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(28)神官長の罠

 シェスタは、自分の部屋にある、魔法の鏡の前に立っていた。神官長とこれから鏡越しに話をするのだ。

 ニルダとアステリアは後ろに控えている。長くなるといけないからと、ギーは裏庭に放してある。

「大丈夫ですか?お嬢様。今からやめても構わないんですよ。」

 アステリアが心配そうに声をかけてきたので、振り返ってシェスタは微笑んだ。

「ありがとう。でも、ちゃんとしなくちゃいけないことだから。」

 シェスタは鏡に告げる。

「スール神官長を映して。」

 鏡の表面が波打つと、暗い部屋が映し出された。真ん中に誰かが寝転がっているのが見える。

「神官長ですか?」

 シェスタの声が聞こえたのか、その誰かは驚いたように体を起こした。キョロキョロとした後、呆然としたようにこちらを見る。薄汚れ、髭も伸びてはいるが、神官長の面影は残っていた。

「シェスタ……?」

 喘ぐように神官長が呟いた言葉にシェスタは頷いた。

「はい。こちらに来て、話せるようになりました。」

「そうか。あの時は申し訳なかった。神官長になったばかりの私は何も知らなかったのだ。私にやり直すチャンスをくれないか?」

 この男は何を言っているのだろう、とシェスタは思った。何をやり直す?どこからやり直す?そんなことをしてもシェスタの過去が消えることはないのに。

「『鈴蘭の聖女』について教えてもらえませんか。なぜ、私が『鈴蘭の聖女』だったのか。そしてなぜ、突然やめさせられたのか。」

「……すべてはホロネリアのためだ。」

 しばらく沈黙していた神官長が諦めたように、話し出した。


「女神の力を借りて、国に結界を張ることで、ホロネリアは魔族からの侵入を防いでいた。ただ、女神の力を借りるには、魔力の強い女性が必要だった。」


 ニルダたちの態度を見ていても、シェスタの魔力はかなり強いのだということが分かる。


「シェスタがどこから連れて来られたのかは私も知らない。おそらく前の神官長が探してきたのだろうが、その記録は残っていない。後を辿られないよう、消された可能性がある。もし、知っているとすれば、国王だろう。」


「国王……。」


 そういえば前神官長にも国王に会っても失礼のないようにと、マナーを躾けられていた。


「シェスタを虐げるつもりはなかった。他の部屋に移動しただけだと思っていたのだ。ただ、あのクラリスが『自分が鈴蘭の聖女になる』と言い出してな。焼印を押すことで鈴蘭の印が消えるからやれと言われて仕方なく……。」


 仕方なく?そんな顔をしていただろうか。救いを求めるような顔で神官長はシェスタに縋る。


「結局シェスタでないとダメだったんだ。ホロネリアの結界は崩れ、あちこちで魔物が暴れている。冒険者と騎士団が頑張っているが、それも限界だ。頼むから、一緒に戻ってくれないか?国王からも書状を預かっているんだ。この通りだ。」


 床に頭を擦り付けて頼む神官長の姿に戸惑いながらも、シェスタは自分の考えを曲げることはなかった。


「ホロネリアに戻るつもりはありません。」


「そんな……。シェスタがいなければ、魔物たちによって国は食い潰されてしまう。たくさんの人が死ぬんだぞ。それでもいいのか?」


「あのまま『鈴蘭の聖女』を続けていたら、私はその言葉に従ったかもしれません。でも、私はあの時、聖女ではなくなりました。だから、従う必要はないはずです。」


 正直にいえば、結界がないせいで誰かが死ぬことに罪悪感はある。自分がやれば、死なないのかもしれない、と思えば尚更だ。しかし、それを表情に出さないようにして、シェスタはじっと神官長を見た。ここで負けたら、また元の自分に戻ってしまうのだ。


 シェスタの決意が固いことが分かったのか、神官長は項垂れた。


「分かった。シェスタを連れ帰るのは諦めよう。ただ、国王からの書状だけは受け取ってはもらえないか?必ず渡すようにと言われているんだ。」


 先程、自分が『鈴蘭の聖女』になった理由を知っている可能性があるのは国王だけだ、と言っていた。書状にも何かそれについて書いてあるのだろうか。シェスタが振り返ると、ニルダが頷いた。


「危険がないかどうか、私が先にお調べいたします。」

「お願いね。」


 ニルダが鏡の前に進み出る。

「手紙を預かりましょう。」

「あ、ああ。これだ。」

「手紙だけ、通してちょうだい。」

 鏡にお願いすると、また鏡の表面が揺れ、紙の一部がこちらに現れた。ニルダはそれを受け取ると、中を開こうとした。


「すまないが、国王からの親書だ。本人以外見せないでくれと言われている。」

 神官長の言葉をニルダは笑い飛ばす。

「人間の言うことなど、なぜ聞く必要がある?」

 紙を開こうとしたニルダの手にそっと手を置いたのはシェスタだった。


「いいわ、ニルダ。外からおかしなところがないか調べてちょうだい。」

「しかし、何が書かれているか分かりませんと……。」


「大丈夫よ。何が書いてあっても、私はあの国には戻らないから。」

「……わかりました。」


 シェスタの強い言葉に、ニルダは折れた。

 ニルダはじっとその紙を鑑定する。確かに中に何か書いてあるようだ。古い魔力の残滓はあるが、攻撃してくるようなものではない。ニルダが差し出した手紙をシェスタは開いた。書かれているホロネリアの言葉をシェスタが触った途端、文字が光り、魔法陣が現れた。


「はははっ!そのままホロネリアに戻ってもう一度『鈴蘭の聖女』になるがいい!」


 先ほどまでの殊勝な表情を脱ぎ捨て、嘲るように笑う神官長をシェスタは驚いたように眺めた。


「しまった……!」

 ニルダも気づいた。人間が触った時だけ発動する魔法陣が組み込まれていたのだ。慌ててシェスタの手から手紙を奪い取ろうとしたが、遅かった。一瞬にして、シェスタの姿は部屋からかき消えてしまった。


「お嬢様……!」

「はははっ!やったぞ!魔王の鼻を明かしてやった!」


 部屋にはいつまでも笑う神官長の声だけが響き渡っていた。


読んでくださり、ありがとうございます。

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