if第21話 魔道都市アストラ
音が、先に戻ってきた。
カチ、カチ、と規則的な駆動音。生き物の鼓動ではないが、どこか“脈”のようにも聞こえる不思議なリズムだった。
その音に引き上げられるように、意識が浮かぶ。
「……起きた?」
すぐ近くから声。シルヴァはゆっくりと目を開けた。
視界に入ったのは白い天井。だがただの天井ではない。幾何学的な紋様が刻まれ、その溝の中を淡い魔力の光が流れている。建物そのものが“呼吸”しているようだった。
「……ここ……」
「魔道都市アストラ。医療区画よ」
ティナが答える。ベッドの横に立ち、腕と脇腹には包帯。顔色はまだ悪いが、意識ははっきりしている。
シルヴァは上体を起こす。鈍い痛みが走るが――動く。
「無理しないで」
「……どれくらい寝てた」
「四日」
短い答え。
「他は」
「全員生きてる」
それを聞いた瞬間、身体の力が少し抜けた。
周囲を見渡す。青みがかった石の床、壁一面に刻まれた魔導陣。すべてに濃い魔力が流れている。外とは比べものにならない密度だった。
そして――人がいない。
「……ほんとに、誰もいねぇな」
「当たり前でしょ。ここ、ミルスが作った都市なんだから」
「全部、あれってことか」
視線の先で、人型の機構が動いている。白い外殻、滑らかな関節、目の代わりに灯る青い光。無言で、正確に、ベッドの間を行き来していた。
一体がこちらに近づき、腕から細い光を伸ばす。
「生体状態確認。安定域」
無機質な声。それだけ告げて離れていく。
「……便利すぎるだろ」
「便利っていうか、ちょっと怖いよね」
「分かる」
機械は動き、魔力も流れている。それなのに、人の気配がない。どこか“止まっている都市”のようだった。
「お、起きた」
入口からクジャの声。肩と脚に包帯を巻いたまま、いつも通りの顔で立っている。
「いやー、ほんと死ぬかと思った」
「軽いな」
「重く考えるとしんどいからね。僕、まだまともに動けないけど」
「見れば分かる」
扉が開き、ミルスが入ってくる。杖をつき、全身に包帯。それでも背筋は崩れていない。
「全員、生存確認。問題なし」
その一言で、場の空気がわずかに緩んだ。
少しの沈黙のあと、シルヴァが言う。
「……負けたな」
「うん、完全にね」
クジャがあっさり返す。
「ネメシス、あれは無理でしょ」
「……動けなかった」
ティナが呟く。
「疲弊してたとはいえ、一方的すぎた」
ミルスが頷く。
「ええ。力の差は明確だった」
シルヴァは目を閉じる。影の刃、貫かれた感触、何もできなかった事実。
「……でもさ」
クジャが言う。
「止まったよね、最後」
「……ああ」
「追ってこなかった」
「違うわ」
ミルスが言う。
「追えなかったのよ」
空気が少し変わる。
「第五の核。完全には馴染んでない。適応中よ」
「無理に動けば自壊する可能性がある……ってことか」
「そういうこと」
クジャが息を吐く。
「なるほどね……じゃあ次会うときは?」
ミルスは迷わなかった。
「完成してる」
沈黙。
「……最悪じゃん」
「ええ、最悪よ」
だが、シルヴァは拳を握る。
「関係ねぇ」
短く言う。
「取り返す。第三も第五も」
ティナが小さく笑う。
「だよね」
「僕も同意。このまま終わりはつまらないし」
ミルスが頷く。
「なら鍛えるしかない。アストラの中枢を使う」
「時間圧縮か」
「ええ。ただし制限がある」
全員が見る。
「さっきの転移で魔力炉に無理をさせた。長時間は維持できない」
「どれくらい?」
「外で数日。中で数ヶ月」
クジャが苦笑する。
「いや、それでも十分おかしいよ」
「無理した分のツケよ。使うならこれが最後」
沈黙。
シルヴァは迷わなかった。
「やる」
「即答だね」
「他にない」
「私も行く」
「僕も」
ミルスが小さく頷く。
「決まりね」
シルヴァは拳を握る。まだ弱い。だが止まらない。
「ネメシス」
小さく呟く。
「次は――倒す」
誰も否定しなかった。
魔導機構の駆動音だけが、静かに響いていた。




