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(13)シェスタの恐れと最悪の出会い

そういえば、シェスタはまだ魔王と会ってないのでした。うさぎの時以外は。

魔王城で暮らすシェスタが密かに恐れていることが二つあった。

一つは、今の生活だ。可愛らしい服を着せられ、お腹がいっぱいになるだけの食事を食べさせてもらい、知りたいことは教えてもらえる。言われたことだけをひたすらこなすだけだった神殿の生活とは正反対すぎて、夢でもみているのではないかと思ってしまう。実は自分は神殿で眠っているだけなのではないか、と。

もう一つは、魔王だ。そもそも魔王がなぜ自分を魔王城へと連れてきたのか。それが全くわからない。ニルダは「お嬢様が魔王様を守ってくださっていたのですよね。」と言うのだが、そんな覚えは全くないのだった。むしろ『鈴蘭の聖女』として魔族が入れないよう、国に結界を張っていたのだ。今は忙しくて放っておかれているが、それを咎められ、処刑されても文句は言えない。


せめて、ここでの生活について魔王に感謝を伝えたい。声が出るようになったが、うまく動いてくれない口を、シェスタはなるべく動かすようにした。

「まおう…さま。つれて…きて…くだ…さって。ありがとう…ご…ざ…います。」

一人で部屋にいる時、シェスタはお礼をいう練習を鏡の前でこっそり繰り返していた。ただ、これだけの言葉なのに、なかなか話せるようにならない。

シェスタはふうっとため息をついた。


ドアがノックされ、大きな牛の顔をしたアステリアが顔を出す。あれが「牛」という動物の顔なのだ、ということを最近シェスタは知った。

「お嬢様、お茶をお持ちしましたよ。」

「ありがとう。」

シェスタがソファに座ると、アステリアは机の上にお茶と見たことのない黒い塊を皿に乗せて出してくる。

「これは?」

黒い塊を指差してシェスタが尋ねると、アステリアはワゴンに載っていた小さなカードを取ってしかめ面で読み始めた。

「料理人に書いてもらったんですよ。ちょっとお待ちくださいね。ええと。『しょこら?という食べ物で、とても甘いです。お試しください』ですって。」

ニルダが言っていた。字と言うものがあって、それを読めば、言いたいことが伝わるらしい。神殿でも紙に書いたものを神官や聖女たちが読んでいた。

「アステ…字、読める?」

「あまり得意ではないですけどね。城に上がる時に読むのだけは練習しました。魔王様が『城にくるか?』と誘ってくださったときは本当に嬉しくて……。」

あ、始まった。シェスタはそう思うと、お茶を手に取って一口飲んだ。アステリアが魔王に会った時の話は、シェスタはもう何度も聞かされていた。ふらっと迷宮に来た魔王は指一本でアステリアを倒し、城へと誘ってくれたのだそうだ。魔王がいなくなった後は、きっとまた戻ってくるとずっと城で待っていたらしい。


それにしても、黒い食べ物は見たことがない。シェスタは恐る恐るそれを取って眺めて見た。美味しそうには見えない。匂いをかいでみてもよくわからない。勇気を出してそっと端を齧ってみる。

「………!」

ものすごく甘い。それでちょっと苦い。残りを口に放り込んで、シェスタはゆっくりと咀嚼した。噛むごとに甘さが口の中に広がる。口の中からなくなるのが惜しい。指を見ると、茶色いものがついていたので、思わずそれも舌でなめとる。前の神官長に見られたら「はしたない」と怒られていただろう。

「あら。そんなに美味しかったのですか?」

指を拭くための布をアステリアが出してくる。それで指を拭うと、シェスタはもう一つのショコラをアステリアに差し出した。分かってもらうには食べてもらうのが一番だ。

「え?私も食べるんですか?」

アステリアの言葉にうんうんと頷くと、シェスタは皿を押し付けた。困りましたね、という顔をしながら、アステリアがショコラを爪の先で摘み上げる。アステリアにとっては豆粒くらいの大きさだ。ぽいっと口に放り込むと、アステリアは驚いた顔になった。

「あら、まあ……。これは美味しゅうございますね。ちょっと量が少なすぎますけれども。次はもう少し大きく作ってもらいましょう。」

アステリアの満足する量にしてしまうと、シェスタはそれだけでお腹がいっぱいになってしまいそうだ。でも美味しいものは誰かと一緒に食べるほうが美味しいに決まっている。シェスタは大きく頷いた。


お茶が終わると、シェスタはアステリアにお願いをすることにした。

「字……知りたい。教えて。」

字が書ければ、魔王にたどたどしく話しかけなくても、感謝の気持ちを伝えることができる。間に合うかどうかはわからないけれど。

「お嬢様のお願いとあらば、教えて差し上げたいのはやまやまですけどね。私も大して読めないんですよ。ニルダに聞いてみましょうか。」

「お願い。」

「かしこまりました。」

アステリアがにっこりする。歯を剥き出して笑うので、ちょっと怖いが、それが笑顔だと言うことが今のシェスタには分かっていた。


その時。突然ばあん、と扉が開かれた。入ってきたのは、見た事のない男だった。黒い髪を長く伸ばし、細身の身体には、貴族の着ていた黒い服に似た服を着ている。唇の色だけが血のように赤い。男は肩をぐりぐりと回しながらシェスタに近づいてくる。アステリアが慌てて頭を下げた。


この男が、魔王? シェスタが恐れていた時間が来てしまった。感謝を述べようと思うよりも先に、シェスタの体は恐怖で動かなくなる。


「やれやれ。どいつもこいつも大して強くないのに挑んで来るから時間がかかってしまった。どれ、シェスタ。首の様子は……。」


男はシェスタに手を伸ばした。その手が、自分を羽交締めにして焼印を押した神官たちの手に重なった。


「ひっ……嫌あああああああ!」

「え……。」


一瞬固まった男の顔が見えたが、シェスタはぎゅっと目を瞑った。

体の中から何かが溢れてくる。それをシェスタは男に向けて放った。

「なっ……!」

「お嬢様!危ない!」

後ろからぎゅっとアステリアが手を出してシェスタを抱きしめると床に転がる。

大きな音があたりに響き渡り、その後ガラガラ……と石が落ちてくる音。

シェスタは目を開いたが、見えるのはシェスタの胸だけだ。

「お嬢様!大丈夫でございますか?これは……」


ニルダが慌ててやってきた声が聞こえた。ぽんぽんとシェスタがアステリアを叩くと、アステリアがそっと体をどかす。

「え……?」

思わずシェスタは目を見開く。

そこにはさっきの男も、部屋の天井もなくなり、青空が広がっていた。


読んでくださり、ありがとうございます。

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