(39)シェスタのしたいこと
ぐっすり眠ったせいか、船酔いがおさまったシェスタは甲板に出ていた。一人でいいと、アステリアは部屋に残してきた。空は満点の星空だ。シェスタはしばらくぶりの海の匂いを、思い切り吸い込んだ。
甲板の寝椅子で少し星空でも眺めていこう。そう思ったシェスタの足がふと止まった。寝椅子には先客がいた。レギウスだ。
このまま帰ろうか一瞬悩んだが、シェスタはそれを打ち消した。レギウスから逃げないために旅行に来たのに、ここで部屋に帰っては本末転倒だ。
シェスタは足に力を込めて、レギウスに近づいた。
「魔王様。さっきはその、ありがとうございます……。」
思い出すとやはり赤面してしまう。多分自分がギーを呼んだから、一緒にいてくれたのだ。それは分かっているけれども、どうにも落ち着かない気持ちになってしまうのだった。
「船酔いはもういいのか?」
レギウスは星空から視線を動かさない。その代わり隣の寝椅子をポンポンと叩いた。ここに来いと言うことだろう。シェスタは寝椅子に寝転がると、星空を見上げた。
少し迷った末、シェスタは口を開く。
「どうしていいのか分からなくなるんです。ホロネリアで私に優しくしてくれた人はいなかったから。」
ウサギの姿なら、ぬいぐるみのようにギュッとだきしめることもできた。でも流石に中身が魔王だとわかると、恥ずかしくて出来ない。それに、神官たちのように、急に態度が変わらないとも限らない。
魔族の国を居場所と決めたのはシェスタだが、それだって嫌だと思われたらあっという間になくなってしまう。
レギウスは黙っている。
「私はここにいて、いいんでしょうか。」
シェスタの口からポロリと本音がこぼれ落ちた。ついでに目頭が熱くなる。パチパチと瞬きをすると、星空が滲んで白く見える。
「前にも言ったが、シェスタのしたいようにすればいいのだ。いたければいればいいし、どこかに行きたくなったら、行けばいい。」
「何もしていないと不安で……。」
「それならできることを探してみるといい。言っておくが、ニルダはシェスタが来てから書庫は綺麗になるし、野菜は手に入るし、大いに助かったと言っていたぞ。アステリアも侍女の仕事が気に入っているようだ。」
それだけ言うと、レギウスは立ち上がった。
「私も、ギーになるのは嫌ではない。……部屋に戻る。船旅でしか出来ないことを考えておけ。明日はそれをするとアステリアが言っていた。」
黙って立ち去るレギウスを見ずに、シェスタはずっと星空を見上げていた。熱いものが溢れて何も見えなかったけれども。
したいことを考える。それがシェスタの目標になった。
船のあちこちを探検して、船の造りを船長のオルソンの説明してもらった。少し怖かったけど、マストの上にも乗せてもらった。有翼族の船員たちはひょいと飛んでシェスタを連れて行ってくれるのだ。
高いところから見る海は、果てしなく続いていた。雲が流れていくのも見ていて飽きなかった。
調理場にも連れて行ってもらい、簡単な料理もやらせてもらった。自分が作ったものを、レギウスは黙って食べていた。
釣り竿を貸してもらって、魚も釣った。一人で釣り上げるのは難しくて、アステリアに手を貸してもらった。それでも魚をあげる時に二人でひっくり返ってしまったけれど。
そんな日々が三日続き、とうとうシェスタはやりたいことが見つからなくなってしまった。ぼうっと寝椅子に座って海を眺めていると、レギウスが近づいてきた。
「そろそろピカールへ行くぞ。」
「え?」
ひょっとして自分がしたいことが見つからなくなったからか。そう思ったシェスタにアステリアがそっと耳打ちをする。
「魔王様、ゆっくりした旅は苦手なんですよ。そろそろピカールへ行ってあげていただけますか?」
どうやら自分が満足するまで我慢してくれていたようだ。シェスタは魔王を見て、大きく頷いた。
甲板には、船長と船員が集まっていた。
「私はこのまま船でピカールに行きますが、大丈夫ですか?」
シェスタを一人で先に行かせるのが、アステリアは不安そうだ。
「大丈夫よ。魔王様もいるし。自分のことくらい自分でできるわ。」
「陸が近くなったら、荷物と一緒に飛んで連れていきますよ。」
有翼族の船員が安心させるように言ってくれる。短い間だったけれど、船員たちとも仲良くなれた。
「とても楽しかったです。ありがとう。」
シェスタは深々と頭を下げた。
「また気が向いたら、乗ってくださいよ。」
「次は船酔いしないように、気をつけてくださいね。」
船員たちの言葉を聞きながら、レギウスはシェスタの手を握った。
「では、行くぞ。」
一瞬で、周りの景色が変わった。
店が両側に立ち並ぶ大通りを、色鮮やかな服を着た人々が歩いている。
シェスタはそれを見ながらクラリ、とした。まだ地面が揺れている感じがするのだ。
「来たか、レギウス。」
後ろから声がかかる。手を握ったまま後ろを振り向くと、そこには見たことのない服を着た男が、立っていた。
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