(24)私のことを
何度か書き直していたら遅くなりました。
魔王レギウスから、シェスタに当てて手紙が届いた。
「他の聖女など連れてきていない。」
いつものように一言だけの手紙。それなのに、安心したような気持ちにシェスタはなった。なぜなのかはよく分からないが。
そもそもシェスタは今まで仲が良いと言える人がほとんどいなかった。前の神官長が一番自分と近かったとはおもうが、あれを仲が良いと言うのかどうかはよく分からない。
アステリアとニルダは聞かれれば「大好き!」と即答できる。ギーは特別だが、人ではない。魔王様は、と聞かれたら、返事に困る。
「魔王様ともう少し話ができたらいいのになあ。」
手紙を見ながらシェスタはつぶやいた。その時クッションの上でまどろんでいたギーが、不意に後ろ脚で立ち上がった。変身が強制的に解かれてしまう。必死に抗いながら扉へと向かうギーに気づいたのはアステリアだ。
「お嬢様がお願いすればすぐにでも叶うと思いますよ。」
そう言いながら、さりげなく移動して、シェスタの視線からギーを隠した。ギーはうずくまった姿でレギウスに戻った。アステリアが後ろ手にさっさと部屋を出ろと合図を送っている。レギウスは慌てて扉の外へと転移し、扉をノックした。シェスタが放った言葉に抵抗することは、魔王でも難しかった。
「入るぞ。」
レギウスの姿を目にしたシェスタは慌てて立ち上がって、淑女の礼をとる。アステリアも同様だ。
「魔王様。お目にかかれて光栄です。」
「手紙をもらったからな。詳しい話を聞かせてもらおう。」
シェスタを座らせると、レギウスはシェスタの前にあるソファに腰をかけた。
「では、お茶のご用意をして参りますね。」
アステリアが部屋を退出すると、部屋にはレギウスとシェスタの二人きりになった。何から話せばいいのかわからなくなり、部屋の中には沈黙が落ちた。
このままではいけない。そう思った二人は、同時に口を開いた。
「あ、あの。」
「あ〜。」
お互いの声を聞いてしまい、また黙る。
「魔王様がお先にどうぞ。」
「いや、シェスタが先に話すといい。」
上位の者に「先に話せ」と言われたら、それに従うのが貴族の掟である。
シェスタは覚悟を決めた。前から聞きたかったことを聞こう。
「私をどうして魔王城へと連れてきたのですか?」
「……他に行ける場所があったのか?」
シェスタの視線から目を逸らすように、魔王は横を向いて答えた。レギウスとしても聞かれても答えられない。うさぎの時に世話になったなんて口が裂けても言えないのだ。
「……いえ、ありません。」
俯くシェスタの言葉にレギウスは大きく頷いた。
「そうだろうな。生まれてすぐに神殿に預けられたのだから。お前が『鈴蘭の聖女』ではなくなったからこそ、私の封印は解けた。その礼だ。」
それはお礼と言えるのだろうか。シェスタはそう思ったが、本当に聞きたいのはそんな事じゃないのだ。
「その、私のことを……。」
そこまで言って言葉が途切れた。なんて言いたいのだろう。のどにつかえて言葉が出ない。
「……なぜ泣く?」
「え?」
言われて気づいた。シェスタの目からはなぜかポロポロと涙が溢れていた。
「失礼致します……お嬢様?」
ちょうどお茶を運んできたアステリアがその様子を見てすっ飛んできた。シェスタを抱き寄せるときっとレギウスを睨む。
「お嬢様に何をなさったんです?」
「何もしていない!話をしていただけだ!」
慌てるレギウスを疑いの目で見ると、アステリアは優しくシェスタに話しかけた。
「魔王様に何かされましたか?」
「ううん。……勝手に涙が出ただけ。大丈夫。」
シェスタは無性にギーを抱きしめたくなった。ギーは自分を嫌いになることはないし、突然冷たくなることもないから。
「ギーは?」
キョロキョロとうさぎを探すシェスタに、アステリアは表情を作る。目の前で魔王を変身させる訳にはいかない。
「ああ。先ほどお茶を入れにいく時に扉を開けたら外へと飛び出して行きましたよ。後で連れてきますから、お茶を飲んで落ち着きましょう。冷めてしまいますよ。」
「そうだ。ギーがいなくても、私がいるではないか。泣くことはない。有翼族の話も聞かせてもらっていないぞ。」
魔王様は抱きしめられないから、ギーの代わりにはならないとシェスタは思ったけれども、自分で手紙を出したのも事実だった。
アステリアが入れてくれたお茶は優しい味で、シェスタの気持ちも落ち着いていった。一緒に持ってきてくれたクッキーもほろりと口の中で崩れる柔らかさでとても美味しい。
「……ホロネリアの国から、勇者が魔王様討伐にきているそうです。面倒くさいので、なんとかして欲しいとのお話でした。」
「面倒くさい……。」
シェスタの言葉をレギウスは繰り返した。おそらく有翼族にとっては大した相手ではない。しかし、人間は倒してしまうと、大軍を率いて攻めてくることがある。
そんな面倒から逃げるために魔王に全て丸投げした訳だ。なんとも頭の痛くなる話だとレギウスは思った。
「勇者はこの魔王城に向かっているのか?」
「そうみたいです。」
「……ちょっと見てみるか。シェスタ。お前も来い。」
レギウスは立ち上がると、壁にかかっている大鏡の前に立った。
「ホロネリアから来ている勇者どもを映し出せ。」
レギウスが命令すると、鏡の表面がさざ波を立てるように動き出した。
「すごい。魔法の鏡だ……。」
シェスタが呟くと、レギウスは褒められたようで得意げに言った。
「私の命令しか聞かないがな。」
やがて鏡の表面が滑らかになると、そこには、荒れた道を歩く勇者たちの姿が現れた。全部で五人。
「この中に、見たことがある者はいるか?」
「遠くてよく分かりません。もう少し近くで映してくれたらいいのだけど……。」
シェスタがそう呟いた途端、鏡の表面はまたさざ波が立った。
「なぜだ?私の言うことしか聞かないはずなのだが。これすらもシェスタの力に負けるのか……?」
呆然とするレギウスに気づかず、シェスタは食い入るように、勇者一行を眺めた。その一番後ろを歩く一人の男に、シェスタの視線は釘付けになる。
「あ……。あ……。」
その男を指差す指もかすかに震えている。
あの男は、私を部屋から追い出し、神官たちに自分を押さえつけさせ、焼印を押した。今でもよく覚えている。
「神官長……。いやあ!」
これ以上見たくないと思ったシェスタの心に反応したのか、鏡は部屋を映し出すただの鏡へと戻った。
レギウスもその顔には覚えがあった。シェスタを連れ出した時に部屋にいた男だ。
へたりこみ、ガタガタと震えるシェスタを見て、レギウスはあの男を殴ってやらないとすまない気持ちになった。
「あの男にシェスタが味わったのと同じ苦痛を味わわせてくる。」
レギウスが乱暴に部屋を出たのと、シェスタの悲鳴はほぼ一緒だった。
「ギー!どこなの?そばにいて!」
その言葉で一瞬にして、レギウスはウサギの姿に戻ってしまった。
(あの男のところに行くこともままならぬとは……。)
扉をカリカリと引っ掻くと、アステリアがそっと扉を開けた。奥には先ほどよりも目を赤くしたシェスタの姿があった。思わずシェスタに駆け寄ると、シェスタはギーをぎゅうっと抱きしめた。多少苦しくはあるが、仕方がない。レギウスは覚悟を決めて、そのままシェスタの好きなようにさせることにした。
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