EP33--綺堂院昭徳5――全力鬼ごっこ
2022年 11月25日 12時46分
椎名の様子がおかしい――そのことにいち早く気づき対策を取ろうとしていたちんちくりん……悠野妹と椎名を引き離すために興に白羽の矢が立った。俺はそれに同行する形で今こうして椎名とともにいる――いるのだが。
「お兄ちゃん、煙草いる?お酒いる?それとも……興お姉ちゃん? 」
「飯は食わせてくれないのかよ?!こんな昼間から酒とか飲めるか!あと興はいつも必要に決まってるだろっ! 」
なぜかおままごとに付き合わされていた。
「昭徳、あんまり大きな声を出したらだめだよ……あと私も昭徳はいつも必要だからね? 」
「それにしてもなんで俺が父親役で興が姉役なんだ? 」
俺が親父役なら興は御袋役だ。そう思っていたのだが興が姉役になっていたから椎名に訊ねると、
「興お姉ちゃんにお母さん役は絶対に似合わないよー? 」
などという不明瞭な答えが返ってきた。
「こう見えて……というよりは見た目通り、興は家事スキルも高いし、お袋役にふさわしいと思ったんだがな」
「……花嫁修業中、だからね」
「お、おぅ! 」
……これ、今指輪渡してもいいんじゃねぇか?そんなことを一瞬考えてしまったのだがそれは違う、こんな勢いじゃなく完璧なシチュエーションで渡すのだと思い直し、無意識にズボンの左ポケットにやっていた手を下す。
そんな俺の逡巡には二人とも気づいていなかったらしく、
「お兄ちゃんってかっこいいけどシャイだよねー」
「……うん、それが昭徳の、魅力」
勘違いした二人が俺の目の前でにこにことした笑みでそんなやり取りをしていた。
「そ、それでどうして姉なんだ? 」
このままでは2人の中での俺のイメージがシャイボーイになってしまう。それを避けるためにも話を戻す。
「興お姉ちゃんって優しいし、あたしのお母さんとは全然違うから……お姉ちゃんみたいだなって思ったんだー」
「椎名さんのお母さんってどんな方、なの? 」
「えっと、いっつも怒ってて、あたしが男の子と一緒に鬼ごっことかチャンバラとかしてたらすぐにたたいてくるの。女の子がそんな乱暴な遊びをしたらダメだって……」
それって……。
「……椎名ってその、生物学的には男なんだよな? 」
見た目は女性……というよりも少女、今の椎名の口調も女相まってつい訊ねてしまう。
「……? 生物学? 」
「あー……えっと、そうだ! 椎名はトイレを立ったまましたことあるか? 」
「うん、……でも立ってしてたらお母さんに怒られたから、今は座ってしてるよ? 」
……トイレの仕方にも口を出すのかよ。椎名の母親って何ていうか……。
「ちょっとその……教育熱心? すぎるね」
横で話を聞いていた興も同じことを考えていたのか、困惑した表情を浮かべていた。
それから十数分、おままごとに付き合いながら椎名と話をしていると椎名の今の性格がどういった事情を経て形成されたものなのか、おおよそのことがつかめてきた。
――椎名の今の性格は母親に強要され、女の子として振る舞わされていたためにできたものだということ。
――その強要の仕方は尋常ではなく、誰と遊ぶか、何をしていいのかといったものから箸の持ち方、人との話し方、トイレの仕方に至るまで、罵声と暴力によって植え付けられたということ。
今の椎名の精神状態は、会話の内容から察するに小学校低学年くらいだ。そのくらいの年齢の子供にとって母親とは、絶対的なモノのはずだ。その母親から強要されたのであれば、ここまで徹底して母親の教えを守っているということにも理解ができた。
――気に入らねぇ。
「……なぁ、興。俺のやりたいようにさせてもらっていいか? 」
胸に湧き上がる苛立ちを何とか抑え込みながら、興に訊ねると、
「うん、私は何をしたらいいかな? 」
薄く笑みを浮かべながら協力を申し出てくれる。
……ふぅ。
「椎名、おままごとはおしまいだ! 俺と興と一緒に鬼ごっこしようぜ! 」
興の協力が得られるのであれば何の心配もない。多少強引にでも椎名を男にしてやる!
「ふぇ? お兄ちゃんどうしたのー? 」
案の定戸惑った椎名が可愛らしく小首をかしげているがそれを無視して――
「俺が逃げる、興も逃げるから捕まえて見せろ! 」
「え? 私も? 」
座り込んでいた興の腕を取って強引に立たせ、そのまま走り出す――!
「協力するって言ってくれたよな? なら興も走れ! 何としてでも椎名から逃げるんだっ! 」
「……これが昭徳のやり方? 」
「あぁ! まずは椎名と思いっきり遊ぶんだ! 」
「……仕方ないなぁ、昭徳は」
そう言いながら自分の足で走り始める興。その腕を解放して二人で別々の方向へと逃げ始めた。
その様子を呆然と眺めていた椎名も、
「あはははは! お兄ちゃんって強引だなぁ! 」
笑いながら立ち上がり、俺たちのほうへと駆け出す――
「そんな強引なお兄ちゃんから捕まえに行くよー! 」
――二手に分かれた俺たち、椎名のターゲットになったのは俺だった。
「おぅ! かかってこい――」
椎名は背も小さいしちょっと手加減してやるか――などと一瞬考えたのだが、
「ってちょっ椎名足早くね?! 」
その考え、余裕は文字通り一瞬で消え去る。
「手加減なんてしないよー?まてー! 」
それどころかさらにペースを上げて距離を縮めはじめた。
「うりゃー!! 」
「勘弁してくれぇー!! 」
慌てて全力で椎名から逃げ始める俺。
「あはははははは! 」
それを難なく、笑いながら追いかけてくる椎名。
俺のプライドを賭けた全力の追いかけっこはこうして始まった――。




