(49)心の結界
あと5話くらいで完結……の予定です(汗)
シェスタは話を止めると、ゆっくりとシチューをすくって口に入れる。微かに口元が綻び、美味しいと思っているのが伝わってきた。
それを見て、ザックたちももう一度シチューを味わう。ホロネリアではよく食べられる料理だ。
「神殿では肉の入っていないシチューでしたけれど、やはり肉が入っている方が特に美味しく感じられます。」
ミューがしみじみと言う。
「皆様は戦いながら何を食べていらしたのですか?」
シェスタが無邪気に尋ねるが、あまり思い出したくもないことだった。
スリナーがぶっきらぼうに言う。
「最初は携帯食料でしたが、そのうちなくなりましてね。でも不思議なことに、城のあちこちに少しだけ食料が置いてあるんですよ。一人分とか。それを分け合って食べましたよ。」
スリナーの視線は魔王に向いていた。魔王はシチューを無表情で食べてから口を開く。
「そんなに簡単に死なれたら面白くないからな。ついでに食料を巡って争ってくれても良かったんだが。」
じわじわと苦しめるつもりだったのだろうか。それでもザックたちは生き延びられたのだから、詰めが甘いとも言える。
「お礼を言えばいいんですかね。」
スリナーは思うところがあるのか、魔王を睨みつけている。
「お礼などいらん。むしろこっちがお礼を言いたいところだ。人間でも魔物の肉が食べられることが分かったのだからな。」
カチャンとスプーンが落ちる音がした。アイズだ。
「なんでそれを知っている?」
「私が作った城だ。私が知らないわけがなかろう。」
「魔王様。言い方が悪いです。」
シェスタが言うと、魔王は押し黙ってまたシチューを食べる作業に戻った。シェスタがとりなすように言う。
「ごめんなさい。魔物を食べたのはきっと嫌な思い出だったのですね。」
「ああ。もう自分は人間じゃなくなったのだと思った。」
ザックは初めて魔物を食べた時のことを思い出す。
あまりの飢えに、魔物を倒した後、思ってしまったのだ。
これを食べられたら、と。
「それを食べるの……?」
アイズの戸惑う声も聞こえたが、ザックは無視をした。食べなければそのうち同士討ちをしたくなる。その前になんとかしたかった。
獣の解体は今までにもやったことがあった。同じように解体し、火を熾して焼いた。肉の焼ける暴力的な匂いが鼻から入り、思わず唾を飲み込む。
初めて食べた魔物の肉は、ひどく美味しく、そして涙の味がした。
それからは時折、魔物の肉を食べた。時々ひどくまずい時もあったし、毒でのたうち回ったこともあった。ミューがいなければ、死んでいただろう。そのうち、美味しい魔物だけを選んで倒し、食べるようになった。
最初は躊躇っていたアイズもミューも、普通に食べるようになった。
このことは四人だけの秘密。墓場まで持って行こうと決めていたのに。
暗い顔をしている四人を見て、シェスタは困った顔をする。
「そんなに魔物の肉を食べるのはいけないことなのですか?」
神殿暮らしの長いミューは、肉を食べないという戒律があっただろうから、二重に辛かっただろうが。
「え、だって魔物は人間に害をなすんだよ?家畜じゃない。」
アイズの答えに、シェスタはますます困った顔をする。
「家畜でない肉も食べますよね?」
確かに、熊や猪も倒した後は食べている。
「いや、しかし……。」
スリナーが反論しようとしたが、言葉が出てこない。
人型であればためらうだろうが、獣の形であれば、そう変わりはない。そう思ったからこそ、ザックは食べようと思ったのだ。
「ちなみにこのシチューにも魔物の肉が入っています。これは、私の好物なんです。」
そういうと、美味しそうにシェスタはシチューを口に運んだ。
やがて皿を空にすると、満足そうに口を拭った。
ザックはシチューの皿を凝視する。これほど美味しいシチューをザックは食べたことがなかった。これが魔物の肉のせいなのか、料理人の腕のせいなのかは分からない。
魔物の肉を食べてはいけない、と思うのは、ザックの心の中に結界があるからだ。シェスタという少女はおそらくその結界を越えたのだろう。
そして、美味しそうな匂いは、その結界を破壊しろとザックの心に囁いてくるのだ。
「くそっ。」
ザックはスプーンを持ち直すと、シチューを口に入れた。やはり美味い。マナーも忘れ、かき込むようにシチューを全部飲み込んだ。
「……美味いな。」
「はい。」
シェスタがにっこりと笑う。他の三人もスプーンを手に取り、シチューを黙々と食べた。
「全部美味かった……。」
負けたように呟くのはスリナーだ。食後のお茶は果物の香りのするお茶だ。ほんのり甘くて心を落ち着かせてくれる。
「フルーツ入りのサラダも美味しかった。それに何?あの肉の塊は。」
大きな魔物の肉が運ばれてきて、少しずつ切り分けられた。それを食べた時の衝撃をアイズは忘れられない。肉の焼き方一つであんなにも美味しくなるとは。
「私は食後のフルーツが良かったです……。また食べたい。」
うっとりとしているのはミューだ。
「お気に召していただいたようで良かったです。フルーツもまだたくさんありますから、明日の朝食にお出ししますよ。」
「今日はここに泊まるってことか?」
ザックの問いに魔王が頷く。
「これはあの城を攻略した褒美だと思えばいい。お前たちはよくやった。」
「魔王に褒められてもなあ……。」
スリナーが思わず机の上に突っ伏した。
「シェスタ様。先ほどの話の続きを伺っても良いですか?」
ミューが居住まいを正して言う。
「もちろんです。その後、皆様がどうしたいのかを決めてください。あ、魔王様を倒すのはダメですよ。私が止めますから。」
シェスタが大真面目に言った。
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