(42)晩餐会
床が木の板でできている城の中を、シェスタはレギウスと歩いていた。城とは言うが、壁はあまりなく、ふとい柱があちこちに立っているだけで、その間は薄布で仕切られている。湖の上を渡る風がその薄布をゆらし、涼しい風を通す仕組みになっているようだ。あちこちに置かれている明かりは、篝火ではなさそうだ。
「魔王様、あの明かりはどうなっているのですか?」
「あれは魔道具だな。魔石の力で光らせているのだろう。」
「そんな魔道具もあるのですね……。」
見た事のない物が多く、思わずあちこちに視線を向けたくなるが、シェスタは必死でそれを堪えた。一応国賓なのだ。みっともないことをすればレギウスの顔に泥を塗ることになる。
ある地点でレギウスは立ち止まった。布で仕切られた向こうにはたくさんの人がざわめいているのが分かる。シェスタは思わずぎゅっとレギウスの腕を握った。大丈夫だというようにレギウスがその手を叩いてくれた。
「魔王レギウス様、シェスタ様。ご入場にございます。」
呼び声とともにするすると薄布が避けられる。レギウスに合わせてお辞儀をしたシェスタが見たのは、床に座って談笑するバルドと女性達、それから竜族ではない、他の種族の男達だ。男達の視線が絡みついてくるように感じる。
レギウス達が案内されたのは、バルド達の対面だ。床には柔らかい布がひかれている。どうやらその布に座るらしい。恐る恐る床に座ったシェスタは、バルドと顔を合わせる形になった。バルドはシェスタを見て目を見開く。
「これは美しい。ピカールの正装が良くお似合いだ。できるものなら傍で愛でたいものだな。」
「まあ。私達の前で他の女性を褒めたらどうなるか、分かってらっしゃらないのかしら。」
バルドの隣にいる女性が、バルドをつねる。ホロネリアでは見られない光景だ。
「許せよ。そもそもそんな事をしたら、レギウスが何をするか分からん。見ろ、あの顔を。」
レギウスの顔を見て女性達がコロコロと笑う。
「眉間の皺がすごいですわね。こんなところに彼女を連れてくるのすら嫌だったのではないかしら。」
「あの皺の深さが愛情ですわね。」
シェスタが思わずレギウスの顔を見上げると、レギウスはそっぽを向いた。それを見て更に女達は笑う。それを見ていたバルドはしばらくニヤニヤとしていたが、頃合いを見て一つ手を打った。
「客人を揶揄うのはそのくらいにして、はじめようではないか。」
その一言で皿を持った使用人たちが、ぞろぞろと入ってきた。一人一皿ずつをもち、各人の前にそれを置くと、一礼をし、黙って下がっていく。シェスタの前にも気づくと複数の皿が置かれていた。皿の上には見たこともない食べ物が置かれている。
その間に、バルドの周りにいた女性達が、グラスに飲み物を注いで回った。レギウスには酒が注がれていた。シェスタには果実水だ。
バルドがグラスを高々と上げる。
「今日の出会いと明日の幸福を願って。乾杯!」
その一言で、全員がグラスを高々と上げた。シェスタも慌ててそれにならう。グラスの飲み物を一口飲めば、宴会の始まりだ。
しかし、レギウスのところには様々な種族が入れ替わり立ち替わり、挨拶に来た。竜族がこの国の代表なのは今年だけ。自分が代表になった時のことを考えればそれも仕方のないことだ。
とはいえ話すのはレギウスで、シェスタは隣で笑顔のまま黙って聴いているだけだ。流石に頬が引き攣るんじゃないかと思ったところで、挨拶の列は途切れた。ふうっと安堵のため息をつくシェスタを見て、バルドが笑う。
「これくらいで疲れていては、魔王の嫁など務まらんぞ。」
「よ、嫁?」
ギョッとするシェスタを見て、バルドは不思議そうに首を傾げる。
「違うのか?違うなら俺がもらってやるぞ。」
違うも何も、そういうことを言われたことはない。いつも自分のやりたいことをやればいいと、シェスタの背中を押してはくれるけれど。
「お前にやる気はない。」
むっつりとレギウスは答えると、皿の食べ物を手に取った。色とりどりの丸められた食べ物。シェスタも食べたいとは思ったが、どう食べればいいのか見当もつかない。カトラリーがないのだ。
じっとレギウスの手元を見ていたのを気付かれたのか、レギウスがああ、といった様子で皿の上の食べ物を手に取る。
「ほら。このまま口に入れれば良いのだ。」
シェスタの口に放り込まれたそれを思わず一口噛むと、柔らかな噛み心地の中から、じゅわりとベリーのような味が湧き出してきた。
「うまいか?」
レギウスの言葉に頷きながら、シェスタはゆっくりとそれを咀嚼する。
「これは一つ一つ味が違うのだ。今度はこっちを食べてみるといい。」
次に出されたものを食べてみると、辛い味が浸み出してくる。その辛さに慌ててシェスタはグラスを慌てて取って、飲み干した。辛さがおさまり、ふうっと落ち着いて周りを見回すと、バルドがニヤニヤと笑っている。周りの女性達も温かい眼差しでシェスタを見ている。
「いやいや、そんなに仲がいいとはな。あてられてしまうぞ。」
そういえば、流れでなぜか食べさせてもらっていた。シェスタはそのことに気づき、顔が赤くなる。
「気にするな。ほら。」
レギウスがまた食べ物を自分の目の前に差し出してきたが、シェスタは自分の皿を手に取った。
「自分で食べられますから大丈夫です!」
そのあと食べたものの味は、よく分からなかった。
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