(7)魔王レギウス
魔王視点になります。
魔王レギウスは、ふと目を覚ました。自分を閉じ込めていた結界が緩んでいるのだ。かれこれ十年以上は閉じ込められていた訳だが、魔王にとっては、一晩眠ったくらいの感覚である。魔王は長命だった。ただ、これまで会った中で自分を封じ込められたのは、今の鈴蘭の聖女だけである。素晴らしい魔力である。是非会いたい。なんなら嫁に貰ってやってもいい。
結界に意識を向けると、綻びを見つけた。そこに持っている魔力をぶつけ、さらに穴を大きくする。穴の外には誰かの寝台と、ゴロンと寝転がったうさぎのぬいぐるみがあった。レギウスはそのうさぎを見つめた。
「あれにするか。」
言うなりレギウスは自分の身体をうさぎへと憑依させる。ここが神殿なのは分かっていた。自分が魔王であることはもうしばらく隠しておきたい。
(さて。少し様子を見るとするか。)
急に封印が解けたのには何か理由があるはずだ。レギウスはうさぎのぬいぐるみのまま歩き出したが、そもそもぬいぐるみは歩くのには向いていない。足をついた場所から擦り切れ、中身が出てしまう。
(ええい、めんどくさい!)
レギウスはぬいぐるみを強化し、うさぎにしか見えないよう改造した。動きやすくなったことに満足すると、跳ねるようにして神殿の建物からとびだした。
外は春のようだ。あたたかく、緑の草が生い茂り、花も咲いている。荒地ばかりの魔族の国とは大違いだ。レギウスは神殿の裏庭の隅に穴を掘るとそこに身を隠した。
裏庭に来るのは庭師か洗濯をする少女だけのようで、隠れるのは簡単だった。洗濯をする少女は、長い茶色の髪を後ろで一つに束ね、ボロボロのかつては白かった服を着ていた。太い銀の首輪だけが分不相応に光っている。ただ、洗濯をする少女を見ると、レギウスは奇妙な感覚に囚われた。彼女の気配を、自分はよく知っている気がする。
少女はシェスタという名前のようだ。彼女が洗濯をしていると、
「シェスタ!これも洗濯だよ!」
そう言って、洗濯物を投げつける女がいたからだ。彼女は黙って投げつけられた洗濯物を拾い上げると、洗濯の山に追加をした。水の中に手をつけると、痛そうに顔を顰めて手を見た。よく見れば、血が出ている。
(痛いのなら痛いと言えばいいものを)
洗濯物の影に隠れて、シェスタが洗濯物を黙々と片付けている様子をレギウスはじっと見ていた。やがてシェスタは周りをキョロキョロと見渡すと、自分の服を脱ぎ始めたので、レギウスはギョッとした。
(こんなところで何をする気だ?)
シェスタはそのまま自分の服も洗いはじめた。服が一枚しかないのかもしれない。かなり厳しい状況に置かれているようだ。どうするのだろうと眺めていると、自分の服を干し、洗濯物の間にうずくまった。そのままシェスタの姿がぼんやりとしか視認できなくなったことにレギウスは驚いた。
(姿隠しの結果か?かなりの力の持ち主だ。まさか『鈴蘭の聖女』か……?いや、『鈴蘭の聖女』が使用人のような仕事をする訳がないな)
そんな毎日が続いた。しばらく彼女を観察していると、どうやら気づかれてしまったようで、ちらちらと視線を感じ始めた。どうせ気づかれたのならいいだろうと姿を現すと、嬉しそうに近づいてくる。
(私の擬態に気づかないとは、神殿のものも大したことはないな)
やがてシェスタは草の上に何やら置くようになった。レギウスに食べてほしいらしい。匂いを嗅ぐとパンとスープの匂いがした。
(いやまず、自分が食べるべきじゃないか?)
レギウスから見ても、シェスタはやせ細っている。うさぎがしゃべる訳にはいかないので、離れることで食べないことを伝えるとがっかりした顔をされた。
次の日からは、生野菜を持ってくるようになった。どう見ても野菜の切れ端である。期待をこめてじっと見つめてくる視線にレギウスは負けた。仕方なく口に入れるが、思っていたよりも美味しい。
(なんと。人間の作る野菜はこれほど美味しいのか。特にこのオレンジ色の野菜は歯ごたえも素晴らしい。魔族の国でも作れないものか……)
食べながらそんなことを考えていると、ふいに自分に触れる感覚があった。思わずびくりとすると、その感覚は離れた。どうやらシェスタが触ってきたらしい。
(ふむ。今の私は可愛いからな。触りたくなっても仕方がない)
やがておずおずとまた触れてきた手は、やがて大胆になり、魔王の身体中を撫で回しはじめた。その気持ちよさに思わず野菜が口から落ちかけ、はっとする。
(危ない。この手の虜になってしまうところだった。)
食べ終えたレギウスが素早く離れると、シェスタは名残惜しそうにこっちを見ていた。
レギウスはシェスタ以外の人間も観察をしていた。一番奥、自分が封印されていた部屋を占領しているあの女は、『鈴蘭の聖女』ではないとすぐに分かった。あんな少しの魔力では、大したことはできないだろうに、威張りくさっている。魔族の国にいたらあっという間にやられるだろう。魔族は実力主義なのだ。
神官長っぽい男が奥の部屋に入っていくので耳をすますと、どうやら『鈴蘭の聖女』の話をしている。いなかったことにしたいらしい。
(この結界ももうすぐなくなる。そうしたら国に帰るとしよう。)
レギウスはほくそえんだ。
最近のシェスタは大胆で、レギウスをぎゅっと抱きしめて離さない。ついでに頬もすりすりと擦り付けてくる。熱烈な愛情表現に、思わずレギウスが照れてしまうほどだ。
そのとき何人かが近づいてくる足音が聞こえた。うさぎなので耳が鋭いのだ。レギウスが身を隠すと、男たちが現れ、シェスタをどこかへと連れて行った。
(何をするつもりだ?)
シェスタが奥の部屋に連れて行かれたのを確認し、耳をそばだてる。
(魔族と通じた聖女?)
レギウスはそれにおぼえがあった。何代か前の聖女だ。
「魔族の国が荒れ果ててるのを復興すれば、争いは止められるんじゃないかしら。」
そう言ってこちらの国のものを送ってくれようとしたのだ。しかし、それを咎められ、聖女を辞めさせられたと聞いた。
(しかし、まだシェスタは何もしていないが)
そのうち暴れる音、肉が焼けるような匂いがしてきた。その途端、魔王の身体に力がみなぎってくる。全ての封印が解けるのだ。溢れた力を放出すると、脆くなっていた結界はガラスのようにバラバラに砕け散った。
(それよりもシェスタだ!何をされた!)
魔王が部屋に飛び込むと、そこには喉に四角い焼印をされたシェスタが横たわっていた。意識はない。魔王の中に怒りが湧き上がる。
(愚かな……)
どうやら人間達は国を滅ぼされたいようだ。それなら望み通りにしてやる方がいい。魔王はシェスタを抱き上げる。やせ細った身体は軽すぎて、壊してしまいそうだ。
自分達が行ったことを理解した神官長は青い顔をしているが、今更遅い。
レギウスはパチリと指を鳴らし、魔王城へと転移した。
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