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風葬のシルヴァ  作者:
ifストーリー
83/88

if第22話 時の底

 翌朝――いや、アストラの内部時間で言えば“翌朝”だが、外ではまだほとんど時間が経っていないはずだった。

 それでも身体の感覚は完全に朝で、傷も昨日より確実に軽い。


 シルヴァは上体を起こし、軽く肩を回した。鈍い痛みはあるが、動く。

 ティナはすでに起きていて、包帯を巻き直している。クジャはベッドの端で伸びをしていた。


「ほんとに数日しか経ってないのか、これ」


「外ではね」

 ティナが言う。「中は別。ここ、時間を圧縮してる」


 扉の方から足音。ミルスが入ってくる。杖をつき、まだ傷は残っているが、その目はいつも通り冷静だ。


「外で数日。中で数ヶ月」

 ミルスが言う。「ただし制限付きよ」


「やっぱり来たか」

 クジャが肩をすくめる。「昨日の無理転移のツケ?」


「ええ。魔力炉に直接負荷をかけた。長時間は維持できない」

 ミルスは淡々と続ける。「持って三ヶ月。外の時間で言えば数日分」


 短い沈黙。


「十分だな」

 シルヴァが言う。


「足りなきゃ終わるってやつだね」

 クジャが笑う。


「その通り」

 ミルスが踵を返す。「来なさい。中枢へ」



 塔の最下層――中枢。


 広大な円形空間だった。床一面に魔導陣が刻まれ、壁面には複雑な紋様が連なっている。天井は高く、浮遊結晶が淡く光り続けていた。

 中心にあるのは、球体状の魔力炉。幾重もの魔導環が回転し、その内部で濃密な魔力が渦を巻いている。


 だが、完全ではない。


 光がわずかに揺れている。規則的だったはずの流れに、微かな乱れ。


「不安定だな」

 シルヴァが言う。


「当然よ」

 ミルスが答える。「あれを無理やり動かしたんだから」


 クジャが炉を見上げる。


「壊れそう?」


「壊れはしない」

 ミルスは首を振る。「でも余裕はない。だから無駄は省く」


 ミルスが杖を床に軽く打つ。足元の魔導陣が光った。


「ここから先は、時間を使って強くなるだけよ」

 短く言う。「始めるわ」


 空気が変わる。重く、粘るような感覚。時間圧縮が起動した証拠だった。



 移動した先は、訓練場。


 広い。とにかく広い。石の床には幾重もの魔導陣、天井には浮遊結晶。影が揺れない均一な光。

 中央には、人型の訓練体が何十体も静止していた。


「……まさか、あれ全部?」

 ティナが言う。


「全部」

 ミルスは即答した。


「まず確認するわ。あなた達がどれだけ足りないか」


「言い方」

 クジャが笑う。


「優しい方よ」


「じゃあ優しくない方は?」


「死ぬ」


「分かりやすい」


 カチッ、と音が鳴る。訓練体の目が一斉に光った。


「第一段階。対多数戦闘」

「第二段階。連携」

「第三段階。魔王級核への対処」


「最初から濃くない?」

 ティナが顔を引きつらせる。


「暇じゃないのよ」


 次の瞬間、全部動いた。


「来る!」

 ティナが剣を抜く。


 シルヴァはすでに踏み込んでいる。


「風断!」


 一体、二体、三体。関節を正確に断ち切る。だが止まらない。後列が即座に前へ出る。


「反応速い!」

 クジャが叫ぶ。「ミルスの補助入ってる!」


「本気で殺しに来てない!?」

 ティナが言う。


「来てないわよ」

 ミルスは壁際で腕を組んでいる。「本気なら今頃半分死んでる」


「それフォローになってない!」


 ティナの光が訓練体の腕を薙ぎ払う。そこへシルヴァが踏み込み、残った胴を断つ。


「連携は悪くない」

 ミルスが言う。「でもクジャが捌きすぎ。ティナは守りに寄りすぎ。シルヴァは前に出すぎ」


「全部駄目ってこと!?」

「伸びしろよ」


 戦闘は終わらない。一時間、二時間。息が重くなる。足が鈍る。それでも止まらない。


 ミルスは止めない。


 昼を回った頃、ティナが膝をついた。


「む……り……」


「駄目」

 即答だった。「そこから立て直す訓練も必要よ」


「鬼……」


「魔王よ」


「そうだった!」


 クジャが吹き出しかけた瞬間、拳が飛んできて顔の横をかすめた。


「うわっ、危な!」


「余裕あるなら動け」

 シルヴァが言う。


「相変わらずだね」

「余裕ねぇんだよ」


 それでも、そのやり取りが少しだけ呼吸を整える。



 日が暮れる頃――内部時間でだが――ようやく第一日が終わった。


 ティナは仰向けに倒れ、クジャは大の字。シルヴァだけがなんとか立っている。


 ミルスが三人を見下ろす。


「悪くない」


「……今ので?」

 ティナが半泣きで言う。


「ええ。特にシルヴァ」

 視線が向く。


「あなた、風を“読む”だけじゃなく、“作り始めてる”」


 シルヴァはわずかに目を細めた。自覚はある。踏み込みに合わせて風が生まれる感覚。


「でもまだ粗い」

 ミルスは容赦なく続ける。「神風には程遠い」


「神風、か」

 ティナが呟く。


「ええ。あなたの奥にある本来の風」


 クジャが寝転んだまま笑う。


「主人公すぎる」


「うるせぇ」


 だが、その言葉は残った。



 夜。


 シルヴァは一人、訓練場に戻っていた。眠れなかった。


 剣を抜く。風を足に、腕に、刃に。


「……神風」


 一閃。風が走る。だが荒い。


「真面目ね」

 背後から声。ミルスが立っていた。


「お前こそ」


「私はこういう時間が好きなの」


 少しの沈黙。


「シルヴァ」

 ミルスが言う。「理由じゃない。選ぶのはあなた自身よ」


 シルヴァは剣を下ろす。


「説教か」


「少しね」

 ミルスは笑う。「魔王だからよ」


「さあ寝なさい。明日はもっときついわよ」


 シルヴァは本気で嫌そうな顔をした。ミルスはそれを見て、少しだけ笑った。

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