(15)開かずの書庫と文書管理の男
字を覚えたいと言うシェスタを連れて、ニルダが向かったのは、この城の書庫である。ずっしりと重い扉を最後に開けたのはいつだったか。
「ここには世界中から集められた本が入っていますので、お嬢様に合う本もあると思いますよ。」
実際は、あちこちで奪ったり、進呈された本をここに突っ込んでおいたが正しい。嘘は言っていないが。
「しばらく掃除もしていないので、埃っぽいと思いますがよろしいのですか?」
「うん。掃除も……する。」
ぎゅっと握りこぶしを作って決意を固めているシェスタに、思わずニルダの口の端が緩みかける。
「ではこれを。」
ニルダは2枚の布を出して一枚をシェスタに渡した。もう一枚は自分の口の周りにぎゅっと巻き付け後ろで縛る。ニルダには本当は必要ないが、やってみせないとシェスタが受け取らない気がしていた。ニルダを見て同じようにシェスタも布を巻き付ける。
「では、開けますよ。」
シェスタが頷くのを見て、ニルダは扉を開けた。その途端、はらはらと紙が降ってくる。
「??」
目の前は紙の束で埋め尽くされていた。ニルダは黙って扉を一旦閉める。
「……入れないね。」
びっくりしたようにシェスタが呟く。
「ええ。入れませんね。」
魔族は基本的に掃除とか整理整頓が苦手なのだ。おそらく書類の整理に困った担当者が、ここなら誰も来ないと詰め込んでいたのだろう。そして入れなくなった。
今の文書管理担当は誰だったか。思い出そうとするニルダの目の前にタイミング良く現れたのは、書類を両手に抱えたハーフリングの男である。ひょこひょこと歩いているその男をニルダは呼び止めた。
「待ちなさい。その書類をどこに持っていくのです?」
「いつも通り、そこの部屋に……ひゃっ!ニルダ様!」
慌てた男は書類を廊下に撒き散らした。率先して書類を拾い出したシェスタを手伝いながら、ニルダはオロオロと立ち尽くす男を睨んだ。
「とりあえず、これを拾い終わったらその部屋に案内してもらいましょうか。」
「……はい。」
男はガックリと項垂れたまま、一緒に書類を集め始めた。
「……そこの書庫が一杯になったので、今はここに書類を入れています。」
書庫から廊下を曲がった先にあった部屋の前で、男は扉を指差した。ここは確か空き部屋になっていたはずだ。ニルダが中を開けてみると、部屋の半分くらいは書類で埋まっている。このままでは書庫と同じ運命を辿るのは目に見えていた。
「前任者はあなたに書類の整理について引き継がなかったのですか?」
「前任者が書類は書庫に入れておけばいいって……。」
なんてことだ。だいぶ前から書類の整理方法が失われていたらしい。ニルダは黙って天を仰いだ。
「ニルダ……知ってるの?」
シェスタが書類の整理方法について質問してきた。
「そうですね。ちょっとお待ちいただけますか。」
ニルダは額に手を当て、自分の核にアクセスする。その中には城としての記録が残っているのだ。しばらくしてニルダは顔を上げた。
「一応ありました。契約に関わる書類以外は、三年で破棄。契約に関わる書類は、まとめて書庫に入れる……とありますね。この、まとめて書庫に入れるだけが伝わったのでしょう。ただし、魔王様が代替わりした場合、契約書を見直し、不要になったものは破棄、になっています。」
「じゃあ、ほとんどの書類は破棄していいってことですか?」
ハーフリングの男が情けない声をあげた。
「そのようですね。こちらの部屋は後回しにして、書庫の方から片付けましょう。古い書類は破棄しても問題ないでしょうから。」
「はい!」
布を巻いたままのシェスタはニルダの後に続いた。こっそり逃げようとした男の襟首をニルダが掴む。
「当然あなたも片付けるんですよ。」
「はい……。」
男は項垂れてついてきた。
書庫から書類の束を引き出し、中身を確認し、破棄と保存用に仕分ける。それを1時間ほどやったところで男が音を上げた。
「これ、何日やったら終わるんですか?」
ニルダもそれには答えられない。確認作業に意外と時間がかかってしまうのだ。
「契約書だけ、集まったら、いいね。」
シェスタがそう呟いた時だった。書類の山が青い光を帯びた。その中から勝手に書類が引き出され、シェスタの前に三つほど山ができた。青い光はその時点でまた消えた。
「……は?」
男はあんぐりと口を開けた。
「お嬢様の力は恐ろしいですね。」
思わずニルダは呟いた。
言葉にすればそれが叶ってしまう。これほど恐ろしい力はない。魔王城の消滅をシェスタが願えば、おそらく抵抗もできないまま自分は消し去られてしまうだろう。ニルダの背中を冷や汗が伝う。そうならないためにも、まずは書庫に入ることが必要だ。
「お嬢様。不要な書類を片付けていただけたら、書庫の中に入れるのではないかと思うのですが。」
ニルダの提案にシェスタはパッと顔を明るくする。
「いらない書類……いなくなれ!」
一瞬だった。書庫の中の書類は全てなくなり、備え付けられていた奥の書棚が姿を現した。男はキョロキョロと書庫の中を見渡す。
「書類はどこに?」
シェスタは首を傾げた。口を開こうとするが、うまい言葉が見つからないようで、ニルダに助けを求めるように視線を向けた。
「しばらくは行方不明ということにしておきましょう。お嬢様が話せるようになったらお伺いしますね。」
ニルダの言葉にシェスタはうんうんと頷いて書庫へと入っていった。ニルダも続こうとして、ふと足を止め、振り返って男ににんまりと笑う。
「もう一つの部屋にこの書類を持って行きなさい。そちらの部屋の整理はあなたの仕事です。これ以上お嬢様を煩わせないように。」
「ひええ……。」
今日だけで何度あげたか分からない情けない声を、男はまた上げるのだった。
ニルダはやろうと思えばどの部屋で誰が何をしてるか把握できます。そういう趣味がないだけです。
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