第11話 激突炎ワーム・マグマバジリスク
魔倒歴1013年 灼熱のスカルト砂漠
人族より強い肉体を持つ魔族や魔獣ですら、踏破するのは困難と言われている、灼熱のスカルノ砂漠。
その延々と続く砂の大海原を、一人の男が歩いていた。
大柄な体を外套で覆い、フードを目深に被っている。
それはエルフ王国のガルド・リンドウェル王子だった。
彼は、灼熱の砂漠を黙々と歩き続けている。
一月前、プラウナ大樹海で暗黒竜ヴァルドラゴンを討伐した後、降伏したドラゴンから、
「魔王の命令で、我はプラウナ大樹海に、マグマバジリスクはスカルト砂漠、グランシエールはアイスノース山脈に向かいました」
と聞いていたからだ。
「なるほど」
エルフ王国の王都・美しい森の都にある王城で、ヴァルドラゴンの話を聞いたガルドが、膝を叩いて立ち上がった。
「何がなるほどなのですか、ガルド?」
彼と一緒にヴァルドラゴンから話を聞いていたエンドルフィン女王が、半眼でそう言う。
「灼熱のスカルト砂漠であれば、良い筋トレができます」
「せめて、嘘でも良いからマグマバジリスクを討伐しに行くと言ってちょうだい」
「マグマバジリスク討伐など、スクワット1万回することを思えば軽いものです」
「どちらも私にはできそうにないので、何とも言えないわ」
ヴォイドアビスにおける修行から出てきた息子に対して、何かを諦めたような状態になっているエルフの女王は、彼を引き止めたりはしなかった。
こうしてガルド・リンドウェルはエルフ王国を出て、はるばる大陸中央部にある灼熱のスカルノ砂漠までやって来たのだ。
「思った通り、良いトレーニングだ」
ガルドがそう言うと、速足で砂漠を突き進んでいく。
その前方には、鋭い岩肌が剥き出しになったマジネ山脈が見える。
彼は砂漠の北側にあるオアシスまでは、エルフ族が使っている瞬間移動の魔法陣で移動してきた。
エルフは大陸中に、自分達だけが使える瞬間移動用の魔法施設を持っているのだ。
そして、そこからは馬やラクダなどを使わずに、ひたすら自分の足で移動している。
もちろん魔法陣の施設を管理していたエルフ達は、彼のためにラクダと砂漠踏破用の物資を準備していたのだが。
「おおっ、ありがとう。これで良いトレーニングができる。あと、貴重なたんぱく源だ」
と、言って荷物をラクダごと抱え上げて砂漠に入って行こうとしたのだ。
「お、王子、違います、ラクダはダンベルや食料ではありません、移動手段です!!」
慌てたエルフ達がそう言うと、
「では、いらない」
と、言って荷物だけ担いで、ラクダを置いてきたのだった。
今のスカルト砂漠は、魔獣・炎ワーム、マグマバジリスクの影響で異様に暑い。
「スカルノ砂漠には、地脈の集まる場所があります。そこは炎の精霊力の源であり、魔王はそれを破壊し、世界のバランスを崩すつもりなのでしょう」
暗黒竜ヴァルドラゴンの話を聞いたエンドルフィン女王が、そう言っていた。
もちろん、地脈を簡単に破壊することなどできない。
しかし、少しずつそのバランスが崩れており、その影響が出ているのだ。
炎の精霊の力が暴走していることは間違いない。
あと、同じくアイスノース山脈にも地脈の要のような場所があり、そこは氷の精霊力の源になっている。
そこには氷の巨人グランシエールが派遣されているはずだ。
「さっさと、マグマバジリスクを倒して、次はアイスノース山脈に行ってトレーニングをしなければ」
肉体の神マッチョーダの信者は皆、基本的に彼と同じような思考パターンをしている。
筋肉を鍛えることが全てに優先するのだ。
アイスノース山脈に比べれば標高は低いが、砂漠の真ん中にあるマジネ山脈も標高は3000m近くある。
その麓には村があったが、今は無人になっていた。
あまりに暑すぎて、人間には耐えられなかったのだ。
そして、その村の中央を流れている河も完全に干上がっている。
「おおっ、これは整うな」
まるでサウナ好きのオッサンが言いそうな台詞を口にするガルド。
ここからは険しい山道を延々と登らなければならない。
炎ワーム・マグマバジリスク、その外見は一見すると巨大な蜥蜴だった。
ただし、全身が炎に包まれているのと、体長が10m近くあったが。
その炎の巨大蜥蜴が今、マジネ山脈の中腹にある洞窟の中で蹲っている。
別にここが巣穴というわけではない。
この場所は、炎の精霊力が集まっているのだ。
灼熱のスカルト砂漠が草木の生えない、不毛の大地になった原因は、この強力な精霊力のせいだった。
いや、正確に言うと、暑い砂漠だから炎の精霊力が集まったのかもしれない。
ただでさえ炎の精霊力の強いこの地に、炎の魔獣が居座っているため、どんどん精霊力が暴走し始めている。
手始めに、マジネ山脈の地下には膨大な地下水があり、それが山から流れ出してマジネ河として砂漠を貫いて流れているのだが、それが真っ先に枯れてしまった。
それはまだ序の口に過ぎない。このままいけば、砂漠が恐ろしい勢いで広がり始めていくだろう。
それに合わせて、砂漠の北部にあるアイスノース山脈で、氷の巨人・グランシエールが同じく氷の精霊力を暴走させれば、大陸は人間が住めなくなってしまう。
異常気象、洪水や干ばつ、そして穀物が育たなくなり、環境が過酷すぎて人間も日常生活を送れない。
そして最終的には、大陸全土が氷に閉ざされるか、砂漠になってしまう。
マグマバジリスクは炎の精霊が暴走するように、ただこの場所にいるだけで良いのだから、実に楽な役目だ。
いずれ弱いくせに数だけは多い人間どもが、討伐軍を編成して山を登って来るだろうが、百や千程度の軍勢など怖くはない。
マグマバジリスクが全身を覆う炎をさらに高温にし、人間どもに近付いて行けば、盾を持っていようが鎧を身に着けていようが、ひ弱な人間は簡単に焼け死んでしまう。
彼(?)は、暗黒竜ヴァルドラゴンがガルドに討伐され、役目を果たせなかったことはすでに知っていた。
エルフ王国の勇者が、千年前に白亜竜を倒した魔剣ドラゴンスレイヤーを使って、暗黒竜を降伏させたそうだ。
「あの神代竜を人間ごときが倒せるわけがない」
おそらくエルフの勇者が率いた軍勢にやられたのだろうと、彼も考えている。
当然エルフ王国側も多くの犠牲者を出しているはずだ。
「さあ、いつでも来るがいい、脆弱な人間ども。一人残らずこんがりと丸焼きにしてやろう」
マグマバジリスクが暇つぶしとしてそのようなことを考えていると、
ドシン、ドシンという、微かな揺れを感じた。
「何だ?」
ゆっくりと立ち上がると、洞窟の出口へと移動していく。
「地震ではないな」
もしそうなら、これほど長時間、揺れ続けたりはしない。
洞窟から頭を出して周囲を見回すと、移動する大きな岩が見えた。
「何だ、あれは?」
人間どもが討伐にやって来たのか? いや、いくらなんでも早すぎる。
では、なんだ?
そのようなことを考えていると、移動する岩がさらに近付いてくる。
そして、マグマバジリスクが驚いた。
岩の下に大柄な人間がいて、その者が自分より遥かに大きな岩を担いで、さらにうさぎ跳びをしていたのだ。
「人間ではない、オーガか?!」
しかし、オーガは魔族であり、魔王の配下に入っている。つまり、彼の仲間だ。
では、何者なのだ?!
そのようなことを考えている間に、岩を担いでうさぎ跳びをしていた男が、目の前に迫ってきた。
そして、呆然と立ち尽くしているマグマバジリスクに気付いて立ち上がった。
ポイっと担いでいた岩を投げ捨てると、ズズン!! と岩が山肌にめり込み、土煙が上がる。
「き、貴様は何者だ?」
マグマバジリスクも暗黒竜ヴァルドラゴン同様、声帯がないため、相手の頭に直接話しかける。
「見て分からないか?」
「分からないから聞いているのだ!!」
この灼熱地獄のような場所で、全身を外套で覆い、頭部もフードで隠されている。
ガルドがフードを脱ぐと、美しい金髪と笹の葉の形をした耳が姿を現す。
「エ、エルフだと?!」
さらに外套を脱ぐ。
「な、何者だ、貴様!!」
途端に、分からなくなった。
確かに、ムキムキマッチョなエルフなど誰も見たことがない。
「俺は、肉体の神マッチョーダの信者にしてエルフ王国王子、ガルド・リンドウェルだ」
「嘘だろ、マッチョーダ神の信者だと……」
マグマバジリスクが怯えている。
それほど肉体の神の信者は少ない上に、色々な意味で厄介なのだろう。
「この筋肉を見れば、一目瞭然だろう」
そう言ってガルドがポージングをして、大胸筋をピクピクと動かす。
ちなみに、彼は平気な顔をしているが、炎ワーム・マグマバジリスクの周囲は、気温が軽く百度を超えている。
つまり、水があればあっという間に蒸発するのだ。
当然、生身の人間が長時間耐えられるはずがない。
「さて、マグマバジリスクよ」
「な、なんだ?」
「貴様がここにいると、皆が迷惑をする。さっさと立ち去れ」
「ふ、ふざけるな」
「いたって真面目だ。この筋肉に誓ってもいい」
「い、いや、そんな物に誓われても……」
とりあえず、自分がなぜここにいるのか思い出したマグマバジリスクが、仕切り直す。
「我は魔王様の下僕、炎ワームのマグマバジリスク!!」
全身から炎を噴き出しつつ、後ろ足で立ち上がってガルドを見下ろしながらそう(思念波で)言う。
「うむ、知ってる」
「愚かなエルフよ、貴様ごとき一瞬で消し炭にしてくれるわ!!」
ドンドン気温が上昇していく。
この炎の魔獣が本気になれば、鋼鉄ですら容易に溶かすことができる。
今も、その巨体の足下の石が赤くなり、溶岩化し始めていた。
ガルドが脱ぎ捨てた外套が発火し、燃えてしまう。
「死ね!!」
そう叫ぶのと同時に、灼熱のブレスをガルドに向けて吐き出した。
「ほほぅ、その程度では俺の筋肉には通じない!!」
ガルドが息を吸い込み、大きく胸筋を弾ませ、さらに腹筋を捻り、全身の筋肉に力を込めた。
「反・摩・筋!(アンチ・マジックル)!!」
そう叫んだ直後、彼の姿が炎のブレスに包まれた。
本来であれば、この一撃で骨すら残さず蒸発してしまう。
しかし、ガルドには通用しなかった。
炎の濁流が弾き返されてしまう。
「そ、そんな馬鹿な?!」
かなり本気の攻撃だったというのに、マッチョエルフはノーダメージだ。
「次はこちらから行くぞ」
ガルドがそう言うと、腰を落とし、腰だめに拳を握りしめた。
「我が魔力を込めた拳を受けてみろ!!」
そしてそう叫びつつ気合を込め、拳を打ち出す。
マグマバジリスクの炎の皮膚に音速を越えたガルドの拳がめり込み、次の瞬間には、その巨体がくの字に曲がって宙に浮いた。
ボキ、バキ、ゴス、と不気味な音がし、さらにその体が空に吹き飛ばされていく。
そして、岩肌に激突すると、そこに身体がめり込んだ。
「グハァアアアア!!」
大量の血を吐き、全身を覆っていた炎が消えてしまう。
「さあ、今度は貴様の番だぞ。攻撃してくるがいい」
そう言うと、ガルドが不敵に笑う。
しかし……。
岩肌に身体をめり込ませたマグマバジリスクは、白目を剥いて気を失っていた。
その証拠に、全身から噴き出していた炎が消えてしまい、ただの巨大な蜥蜴になってしまった。
「フム、肉体の神マッチョーダ様の御加護だな」
しばらくすると、マグマバジリスクの体のあちらこちらから炎が噴き出し始めた。
「ウウッ……一体何が?」
「気が付いたか」
そこは、炎の精霊力がこもった洞窟の中だった。
マグマバジリスクが目を開けて、ゆっくりと周囲を見回す。
するとガルドが、両手で巨大な岩を持ち上げて筋トレをしていた。
「き、貴様は!!」
そう(思念波で)叫んだ直後に、全身に激痛が走り、悶え苦しむ。
「体中の骨が折れ、一部が内臓を傷つけている。あと、右腕と右足の骨も折れているから、立ち上がることも難しいだろう」
自分でやっておきながら、全く悪びれた様子もなくガルドがそう言う。
「何故、我の命を奪わない?」
「俺の目的は、この地でトレーニングをして、ついでに精霊力を守ることだ」
「そっちがついでなのか……」
「この程度で勝ったと思うなよ、と言いたそうだな?」
「いえ、すいません。私の負けです」
ドラゴンほどではないが、マグマバジリスクもかなり寿命が長い。
そして彼の記憶によれば、気を失うほど痛めつけられたのは、生まれて初めてだった。
「では、この地を去れ」
そうすれば、炎の精霊力も修復され、地脈も元の状態に戻るはずだ。
「……魔王の命により、この地の精霊力を破壊するのが我の役目……」
「なるほど、まだ負けていないと言うのだな。その使命を果たすため、まだ戦うか?」
ガルドがそう言いつつ身構えると、
「いいえ、滅相もない」
マグマバジリスクが慌てて首を左右に振った。
「ただ、使命を果たせなければ、我は魔王様の元に戻ることはできません」
「つまり、勝つまで俺に何度でも挑んでくるというわけだな?」
「そんなことは微塵も考えていません」
どうやらガルドの拳はたった一撃で、マグマバジリスクのプライドを含めた戦意を完全に粉砕してしまったようだ。
「では、身体を鍛えろ」
「へっ?」
「貴様の敗因は、炎の精霊力に絶対の自信を持ちすぎていたことだ」
だから、それが通用しなかったガルドに対して、完敗してしまったのだ。
「貴様も魔獣なら、自分の筋肉で勝負をしろ」
「……」
何を言っているんだ、このマッチョエルフは? とマグマバジリスクが首を傾げる。
「暗黒竜も今は筋トレに打ち込んでいるぞ」
「ヴァルドラゴンが?!」
魔王の三つの下僕達の長は、あの暗黒竜だった。
「うむ、あいつはなかなか筋が良い」
「わ、分かりました」
そこまで言われたら、嫌も応もない。
こうして炎ワーム・マグマバジリスクも、魔王軍から離脱をしたのだった。




