が悲鳴を上げた。




