EP34--悠野涼香9――転。
2022年11月25日 13時20分
お父さんたちとの会話が終わり、私は真っ先に優くんの元へと向かっていた。
「優くん、綺堂院さんと仲良くやってるかなぁ……」
綺堂院さんのほかにも興さんが一緒だし、何か問題が起きているということはないだろう。だけど綺堂院さんは人をからかうのが大好きみたいだし、優くんはあの状態だ。格好のおもちゃにされていないか……
「心配なんだよ……」
そんなことを考えながら歩調を早めていると、
「まてー! あはははは! 」
なんだか楽しそうな声と、
「よせやめろ! 来るなー!! 」
全力で絞り出された悲鳴が聞こえてきた。その二つの声が誰が出しているものなのかは明白で、先ほどまでの想像と真逆の展開が繰り広げられているのだということが容易に理解できた。
「なんだかよくわからないけど……もう走る必要はなさそうなんだよ」
だから私は小走りになっていた足をゆっくりとした動きへと変え、その心地のいい喧噪に耳を傾ける。
ゆっくりと歩いていると、次第に声は近づいていき、その姿が見えてくる。
「あっ! 涼香ちゃんだっ! 」
私が優くんを見つけた瞬間、優くんも私を捉えて大きな声を出しながら追っていたであろう綺堂院さんからターゲットを私に変え、駆け寄ってきた。
近づいてきた優くんはそのまま、勢いを殺さずに飛びかかってきた。それをなんとか受け止めながら挨拶をする。
「お待たせしたんだよ、優」
「ううん、あのね、お兄ちゃんと鬼ごっこしてたんだー。だから全然退屈じゃなかったよー」
優くんはどうやら綺堂院さんと一緒に鬼ごっこをしていたようだ。優くんと一緒に遊んでくれていた綺堂院さんにお礼を言おうと思い、その姿を探すと、
「ぜぇ……ぜぇ……」
もはや指一本も動かせない、そう言った様相で地べたに倒れ伏す綺堂院さんと、
「昭徳、だいじょぶ? 」
綺堂院さんを心配、してる……のかな? 傍らにしゃがみこみ頬を指でつんつんしている興さんの姿が目に入った。
一先ず抱きしめていた優くんの体を離し、代わりに手をつないで綺堂院さんたちに駆け寄る。
そうすると少しだけ息を整えられたのだろう、頬をつついていた興さんの指をはむっと咥えて反撃した後立ち上がった。
「お兄ちゃん大丈夫? 」
「興分補給完了したし、もう大丈夫だ……っとっと」
勢いよく立ち上がった綺堂院さんだったが、まだ完全に体力が回復したわけではないようで……なんというか……
「綺堂院さん、生まれたての小鹿みたいになってるんだよ……」
口調はいつもどおりなのだけど……本当に大丈夫なんだろうか?
「ふぅ……どうだ椎名、お兄ちゃん足早かっただろ」
「うんっ! 」
綺堂院さんの必死な、本当に必死な強がりに頷いた優くんが私の手を離し、甘えるように綺堂院さんに抱きつく。
「おっと」
その抱擁に一瞬だけよろけた綺堂院さんだったが難なく受け止め、
「やっぱり椎名はかわいいなー」
そう言って頭を撫ではじめた。その姿は兄弟というよりも親子に見えて……
「これはこれで楽しそうだし、いい感じなんだよ……」
ついそんなことを漏らしてしまった。
「ん? ちんちくりん、なんか言ったか? 」
……。
「……綺堂院さんがお義父さんになるのは絶対嫌だなって言ったんだよ」
「それはどういう意味だこらっ! 」
「言葉通りの意味なんだよっ! 」
「俺もお前みたいなちんちくりんが娘になるとかぜってー認めねぇからな! 」
また口論になる私と綺堂院さん。でもなんだか、こんなやり取りも楽しい気がしてきた。
だから私は今を楽しむ。そして必ず優くんに女の子として好きになってもらう。そのためには―ー。
「綺堂院さん! 優『くん』は絶対に譲らないんだよっ! 」
綺堂院さんたちのように今の優くんも男の子扱いしよう。そして元の優くんに戻ってもらう。そのうえで告白するんだっ!
そんな私の決意に気づいたのか、綺堂院さんはそれ以上何かを言うことはなく、いつの間にか離れたところで見守っていた優くんと興さんの元へと歩き始めた。
私もそれに倣い綺堂院さんの後を追う。私が近づいて来るのを見た優くんは私のもとまで走ってきて、
「涼香ちゃん、涼香ちゃんも一緒に遊ぶ? 」
私の手を掴んで引っ張りながらそんなことを言ってきた。
「そうだね――」
優くんの言葉に頷いて何をして遊ぼうか考え始めた瞬間、微かな振動が私たちを襲う――
その揺れは次第に大きくなって――
「興っ!手を掴めっ! 」
綺堂院さんの怒号が響く――
「涼香ちゃんも『僕』の手をしっかり握っててっ! 」
優くんも掴んでいた私の手に力を込めながら叫んだ。
そこからどのくらいの時間が経っただろうか、必死だったので正確には分からない。大きい音が響き、何かが割れるような音がトンネル内にこだまする。次第に揺れが収まっていくにつれその他の音も収束していった。
「涼香ちゃん、大丈夫? 」
耳元で優くんが優しい声で訊ねてくる。
「うん、大丈夫なんだよ……」
いつの間にか目の前にあった優くんの目を見ながらそう答えると優くんはほんの一瞬だけ表情を緩めた後厳しい目つきで周囲を見渡す。
「興、立てるか? 」
「大丈夫、だよ……」
手をつないだまましゃがみこんでいた興さんを心配そうに見つめる綺堂院さんとその手を支えに立ち上がろうとしている興さんの姿が見えた。
「ふぅ……」
優くんが深いため息をつく。どうやら近くにいた2人の安否が気がかりだったようだ。
「おい椎名達っ!お前たちは無事か? 」
興さんが立ち上がってすぐに綺堂院さんたちが私たちのもとに駆け寄ってくる。
「『僕』は大丈夫です、涼香ちゃんは…… 」
「私も大丈夫なんだよ」
「――だそうです。お二人も怪我とかしてないですか? 」
「あぁ、何とかな。なら急いで悠野姉たちのところに戻るぞ」
「はいっ! 」「了解なんだよ」「そうだね」
綺堂院さんの提案に全員が肯定しお姉ちゃんたちがいるほうへと歩きだす。
「涼香ちゃん、今まで以上に何が落ちてるかわからないからしっかり『僕』の手を掴んでてね」
優くんがそう言いながらずっとつないでいた手に力を込めてくれる。
「……わかったんだよ」
非常事態だということは理解している。だけどその優しさに胸があったかくなって……私も優くんの手をしっかりと握りしめながらお姉ちゃんたちの元へと早足で歩き続けた――。




