(27)地下牢のスール
しばらくシリアス続きます
神官長のスールは、一人、偽魔王城の地下牢に閉じ込められていた。勇者一行と一緒に行動していたはずなのに、気づいたら牢の中だ。もはや何日経ったのか、時間の感覚がなくなっていた。特に縛られることもなかったが、食事もない。牢の石畳にあるくぼみに溜まった水を啜ってなんとか生きながらえていた。
ぼんやりと、人の姿をとったものが、鉄格子の向こうに現れた。
「魔族の国に、何をしにきた。」
「さらわれた聖女を取り戻しにきたのだ。」
スールは建前を話す。現在のシェスタがどんな状況か分からない以上、下手なことは話せない。
「誰も聖女など攫ってはおらぬ。」
「そんなはずはない。私の目の前で魔王が彼女を連れて行ったのだから。彼女は、シェスタは生きているのか。」
その返事はなく、沈黙が返ってきた。
「……お前には、二つの道が残されている。全てを話し、国に戻るか、黙ったままこの国で果てるか。どちらがいいか選べ。」
「私は聖女を連れて行かないと国には戻れない。頼むからシェスタに会わせてくれ。」
必死で懇願したが、それに答える声はなく、先ほどまであった人の姿も薄れて消えていった。
スールには切り札がある。片道分の転移魔法陣だ。それを自分のために使ったら国王からはきついお咎めがあるだろう。しかし、命には変えられない。
(なんとしても生き延びてやる)
いざとなったらそれを使うことにして、スールは床に寝転がって目を閉じた。腹が減るのを忘れるためには、眠るのが一番だ。
夢の中に、国王が出てきた。
「なぜ、シェスタを連れ帰ってこなかった。」
「申し訳ありません。どこにいるかすら分からなかったのです。」
床に頭を擦り付け、必死に謝るスールに国王は冷淡に告げた。
「お前の役目もここまでだ。……連れていけ」
がっしりと両手を掴まれ、無理矢理立たされる。そのまま処刑台へと連れて行かれるのだ、ということだけは分かっていた。
「国王陛下、お待ちください!」
そこでハッと目が覚めた。
「夢か……。」
硬い床の上で寝たため、体の節々に痛みが走る。自分がどのくらい寝たのかもよく分からない。
ふと、食べ物の匂いがした気がして、匂いの元を探す。鉄格子の向こうにいつの間にかお盆に載った食べ物が置いてあった。途端に腹がぐうと音を立てる。鉄格子から手を伸ばすが、届かない。足でもダメだ。足を引っ込めようとしたスールの動きがふと止まる。強大な魔力を感じたのだ。このぞわりと背筋が凍るような魔力を前も感じたことがある。
「シェスタを『鈴蘭の聖女』にしたのは誰だ?」
魔王レギウスが立っていた。ひいっとスールは後ずさりする。
「わ、私ではない。私は神官長になったばかりで……。」
「ああ、知っている。シェスタの結界の邪魔をして、国を滅ぼそうとしている愚かな神官長だ。」
「知らなかったんだ!『鈴蘭の聖女』の仕組みがあんなになってるなんて……。」
「……ほう。その仕組みとやらについて話をしてもらおうか。」
食べ物の載ったお盆を持って、レギウスは鉄格子の近くまでやってくる。スールはその誘惑に勝てなかった。
「なるほど。国王が黒幕か。」
「ちゃんと話したんだから、それをくれ!」
「……食べるがいい。」
そういうと、レギウスはパンを放り投げ、牢の中に入れた。お椀に入っていたスープも、床にぶちまける。
「ああ!もったいない!」
スールは慌ててパンを拾うと、床にこぼれたスープをつけて食べ始めた。
その様子を冷淡に眺めながら、レギウスは口を開く。
「このまま魔物の餌にしてもいいんだがな。シェスタがお前に話をしたいそうだ。」
一心不乱に食べていたスールが顔を上げる。
「シェスタは生きているのか?」
「お前に会わせる気はない。」
にべもなくレギウスが言う。それでも話ができるということは、生きているということだ。そこまで考えておかしいことに気づく。
「シェスタは口が利けなかったはずだ。どうやって話す?」
「『鈴蘭の聖女』の印で声が封じられていただけだ。今は話ができる。」
「それで喉に鈴蘭の印があったのか……。」
鈴蘭の印は、聖女によって出る場所が違ったのはそのせいだったのだとスールは思い至った。
「まあ、最後の別れだと思って、話すことを考えておくといい。」
きた時と同じようにレギウスの姿はかき消えた。
スールは転移の魔法陣を出して眺めた。見た目は手紙のようになっている。人間以外が見ても、ただの手紙にしか見えないが、中の魔法陣に人間が触れると、転移するようになっている。
どうやらシェスタに会うことは叶わないらしい。諦めてこれを自分に使うべきか。それとも、シェスタの手に渡るよう、画策すべきか。自分で使ったとしても、転移する場所はあの契約の間だ。王に捕まり、処刑されるだろう。しかし、これをシェスタに渡してシェスタが転移したら、レギウスの怒りは自分へと向だろう。どちらにしてもスールの生きる道はない。
「どちらにしても死ぬだけか。」
スールは床に横になる。どうせ死ぬなら、最後に魔王の鼻を明かしてやれば、少しはスッキリするだろうか。
転移の魔法陣をもう一度取り出した。
「これを触った時、シェスタ、お前も俺と同じ地獄に落ちるんだ。」
スールは醜く口を歪めて笑った。
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