(10)ニルダの説得
「……ここですね。」
ニルダはシェスタの眠る小さな部屋の前に立った。
ニルダの本体は、魔王城である。魔王城自体は何度も壊されては建て直されているが、それでもニルダはずっと居続けている。城の奥深くに隠されている核を壊されない限り、ニルダは死なない。
レギウス様が戻って、今日もシェスタによって壁が壊されたが、ニルダにとってはちょっと打たれたかな、という感覚である。
しかし、シェスタが行方不明なのは困る。レギウス様の怒りを買うのはわかっていたからだ。
ニルダは城全体に意識を飛ばして探った。彼女の姿はなぜか見つからない。それならばとおかしな場所はないかと探してみると、この部屋に行きついたのだ。
「お嬢様は大丈夫ですかね?」
先程シェスタに吹っ飛ばされたミノタウロス族の女が尋ねてくる。吹き飛ばされた時は、かなりびっくりはしたが、あの程度では大した怪我にもならない。少し服が汚れてしまったが、洗えばいいだけである。
「魔族を見た事がなかったのだろう。人族はみんな同じ顔形だからな。」
魔王様が戻ってこられた時に、彼女は眠っていた。ここがどこだかも分かっていない可能性がある。
「ますは敵意がないことを知らせたいのだが……。」
この部屋には現在結界が中からはられていて、二ルダ達は扉を開けることも出来ないのだ。
そこに、調理担当の人狼がやってきた。手にはお盆を持っている。お盆の上には、スープとパンがのせられていた。
「お客様の料理を作ったんだが、どうすればいい?」
「おお、ちょうどいいところに!この扉の前に置いてくれないか。」
お盆を床に置くと、扉の方へと風を送る。スープの匂いで出てきてはくれないだろうか。
部屋の奥で、物音がした。気づいてくれたらしい。
「お前らは隠れていなさい。その姿じゃまたお嬢様が驚いてしまうでしょうから。」
「わかったよ……。」
渋々と言った様子で、二人は廊下の角まで行った。見えないようにしながらもそこでこっちの様子を伺っている。ニルダは人間に見えるように、自分の姿を整えた。
ぎいっと扉が開くと、シェスタが出てきた。ニルダの姿を見るとギョッとしたように後ずさる。
「私はこの城の執事、ニルダと申します。お嬢様のお世話を申しつけられております。何も致しませんので、まずはご安心くださいませ。」
何もしないことを表すように白い手袋をした両手を上げた。白い旗でも持ってきた方がよかっただろうか。
「こ……こ……は……。」
シェスタの口からはたどたどしい言葉が漏れる。ずっと話をしていなかったような喋り方だ。おそらく「ここはどこだ」と聞きたいのだろう。
返事をしようとした途端、シェスタのお腹がぐうと鳴る。思わず顔を赤くする少女に、ニルダは微笑んだ。
「お話の前に、まずは少しでもお食べください。」
シェスタはこくりと頷くと、一礼し、スープの皿を取り上げた。スプーンでひと匙そうっと掬って、口に入れる。粗末に見えるが、魔王領では野菜自体が貴重品だ。気にいってもらえたらいいのだが。シェスタの顔がほっと優しい顔になる。ニルダは黙って見守ることにした。
シェスタはマナーを躾けられているのか、速くなりがちな匙の動きを上品に見えるよう気をつけながら、スープを飲んでいった。途中でパンを手に取る。思ったよりも柔らかい感触に、驚いたのか、少女の目が丸くなった。
「柔らかくて驚きましたか?」
ニルダの言葉に、シェスタはこくこくと頷いた。
「あるものを入れると柔らかくなるのです。お試しくださいませ。」
ある魔物の一部を入れているのだが、今それを話したら食べてもらえなくなる可能性がある。シェスタはごくりと唾を飲むと、パンをちぎって口に入れた。しばらくもぐもぐと食べていると、顔が綻んだ。
「お気に召していただいたようでよかったです。」
全て食べ終えると、シェスタはほうっとため息をついた。その後ニルダを見て一礼する。どうやらお礼の言葉の代わりらしい。
「失礼ですが、お嬢様はその、口が……。」
ニルダの言わんとしたことがわかったのか、シェスタはこくんと頷いて、喉を押さえた。
「す……こ……で……。」
「少し、話せるようになったのですね?」
こくこく。
今まで話せていなかったから、舌がうまく使えないのだろう。
「字は読めますか?」
話せない場合、筆談という方法もある。字が読めれば、の話だが。
シェスタは首を横に振った。では、この少女は今まで自分のことを表現する方法が身振りしかなかったのか。
ニルダはマナー違反だとは思ったが、床に膝をついて座り、シェスタと同じ目線になった。なるべく怖がらせてはいけない。
「お嬢様。先ほども申し上げましたが、私どもはお嬢様に危害を与える気はございません。今から話すことに驚かれるとは思いますが、そこはお約束させてくださいませ。」
シェスタはニルダの顔をじっと見て、頷いた。
「ではまず、先ほどの質問からお答えさせてください。ここは、お嬢様が住んでいらした国ではありません。魔王様が統治されておられる、魔族の国でございます。魔王様が、お嬢様を連れて帰られ、世話を命じられました。」
シェスタの目が恐怖に見開かれる。人間たちにとっては、魔族は恐怖の存在だ。
「魔族には私のように人に近い姿のものもいれば、獣の姿に似ているもの、翼の生えているもの、角の生えているもの…。様々な形の者がおります。この城にいるものは、全て魔王様に忠誠を誓っております。お嬢様に危害を加えれば、私たちが罰せられます。安心してこの城に滞在くださいませ。」
「あ……あ……。」
きっと聞きたいことがたくさんあるのだろう。少女は必死で口を開くが、うまく言葉にならない。代わりにポロポロと涙が溢れてきた。
「ニルダ!女の子を泣かせてどうすんだい!」
遠くからそっと見ていたミノタウロス族の女が出てくる。少女は彼女を見て慌てて後ずさった。それを見て女はぴたりと足を止めた。
「あ……ごめんよ。私が怖いんだよね。近づかないようにするから。ニルダ。もう少し怖くない魔族を探してきちゃくれないか?」
「そうですね。小型のコボルトを探してきましょうか。」
ミノタウロスの女が少女に背を向けて、離れていこうとした時だった。シェスタが立ち上がり、女の服を掴む。女は驚いて振り返った。
「さ……ご…め……い。」
「『さっきはごめんなさい』でしょうか。」
ニルダが通訳をするとシェスタはこくこくと頷く。吹き飛ばしたことを謝っているのだろう。それが分かって、ミノタウロスの女も寂しげに微笑む。
「いいんですよ。あのくらいじゃ怪我もしません。私の顔が怖いのはわかっていますからね。だから迷宮に閉じ込められちまうんです。表に出たのが間違いなんです。」
シェスタはイヤイヤをするように首を横に振って、ぎゅっと女の服を掴んだ。
「どうやらいてほしいようですよ。」
こくこくこく。
「いいんですかい?お嬢様。」
確かめるように女が尋ねると、シェスタはさらに首を縦に振った。女は嬉しそうに顔を緩めると、シェスタに向き直った。巨体をかがめてシェスタの顔を見る。
「ありがとうございます。私はアステリアと言います。精一杯お世話をさせていただきますね。まずは、お部屋に戻りましょう。」
そういうと、少女はしゅんとした顔になった。壊してしまった壁を気にしているようだ。
「先ほどの壁はもう修復が済んでおります。お気になさらぬように。」
ニルダがちょっと魔法を使えば、すぐに壁など戻るのだ。
少女はアステリアと手を繋ぐと、自分の部屋へと戻っていった。
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