EP18--悠野涼香5――恋した人の傷に触れる
2022年 11月25日 2時48分
――抱きしめられた抱きしめられた抱きしめられた……!!
小さな地震が起きてすぐに、ほんのわずかな時間ではあったが優くんが私のことを守るために抱きしめてくれた。
「ふあぁ……」
つい、言葉とは呼べない声が漏れた。
……今さっきまで、私は何をしていたっけ?それすらも思い出せないほどに混乱してしまう。
「あぅあぅあぅ……」
顔が真っ赤になり、何も考えられない。
真っ赤になった顔で、二人の様子をうかがう。何やら呆れたような顔をしているお姉ちゃんと、私を見て心配そうにしてくれている優くんの姿が見えた。
その二人が何かを言っているがうまく聞き取ることができない。
ぼんやりとみていると会話が終わり、やけに深刻そうな表情を浮かべたお姉ちゃんが立ち上がってお父さんの元へ歩いて行ってしまった。
――お姉ちゃんがいなくなったことで、優くんと二人きりになってしまった。
お姉ちゃんが目覚めて私に話しかけてくるまで、ずっと抱き合っていたのだが、それは意識を失ったままの優くんであり今の目を覚ました優くんではない。
その事を意識してしまい、頬の熱は一向に熱を下げてくれることがない。
「涼香ちゃん……大丈夫?」
心配そうに尋ねてくる優くん。
「 だ、だいじょぶですなんだよ! 」
急に話しかけられ、慌てて返事をする。
「……それならいいんだけど、ごめんなさい」
さっきから浮かべている心配そうな表情はそのままに、私に謝罪の言葉を述べた。
「……えっと、なんで謝るの?」
その謝罪の意味が分からず、問い返すと、
「その、地震から涼香ちゃんのことを守るためとはいえ、女の子を急に抱きしめちゃったわけだし……」
優くんも思いだして恥ずかしくなったのだろう。頬を少し赤らめながら弱々しい声で説明してくれた。
「それはその! 嬉しかったですから! 」
優くんは悪いことをしたわけじゃない、むしろとっても嬉しかった。その気持ちが全面に出てしまったのだろう、つい大きな声を出してしまった。
「あはは……ならいいんですけど」
その声にびっくりしたのか、少し引き気味に返す優くん。
「そんなことより! 優くんは怪我とかしてないですか?」
動揺を見られてしまったことでの恥ずかしさをごまかすために、話題を変える。
「心配してくれてありがとう」
優くんは私の動揺に気付いていただろう。
だけどそれには触れず、にっこりとほほ笑みながらお礼を言ってくれる。
「僕はこの通り、大丈夫だよ」
そう言いながら左手で握りこぶしを作り、大丈夫であることをアピールするために軽く振ってくれる。
その少しお茶目な姿に自然と笑ってしまった。そのおかげで気持ちが楽になる。
楽になったおかげで冷静さを取り戻し、自然と言葉を交わせるようになった。
「何度も助けてもらってありがとう、優くんってヒーローみたいだよね」
――何気ない一言だった。だけどその言葉が優くんにはとても重要なことだったみたいで……
「……僕はヒーローなんかじゃないよ」
先ほどまでの弱々しさはなりを潜め、淡々と事実を述べているような感情のない声でそう答えた。
その優くんの目には明確な悲しみの色が宿っている。
「僕は一度失敗してるんだ……ヒーローなんかじゃないよ」
その言葉は後悔と……優くん自身に対するものだろう。失望によって彩られていた。
「僕は弱いんだ……だから決して、ヒーローなんかじゃないんだ」
その言葉を最後に下を向き、口を閉ざす優くん。悪いことをして叱られた子供のようだった。
うつむいた優くんの姿を見ていると、胸がひどくしめつけられる。いてもたってもいられなくなり思いっきり抱きしめた。
突然の私の抱擁に驚いたのだろう。大きな声で、
「涼香ちゃん! なにを?!」
叫びながら私の抱擁から逃れようとする優くん。抵抗を受けても離すつもりはない、抱きしめる力を強くしながら、
「……急にごめんなさい、優くんがなんでそんなことを言うのかはわからないけど、そんな顔しないでほしいんだよ」
幼い子供を諭すように頭を撫でながら耳元で囁いてあげる。
優くんに私の思いが伝わったのだろう。逃げようとするのをやめて力を抜いてくれる。下を向くことをやめた優くんは、私の目をしっかりと身ながら、
「……ありがとう、涼香ちゃんにこんなことをさせちゃうくらい心配させちゃったよね」
お礼を言ってくれた。――落ち着いてくれてよかった。これなら優くんのことを離してもよさそうだ……ん?この状況って、私と優くんが抱き合っていて、零距離で……。
「へぁ?!」
自分が何をしてしまったのかに気付いてしまい変な声が出た。
抱きしめてる?! それも優くんからじゃなく私から――!
「あぅあぅあぅ……」
再び混乱モードに突入してしまう。そんな私を見て、
「涼香ちゃん大丈夫?! いったん離れて、それから落ち着いて?! 」
私以上に動揺し、慌てている優くん。
「なにをやっているんだ?君たちは……」
ドタバタしている私達二人を交互に見ながら、お姉ちゃんが呆れている。
「……あの涼香がこんなことをするとはね」
その後ろから、今まで意識を失っていたはずのお父さんも顔を出した。――え?
「お父さん?!」
いると思っていなかったお父さんの姿を見て、つい大きな声を出してしまう。
そんな私をみて、にやにやと笑いながら、
「目を覚ましてすぐ、何やら騒がしいなと思ってみたら涼香が知らない子と抱き合っているとは」
からかわれた。その表情はとても楽しそうで、見ているともう大事はないということが分かる。からかわれたことによる照れよりもまず、
「……よかったんだよ」
無事、お父さんが目を覚ましてくれて本当によかったと思った。
「心配かけたみたいで悪かったね、体も何ともないしもう大丈夫だ」
にやにや顔をにこにこ顔にしながら、お父さんがさっきの優くんみたいに握りこぶしを作りながら腕を振る。
「そんなことはさておき、いろいろ聞きたいことがあるんだがいいかな?」
笑みを絶やさないまま優くんを見ながら問いかけてくるお父さん。目を合わせた優くんはまだドキドキしてくれているのだろう、声を出せずぺこりと頭をさげ、了承の意を示した。
「まず……あそこに見えるのは私の車なのだろうか?」
ひどくしょんぼりした顔で指さしたのは確かにお父さんの車で――誰が見ても明らかなほどに大破している。
車の残骸を見るしょんぼり顔のお父さんの問いには誰も答えられなかった。
そしてその沈黙の間も、優くんと抱き合ったままだった――。




