(9)見たことのない場所
シェスタは寝台の中で目を覚ました。黒いレースのような天蓋がかかっている。
(こんなもの、神殿にあったっけ……)
半分寝ぼけたままのシェスタは、ぼんやりとそれを眺めていた。いつもだったら硬すぎて身体が痛くなってしまうのに、今日は床が優しく自分の体を受け止めてくれている。「鈴蘭の部屋」の寝台よりも心地が良い。
もう一度目を閉じかけたシェスタの脳裏に、黒い焼きごてを持った神官長の姿がよぎった。身体が恐怖ですくみ、涙で風景がにじんだ。
その時、記憶が蘇ってきた。
(そうだ。私、あれで喉を焼かれて……)
喉を恐る恐る触ってみるが、痛みもなく、いつも通りの肌の感触しか返ってこない。あれは夢だったのかと思ってしまうほどだ。
痛みで気を失ったところまでは覚えている。その後、おそらく自分はどこかに連れてこられたのだ。すべすべの寝具は見るからに高級そうだ。それなりの待遇をされているように、シェスタは感じた。
シェスタはゆっくりと体を起こした。神殿は白い壁だったが、ここは石そのままの灰色の壁が広がっている。部屋の隅には今の季節には必要のない暖炉もある。火は入っていない。床には毛の長い絨毯が敷いてあり、離れたところには応接セットがあった。神官長の部屋にシェスタは行ったことがあった。その時も調度品が高そうだと思ったが、ここはそれよりも高級感がある。
(どこ?ここ……)
自分の着ている服は、前のままだ。シェスタは恐る恐る寝台から降りた。降りた場所には柔らかそうな履き物が置いてあった。それを履き、ぐるりと部屋を一回りしてみる。この部屋にいるのはシェスタ一人だ。小さな窓があったので、背伸びをしながら外をそっと覗いてみた。
(高い……!)
眼下には、茶色い大地が広がっていた。遠くに見えるのは、上に雪を被っている尖った山々だ。空を何かが飛んでいる。あれは大きな鳥だろうか。こんな景色は見たことがない。
シェスタがじっと景色を眺めていると、後ろで扉が開かれる音がした。
びくりとしたシェスタは思わず窓のそばにあるカーテンに隠れてしまった。そっと顔だけを出して様子をうかがう。扉はこちらに向けて開かれているので、姿はまだ見えない。
「お嬢様?」
少し太めだが、女性の声のようだ。自分が寝台にいないことに気付いたのだろう。入ってきた相手は扉を閉めた。その姿を見て、シェスタは思わず
「ヒッ」
と小さな声をあげてしまった。あれはなんだ。人間ではない。自分の二倍ほどある身長、どんと大きい頭は鼻から下がとんがっており、頭の横にはとんがったものが生えている。
自分の小さな声がどうやら相手に聞こえたらしい。それはシェスタの方を向いた。顔の大きさからすると小さな黒い目がシェスタを捉え、こちらに向かってくる。
(え……。声、でた?)
一瞬そのことが頭をよぎるが、それどころではない。自分はあの人間ではないものに、何かされてしまうのか。背中にあるのは壁で、逃げる場所も見つからない。
「気づかれましたか?お嬢様。お加減は……」
相手の言った言葉も全く耳に入っていなかった。
(いや、こないで)
今までは心の中の声だったものが、口から言葉として溢れてくる。
「い……や。こ……で。い…や!」
話したことのない舌はうまく動かない。言える言葉はまだ「いや」だけだ。それでも、その言葉にシェスタはすがった。
「いやあ!」
放たれた言葉と共に、シェスタの体から何かが出て、それは自分に近づこうとした相手を思い切り吹き飛ばした。石の壁に穴が空き、さらに遠くを先ほどの相手が飛んでいく。
「ええええええええ」
驚いたような声は少しずつ小さくなって消えていった。へなへなとシェスタはその場に崩れるように座り込んだ。
「なんだなんだ!」
「敵襲か?」
慌てたような声が複数近づいてくる。シェスタはさらに恐怖に襲われた。この状況を見られたら、自分が攻撃されてしまう。
(どうしようどうしよう。)
キョロキョロと周りを見るが、どこに行けばいいのか分からない。入り口から出るのは難しい。隠れるしかない。
シェスタは寝台の下に潜り込んで、丸くなった。
(お願い、気づかないで)
心臓の音がひどく大きく聞こえてしまう。シェスタは必死で息を整えながら目を瞑った。扉が開き、ドタドタと入ってくる音がする。すぐに壁の穴に気づいたらしい。
「なんだ?この穴は。」
「誰かがここから落ちたようですね。」
ガラガラっと石が落ちる音。また崩れたのだろうか。
「え。ひょっとして……。」
少し焦ったような声。
「ええ。その可能性もあります。探しにいきましょう。」
慌てたように足音が消えていくのをシェスタはじっと聞いていた。
音がしなくなったのを確認して、シェスタは部屋をそっと出た。
石の壁が続く通路をどちらに進めばいいのか全く分からない。あてもなくシェスタはフラフラと歩き始めた。階段をいくつも降り、誰かが歩いてくる音がした時は、さっと隠れた。それを何度か繰り返したころ、隠れた場所の奥に扉があった。そっと開けると、そこは小さな部屋になっていた。家具も何もないその部屋は、神殿で押し込められていた倉庫の部屋に似ていて、シェスタは思わずそこに入って横になる。ここで眠ったら、また神殿に戻るのではないだろうか。神殿の暮らしに戻りたい訳じゃない。ただ、自分の知らない場所がひたすら続くのが辛かった。
シェスタは静かに目を瞑った。
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