第六話 告白前夜
話は昨夜までさかのぼる――
ブラッドが男子寮に戻ると夕食の時間だった。彼含め皆、学校であったことは一切顔に出さずに、優雅に食べ進めていく。四季があった頃に比べれば旬の食材は随分と減ったが、ここでは科学技術で再現された貴重な品種も料理に使われていた。
寮は男女で別れており、三つの格式から選択できる。高級、そこそこ高級、普通。
由緒正しい生まれのブラッドは、最高格式の寮にある、歴代のゾナフォーク家男子のための部屋を使っていた。
授業の予習をしてから、日課の鍛錬。服の線を崩さないため、筋肉はつけすぎないのがこだわりだ。
シャワーを浴び、赤髪のケア、スキンケアを済ませると、ようやく寝台に座る。
特大のため息が漏れた。近頃はここまでがワンセット。
ぬいぐるみを手に取り、天井を仰ぎ見、倒れ込む。
職人に作らせた、簡略化したフランのぬいぐるみ。胸の上に乗せて、まぶたを閉じた。
フランは可愛くてふわふわした花だった。顔はないはずなのに、白いうさぎが眠っているように見えた。仄かに滲む灰色と光の加減で、花びらなのに、あたかも毛織物のような質感に見える。白と黒が絶妙に混ざった茎と葉は、大理石の断面のような模様を成していた。
講堂での最終選考会、生徒は口々に「可愛い」と言ったが、諸事情から大賞を逃した。
――かつてのフユや雪に思いを馳せることに難色を示す審査員もおるのじゃよ。可愛い花は俗っぽいと思われる傾向もある。それでもいいのかね?
早い段階で教授からそう聞いても、誰かには届くと信じていた。他でもないアリスと叶えたい夢だった。
その数ヶ月前、ブラッドはフユの帰省期間に、アリスを自宅に招待した。フランは持ち出せないが、構想を深めるため、自室にあるフユの文献や、古物商から手に入れたスノードーム、襟巻き、外套、絵画等の収集品を見せたかった。
部屋には、ブラッドが作った洋服もあった。街に行くときに履いていた奇抜なズボンも、彼が独学で作ったものだ。黒いサイコロの熟練裁縫師を呼び、一から指南を受けたこともある。
アリスは一つ一つ、慈しむように触れた。彼女は物に留まらず、人も、感情も、夢も、雑に扱わない。だからモミジ狩りでも、魔道具の管理を頼んだ。
――なぁ、もう気づいてるんだろ?
ブラッドの服を見つめる、彼女の後ろ姿に、想いがこぼれた。花見で見つけたこの後ろ姿から始まった。
――わかるよ。
――今晩、うちでパーティーがあるんだけど……部屋、余ってるし、紹介するから、泊まってけば?
――そろそろ迎えが来ると思うから。用事のついでに寄ってもらったの。
アリスは振り向いた。
――ブラッドの夢は、フユ服職人。そうでしょう?
――ん? そうだけど……
――早くフランに会いたいね。
アリスは儚げに笑った。
彼女の小さな手。体育祭のダンスにかこつけて、嫌嫌触らせてくれたのは、夢だったのではないかと思うほど既に遠い。
構いたい。温めてあげたい。守りたい。もっと愛したい。
芽吹いた感情は、フランにも重ねられていた。
大賞を逃した時は、そんな想いまで否定された気がして、心にぽっかり穴が空いたようだった。
――長い目で見れば、フランは大きな一歩だよ。ブラッドの夢、私はこれからも応援してる。
空っぽの温室でアリスが言った。健気な言葉に、何度も励まされてきたのだと距離を取られた今ならわかる。
大賞を取った花は歴代作品と共に花壇に飾られるが、それ以外は消えてしまう。二人には種だけが残った。
フランと過ごした日々を忘れないよう、新年度までの休暇期間に、フランのぬいぐるみを作ることにした。本物とは違い、手触りもふわふわな布を使用している。
彼女を元気づけるつもりが、作っている自分が救われていた。ハル第一月になったらアリスに見せようとしていたのに、気づけば距離ができていた。
コリンの隣で、アリスは毎日、弾けるような笑顔を見せている。寂しいような、腹立たしいような気持ちで見つめていた。
(俺の隣に来いよ)
出会った頃は、アリスに見られる側だった。彼女が小さな体で下から眼差しを受けてくるたび、ブラッドは小動物といるような不思議な心地がした。
ブラッドは取り巻きにコリンの印象をたずねてみた。
――コリン? ああ、いいヤツっすよー。課題こなしながらバイトして、涙ぐましいっすよね。
――そこそこ人気あるみたいよ。一番下の学級からここまで上がってきたから既に慕ってる後輩もいるとか。
今日、ブラッドは勇気を出して、アリスの寮に行った。二人きりで話がしたかった。
校内新聞の後、班一覧に書かれたアリスの名前。去年の彼女の丸文字ではない。ドナか、コリンのものか。
(本当に俺を誘わないつもりか? コリンのことが好きなのか? 応援するって言っていたのに)
寮母に呼び出してもらって自覚した。アリスは意識的にブラッドから離れたのだ。
ブラッドの気持ちは止めれられなかった。
その時のアリスは、白いスモック型のワンピースに、灰色の羽織りを着ていた。フードを被っていて、髪は見えなかったが、恐らくシャワーを浴びた後だったのだろう。初めて見る部屋着姿に、彼は内心、激しく動揺していた。
アリスの黒髪には、同系色や白、紫がよく似合う。
初めて二人で街に行った日、彼女は上下白のセーラー服を着ていた。小物は全て黒。運動靴は装飾のないものを。無垢な白と洗練された黒の組み合わせ。この学校に来て、初めて誰かに強く興味を持った。
列車で見せてくれたお守りには紫と黒が使われていたし、ゾナフォーク邸では黒の縁取りが効いた紫のテーラードジャケットを羽織っていた。そのままパーティーに連れて行っても良さそうな上品な着こなしだった。
恐らく彼女は、自分と同格の家の生まれではないか? 早めに婚約しておかないと、他の男に取られかねない。もしかしたら、既に?
今日、持って行ったスノードーム型のお守りは、今、アリスの手の中にある。落としたことに気付いてすぐに引き返すと、アリスが拾ってくれたのが見えた。
ブラッドはもう一度、フランをぎゅっと抱きしめた。




