(4)黒いうさぎ
本日4本目。とりあえず今日はここまでにします。シリアス回はあと数回……
いつものようにシェスタが洗濯をしていると、何やら動く影が見えた。
(誰かいる?)
シェスタは慌てて洗濯物の間に隠れた。そのままじっと見ていると、ひょこりと黒くて長い耳が見えた。
(まさか……!)
自分の宝物だったうさぎのぬいぐるみそっくりだ。でも動いているからきっと違う。
そのまま息を潜めてじっと見つめていると、うさぎは顔を覗かせた。後ろ足で立ち上がり、匂いを嗅ぐように、鼻をヒクヒクとさせている。
(か、かわいい……!)
神殿内で動物を見たことがなかったシェスタは、一目で可愛さの虜になってしまった。思わず近寄ろうと踏み出すと、足元で草ががさり、と音を立てた。うさぎはビクッとして、そのままどこかへぴょんぴょんと逃げていってしまった。
(また来てくれるかなあ)
それからシェスタは、洗濯の時間にうさぎを見つけるのがささやかな楽しみになった。うさぎはシェスタが洗濯をしていると、決まって現れる。近づこうとしたり、物音を立てたりすると逃げてしまうことが分かったので、チラチラと視線を送るものの、近寄ったりはしなかった。そのうち、うさぎも慣れてきたのか、シェスタが洗濯物を干しても逃げなくなった。
(もっと近づくには……そうだ、ご飯!)
神殿で生き物は飼えないはずだ。ただ、うさぎが何を食べるのか、シェスタは知らなかった。誰かに聞いても教えてはもらえないだろう。自分の食べ物から、パンやスープに入っていた屑野菜を少し取っておいて、少し離れた草の上に置いてみた。うさぎは少しずつ近寄ると、鼻をひくひくさせて野菜やパンの匂いを嗅いでいたが、食べようとはしない。
(うーん。生の方がいいのかな?)
シェスタは朝食の後調理場に行ってみたけれど、忙しそうに働いている人たちに話しかけることはできない。とぼとぼと裏手に回ると、カゴの中に野菜の切れ端が入っているのを見つけた。ゴミを捨ててあるようだ。
(これなら、食べてくれるかなあ)
いくつか取って、シェスタはポケットにしまった。その後いつものように洗濯物を集めて、裏庭へと向かった。ポケットから野菜の切れ端を出すと草の上に置き、洗濯を始めた。ちらちらと野菜の方を見ていると、やがてうさぎが現れた。
(来た!お願い。食べて……)
うさぎはくんくんと匂いを嗅いで、しばらく考えていたが、やがて前歯でかじりついた。
(食べてくれた……!)
それから毎日、シェスタは調理場の裏手から野菜の切れ端を持ってくると、うさぎにあげた。シェスタを食べ物をくれる人、と認識したのか、それ以来うさぎはシェスタを見ると近寄ってくるようになった。座って近くに野菜を置いても寄ってきて、全部食べてくれる。その様子を見ていると、シェスタにさらに新しい願いが生まれた。
(さ、触りたい……)
うさぎが野菜を食べている間に、そっと手を伸ばす。触れた途端うさぎはビクッとしたので、慌てて手を引っ込めた。しかし、うさぎは逃げずにまた野菜を食べ始めた。もう一度手を伸ばして触れるが、今度は反応しなかった。ふわふわした毛はぬいぐるみよりも触り心地が良くて、つい何度も撫でてしまう。顔を寄せると、お日様の匂いがした。でも、うさぎは食べ終わると、さっさと遠くに行ってしまった。
(また明日も触らせてね……)
シェスタはそれを名残惜しそうに眺めていた。
その頃、王宮から神官長宛に手紙が届いた。
神官長スールは自分の部屋で必死に神殿長としての仕事をこなしているところだった。スールは伯爵の領地にあった神殿の神官だったのだが、急に王都に呼び出されたのだ。
伯爵の隣には、クラリスがいた。不貞腐れたように横を向いている。
「お前には、王都の神殿で神官長になってもらう。クラリスがはめを外しすぎないように見張っていてほしい。」
そう言われて渡されたのは、ずしりと重い、金貨の袋だった。金と地位、どちらも手に入るのだ。スールに断る理由は何もなかった。
クラリス伯爵令嬢は奔放な人だった。恋人を次から次へと作り、高いドレスを金に糸目をつけずに買い続ける。それを制限されると、部屋中の家具を放り投げて怒るのだ。扱いに困った伯爵が、治癒魔法が使えることに目をつけて、神殿に送り込んだ。せめて人目のないところにいてくれということのようだ。
クラリスは「鈴蘭の部屋」を手に入れ、中を自分好みに改装して、一応満足したようだった。昔の恋人たちに手紙を出して、聖女として神殿で治癒をしていると伝えたようて、少しずつクラリスの治療に予約が入っていた。神殿から出ずにいるのであれば、スールも何もいう事はない。
「鈴蘭の聖女」を部屋から出してしまったことに後ろめたさはあるが、誰も何も言わないところを見ると、問題はないのだ、と自分を納得させていた。
手紙を読んでいるスールの顔色がみるみるうちに青くなる。そこにはレオン王太子が二日後に神殿を訪れると書いてあった。しかも「鈴蘭の聖女」に会いたいとも。
「今、『鈴蘭の聖女』はどこにいる?」
スールの問いに、神官は答える。
「あの女でしたら、使用人として働いてますよ。床磨きと洗濯をしています。そうそう、最近は調理場の裏手のゴミを漁っているとか。」
「な……。」
スールは絶句した。自分は他の部屋に連れて行けとだけ言ったはずなのだが。彼女が「鈴蘭の聖女」であることを妬む者がそれだけ多かったということか。
「クラリス様に会いに行く。前触れを頼む。」
「かしこまりました。」
神官が出ていったのを見て、グシャリと手紙を握り潰した。王太子の訪問をなんとか乗り越えなければ、自分の神官長としての地位は終わりを告げる。それだけはわかっていた。
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