(30)レギウスの嫁
「これよりホロネリアへ総攻撃を行う。」
そうレギウスが告げた時の魔族たちの反応はあまり良くなかった。
「え〜、弱い者いじめは嫌いなんだよね。」
「人間はいつまでもしつこいからのう。今回勝ったとて、また仲間を集めてやってくる。帰って寝てる方がマシだ。」
「海の向こうの国との交易に、支障があると困るんですがね……。」
戦いが好きな魔族ならすぐにでも行くだろうと思っていたレギウスは呆気に取られてしまった。ここまでやる気が出ないとは。
「魔王様。ここは戦うメリットを示しませんと。」
ニルダが後ろから囁いてきた。
「今回は人間の方から攻め込んできている。ちょっとばかり怖い目に合わせておかないと、またやってくるだろう。」
正論をぶつけてみたが、それなら行こうじゃないかと言い出す魔族はいない。その様子を見ていたアステリアがキレた。どんと床を踏み鳴らし、威嚇するように荒く鼻息を吐く。
「ああもう、めんどくさいね!ちゃんと言えばいいじゃないか。自分の嫁が攫われたから助けに行く。手伝ってくれって!」
痺れを切らしたアステリアの言葉に、レギウスはギョッとした。自分は一度もシェスタを嫁にするとは言っていない。じゃあなんなのだと聞かれるとそれはそれで困るが。
しかし、その言葉は魔族たちの興味を一気にそそった。
「魔王様が嫁を取るだって?前代未聞だぞ!」
「どんな嫁だ?魔族が攫われたのか?」
「嫁をさらわれてそのままってのは流石にまずいな。それは助けに行かねば。」
「い、いや、嫁では……。」
レギウスの言葉は誰の耳にも入らない。そこでニルダがパンパンと手を叩いた。
「魔王様の嫁は、シェスタという人間の女性です。人間でありながら、魔王様を吹き飛ばすほどの力をお持ちなのです。魔王様はその女性をいたく大切にしております。」
魔族たちは戦慄した。魔王よりも強いなら、それは次の魔王様ではないか。何もしなかった時の報復が怖い。
「それほどお強いなら、ご自分で逃げていらっしゃるのでは。」
魔族の一人が恐る恐る尋ねてくる。
「それは無理だな。コンバーラの邪魔が入る。だからこそ、その力を削ぐためにも、お前たちの協力を頼みたいのだ。」
女神コンバーラはとにかく魔族が嫌いなのだ。長い歴史の中で、コンバーラに会おうとした魔王もいたが、「あんたたちの姿を見るだけで嫌!」と拒絶された。そして自分の縄張りだと言わんばかりに、ホロネリアに結界を張り続けるのだ。それを嫌というほどわかっている魔族たちはゲンナリとした顔をした。
レギウスは方向を少し変えることにした。
「では、こうしよう。王都の近くを攻撃してもらいたい。そちらに人間たちの目が向いている間に、私がシェスタを救い出す。救い出した時点で終了にする。それでどうだ。」
レギウスの言葉に、魔族たちの視線が、なんだか生温いものに変わった。
「魔王様は、どうやらよっぽどその嫁にご執心らしいな。」
「ああ。自分の助けに行く姿を見せたいってことか。」
「しょうがないから、魔王様のために、一肌脱ぎますか。」
変な盛り上がりを見せている魔族たちをどうすればいいか分からないレギウスに、ニルダがこっそり囁いた。
「やる気になってくれたんだから、これでいいのではないでしょうか。」
レギウスは苦々しげに頷いた。
「魔王様!お嬢様をよろしくお願いしますよ!」
アステリアに見送られ、レギウスは、王都の近くに跳んだ。魔族たちは後から来るはずだ。
うさぎの姿になると、レギウスは結界の綻びを探す。どこでもいい。入れる場所はないか。じっくりと眺めていると、結界は一定の強さではなく、所々穴の空いている場所があった。うさぎの姿のまま、入れる穴を探していると、地面の隙間に結界の綻びがあった。
(地面を掘ったらなんとかなるのではないか?)
そう思ったレギウスは、綻びの下の地面を掘り始める。案の定、爪は結界に引っかかることはなく、地下を掘り進めていくことができた。しばらく地下を掘り進めた後、地面に顔を出すと、自分の後方に結界が見えた。
(うさぎで来たのは正解だったな)
レギウスはうさぎの姿のまま、王城へ向かって駆け出した。
もう少しで王城、というところで、ふっと結界がなくなる気配がした。
レギウスは空を見上げたが、結界はやはり見えない。
(まさか、シェスタに何か起こっているのか?)
レギウスはシェスタの匂いを探しながらさらに速度を上げて駆け出した。
シェスタは、魔法陣の力に抵抗しながら、あたりを見回した。
魔族が攻撃してきたのは、多分魔王様が自分を助けようとしてくれているからだ、とシェスタは思った。それなら自分が今負けるわけには行かないのだ。とはいえ、逃げ出すこともできない。シェスタは何か方法はないかとあたりを見回した。
先程国王が放り出して行った女神像が落ちている。
(そういえば、さっきあれに祈りを捧げていた)
あの像自体に力があるのなら、あれを壊してしまえばこの魔法陣は力を失うのではないか。そう思ったシェスタは右手を女神像に向けて伸ばそうとした。絡め取られた体はなかなか思うように動かない。
「くう……。」
少し動かすだけでも、かなりの重さだ。シェスタの額に汗が浮かぶ。それを気にせず、シェスタは少しずつ右手を動かし続けた。
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