魔人との交渉 1
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伯父様がベーメンドルク伯爵領の村に住んでいると噂の魔人について調べてくれている間、わたしはライナルトと結婚のお祝いを贈ってくれた方々へのお礼状を作成したり、レンちゃんと遊んだり、たまにお兄様に新しい発明品をおねだりしながら過ごしていた。
結婚式にお兄様とお父様が撮ってくれたたくさんの写真も現像(というかプリントアウト? お兄様が画像を写真にする魔術具を作ってたけど仕組みはよくわからない)したけれど、トルデリーゼのせいで写真を見ながらきゃっきゃうふふと過ごす気分にはなれなくて、これはいったん保留。
……トルデリーゼ問題を片付けた後で、改めてライナルトと写真を見ながら結婚式の思い出に浸ってラブラブするんだもんねっ!
いちゃいちゃラブラブのお預けを食らったわたしの心は、絶賛やさぐれ中である。
あの厨二病魔王の顔を思い出すとどうにも緊張感に欠けるのだが、今がかなりまずい状態であるのは変わらない。
トルデリーゼの説得がうまくいかなかった場合、今度こそ、武力行使と言う選択が取られることだろう。
教皇猊下もいつまでも悠長に待ってくれたりしないはずだ。
十代の女の子でも権力者にとんでもない無礼を働けば、もちろん極刑もあり得る世界。少年法とかない世界だ。人間でそれなのに、相手は魔人。その選択は、相手が人間の子供のときよりも簡単に下されるだろう。
たとえ精神的に来るものがあろうとも、権力者が決定を下せば逆らうことは難しい。
トルデリーゼの場合、聖レーツェル国で好き勝手やっているため、最終判断を下すのは聖レーツェル国での最高権力者、教皇猊下となる。
魔人には市民権が与えられていないため、どこかの国が自国民だと言って口を挟むこともない。
教皇猊下の裁可一つでどうにでもなるのだ。
まあ……、相手が天災級の魔王であるので、裁可を下したところで、実行までの道のりは果てしなく長いだろうが。
何せ、軍隊を投入したところで簡単に返り討ちにできるような規格外の存在ですから。
しかし、トルデリーゼに剣を向けた時点で、彼女の保護者や周りの魔人は黙っていないだろう。
つまり――
トルデリーゼを説得できなければ、最悪、人類対魔人の戦争勃発ということだ。くわばらくわばら。
こんな状況で、能天気に新婚夫婦がラブラブできるはずもない。
ましてや、立場的には王子とその妃。そんな立場の二人が能天気に自分たちの幸せだけを考えていたら、周りから猛反発を食らう。わたしたちは立場的に、自分たちの幸福よりも自国民の幸福を考えなくてはならない。それが、身分ある立場に生まれたものの義務だ。
「お兄様、お父様たちはなんて?」
お父様たちはまだフェルゼンシュタイン国へ向けて移動中だけど、連絡を取り合う手段がないわけではない。
道中使う宿は把握しているから、先回りしてそちらへ連絡を入れればいいのだ。
お兄様は昨日のうちに、お父様たちにひとまずトルデリーゼの説得を試みる方向になったと報告書を提出していた。
その返事が今朝がた届いていて、ダイニングでミルクティーを飲みながら読んでいたお兄様は、わたしの問いかけに顔を上げる。
「何としても武力行使は阻止しろ、だってさ。ま、そんなことになれば絶対にうちも巻き込まれるからなあ。……ところでライナルトは?」
「ライナルトなら朝早くお城へ行ったわよ。トルデリーゼのおかげで会議続きなのよ」
ライナルトはどこかの誰かさんみたいに遅くまで惰眠を貪ったりしませんからね。わたしより早起きなくらいですから。
特に特別な予定がなければ、ライナルトは朝早く起きて、朝食前に庭をランニングしたり軽く剣の素振りをしたりしている。
魔王の呪いで兎の姿になっていたライナルトは、長らく人としての生活が送れていなかったせいで、武術も勉強も弟に完全に負けていると嘆いていた。魔力はディートヘルム殿下よりも多いみたいだけどね。
お兄ちゃんとしては、やっぱり弟にカッコいいところを見せたいのだろう。
だから、暇さえあれば体を鍛えているし、お勉強している。
……わたしの努力家な旦那様カッコいい!
「お兄様もライナルトを見習ったらどうかしら?」
「俺は今の自分に満足しているからいいんだ。知らないのか? 運動しすぎると体内の活性酸素が増えて早く老けるんだぞ。皺が増えたらどうするんだ」
……乙女か!
「ライナルトが早く老けるみたいに言わないでくれないかしら?」
それから、体内の魔力値が高いほど老けにくいと言われているんだから、ライナルトは大丈夫よ! 見て見なさいようちのお父様とお母様を。四十歳にもなろうかというのに、まだまだピチピチしているじゃないの。あ、ピチピチって今時死語かしら?
朝(もう昼近いけど)からナルシスト発言全開なお兄様は、現在進行形で魔王問題に悩まされているこんな非常時でも平常運転。
「あ、そう言えば会議で思い出したけど、カメラ……映る君の機能を応用して、コピー機とか作れない? この前出席した会議で、あると便利そうだなって思ったのよね」
「作って作れないことはないが、前にも言ったけど、情報漏洩なんてざらなこの世の中にそんなものを持ち込んだら大変なことになると思うぞ。簡単に情報が複製できるんだからな。何でもかんでも前世にあったものを取り入れればいいってもんでもないだろ」
「なるほど、言われてみればそうね」
確かに、外には持ち出せない重要機密情報とかをこっそりコピーして持ち出すとかされたら大事よね。
……何と言っても、ようやく活版印刷の技術が生まれたような文化レベルだからねえ。まあ、魔術がある分、前世と同じ物差しでは測れないんだけども。
何せ、印刷技術が活版印刷でも、前世レベルの速さで走る船がある。
これはまあ、魔術の技術が使われているからではあるのだが、そういう意味で、前世のレベルに追いつけ追い越せの文化もあれば、中世レベルの文化もあるという、なんか前世の今と昔とついでに近未来が混同しているような世の中だ。
そして、魔術があるせいで電気を必要としないから、今後もこの世界に電化製品が生まれることはないだろう。
電化製品の代わりが、魔術具であるのだから。
だけど、お兄様が言う通り、情報の管理は中世レベルに緩いのがこの世界である。
一応鍵がついている部屋に保管されてはいるが、指紋認証とか顔認証とか、暗証番号とかがない世界だ。鍵さえ開ければ、簡単に情報を盗み見ることができる。
……そんな世の中にコピー機とか出したら、確かに大変だわ。
カメラのときも散々まずいんじゃないかと言っていたもんね。わたしの結婚式ということで特別に二台だけ作ってくれたけど。
「今回の魔王の件だって、国民を不安がらせないために箝口令が敷かれている。会議の資料だって、会議が終われば保管用の一部を除いて焼却する徹底ぶりだろう? 保管用の資料の数は数えられていて、足りなければすぐにわかるようにしている状況でコピー機なんて導入してみろ。何のために数を数えて厳重に管理しているのかわかったもんじゃない」
ごもっともです。
管理体制を根本から覆さなければならないようなものは、世の中に出すべきじゃあないわよね。
「時代が必要としたら、そういうものが欲しいと言い出す輩が現れる。そうなった時に作ればいいんであって、今じゃない」
「お兄様も真面目に考えているのねえ」
「お前、おにーちゃんを何だと思っているんだ?」
……美容オタクで自分大好きなナルシスト。
なんて今この場で言ったら怒られそうだから、やめておこう。
わたしは笑って誤魔化して、少しぬるくなった紅茶に口をつけた。
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