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六人のトラワレビト  作者: よるねこ。
√A 6人のトラワレビト
19/38

EP19--椎名優7――誤解と感謝

2022年 11月25日 3時7分


これはいったいどういう状況なのだろう?


涼香ちゃんと抱き合ったまま、涼香ちゃんのお父さんと初めて顔を合わせ、会話をしている。


……まずい。これ、下手をすれば殴られるんじゃないだろうか?


お父さんが見たのは、嫁入り前であろう涼香ちゃんと抱き合っている見知らぬ男性。間違いなく激怒されると思っていた。


そんな僕の心配をよそにお父さんが口にしたのは大破した自分の車の事だった。


その話題に触れたお父さんはひどくしょんぼりとしていて、二重の意味で言葉が出ない。


どうやら、言葉が出ないのはこの場にいた全員であったらしい。広いトンネルの中でどこから吹いているのかわからない風の音だけが響いた。


「……父さん、気の毒だが私が気が付いたときには既に」


沈黙に耐えられなくなったのだろう、静香さんが重い口を開く。


その言葉で事実を理解してしまったお父さんは一瞬うつむき、


「いや、私達全員が生きているこの幸運を喜ぼうか」


苦笑いを浮かべながら呟いた、


お父さんが頬を叩く、気持ちを切り替えるためのようだ。


その試みが成功したのだろう、お父さんは表情を引き締めて今度は僕たちの方――正確には涼香ちゃんを見ながら、


「それで……涼香、君が抱き合っている子はどなたかな?」


そう尋ねてきた。


その言葉を受け、慌てて体を離す僕と涼香ちゃん。離れる瞬間にほんの少し目が合い、同時に赤面する。


目を逸らし、お父さんに向き直ると、


「えっと……優くんだよ」


赤い顔のまま、短い言葉で僕のことをお父さんに紹介してくれる。


「あの! 椎名優と申します! 」


慌てて僕も名乗った。


「椎名優――君?」


お父さんは僕の名前――というより、涼香ちゃんの呼び方に驚いた顔を浮かべて、

 

「えっと……椎名君?は男の子なのかね?」


当たり前のことを聞いてきた。だが、そう思っていたのは僕だけの様で。


「私もつい先ほどまで疑っていたのだが免許証を見させてもらったよ……間違いない、彼は男の子だ」


疑問を抱いていたのは年齢だけではなかったらしい静香さんと、


「優くんはこう見えて間違いなく男の子なんだよ?私を助けてくれた時にお姫様抱っこしてくれたんだけど……すっごく力強くてかっこよかったんだよ」


頬を緩めながら熱に浮かされたように話す涼香ちゃん。


「……」


どうやら最初から僕のことを男だと思っていた人はいなかったようだ……そして何気に涼香ちゃんのほうがひどい。こう見えてって何なんだよ……。


「……ということは涼香と抱き合っていた椎名君は男の子で、涼香のボーイフレンドというわけなのだね?! 」


事実を再確認しながらテンションを上げるお父さん。


「ち、違います!! 」


その勢いに驚き、咄嗟に大きな声で否定してしまった。


「……うぅ」


全力で否定したせいで涼香ちゃんは落ち込んでしまった。


「……私に女の子としての魅力なんてないんだよ」


そしてそのままあさっての方向に誤解をし、落ち込んでしまう。


「いやいや! 涼香ちゃんの魅力がないんじゃなくて、僕なんかが涼香ちゃんのボーイフレンドだなんておこがましいって意味で!! 」


慌てて訂正する。そんな僕たちのやり取りを見ていたお父さんは笑いながら。


「君たちのことは大体分かったよ……」


そう言い、目じりに浮かんだ涙を指で拭う。ひとしきり笑って満足したのだろう、僕の手を握りながら


「自己紹介が遅くなって申し訳ない、私の名前は[悠野修一]だ」


名乗ってくれた。握られた手の大きさは僕のものよりも一回り以上大きくて、


「え、あの……よろしくお願いします」


思い出の中の……僕の本当のお父さんの手を思い出してしまい、複雑な気分になりながら返事をする。


「……椎名君は見た目通りというか、シャイなんだね」


僕の気の籠っていなかった返事を別の意図と受け取ったお父さん――修一さんは緩んだ笑みをさらに緩め、僕の手を離した。


「ちなみにこんな可愛らしい優だが、私達全員の命の恩人だ」


黙って見守っていた静香さんが僕たちの間に入ってくる。


「どういう意味だい?……いや、さっきの涼香の言葉で大体想像はつくんだが」


修一さんは笑みを消し、真面目な雰囲気を出しながら静香さんに問う。


「本当なら今頃、私たちは全員あれの中にいたはずなんだ」


話題にしたくなかったのだろう、苦いものをかみつぶしたような表情で車の残骸を指さす。


「そこに偶然居合わせた優が、私たちをあの中から引っ張り出してくれたようでね」


そこで少し黙りこみ、僕に微笑みかけてくれる静香さん。だけどその微笑みは感謝だけではなく憐みのようなものが含まれている気がした。


「――優がいなければ私たちは全員、死んでいただろうな」


最後の言葉をなぜか強調するように、少し大きな声で放った。


「……事情は把握した、いや……本当にありがとう」


静香さんの説明を最後まで聞いた修一さんは、これまでの人の好さそうな態度を完全に消し、深々と頭を下げる。


「当然のことをしただけなので顔を上げてください! 」


大の大人が頭を低くしている光景に耐えられなかった僕が叫ぶと、


「……ありがとう」


修一さんは頭を上げ、僕の目を見ながらもう一度お礼を言ってくれた――。

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