本当の名前
彼女は闘っていた。
自分に埋め込まれたマイクロチップと
それを使って自分を支配してるGと
無理やり作られた二重人格と
そして自分自身と
運命と
その闘いがいつから始まっていたのかは定かではないが、あの時一瞬俺に見せたあの表情は自分が闘っていたという合図だったのかもしれない。
今彼女は俺に抱えられている。
彼女が今までご主人様と呼ばされたその男殴られ、蹴られ、ごみくずのように扱われた彼女は俺の元に戻ってきた。
皮肉にもそれによって彼女の闘いに終止符が打たれることになるのだが…
俺もそれに最初は気づくことができなかった。しかしGのあの言葉によってやっと気づくことができた。
「俺に謝るときそいつは最初から俺のことは見てなかった、目線は確かに俺のことを見てたかもしれない。けどな心はずっとお前ことを見てたんだよ。」
「だからそれに気にくわなくて絵空にあんな仕打ちをしたのか?」
「そうだよ…主人に歯向かうからにはお仕置きをしないとな…」
本当にこいつは俺の親友だった男なのか?
全く実態を掴めない、恐怖すら感じてしまう。
「だから…そいつ…を…返せ…、そいつは…」
Gがそう言いながら俺達のほうにゆっくり、静かに、生気を無くしたゾンビみたいに近づいていく。
俺の手にはさっきあいつから奪った銃がある。それを1発撃ち込めば全てが終わる、その後、この施設にいるはずの委員長を見つけてこの物語はハッピーエンドになるはずだった。
けど俺には仮にも俺の親友だった、いくら俺が覚えていなくてもどうやら体が覚えているらしい。
俺はGに向かって銃の引き金を引くことができない。
そうしてる間にもGは俺と絵空にちゃくちゃくと近づいてくる。
「くそっ!なんで、なんで…」
「そいつを…そいつを…」
Gの手が今まさに絵空に届いきそうになったその時
「Y君ちょっとどいて…!」
その瞬間、俺はいきなり後方に向かって吹っ飛ばされた。
けど一瞬で力の加減をしたのか、それともそれだけの力しか出せなかったのかはわからないが隅の壁に打ち付けられるぎりぎりとところで俺は止まることができた。
俺は何が起こったが分からなかったが、誰がやったのかははっきりと分かる。
「じゃあね、ご主人様…」
俺の後方に飛ばした犯人…絵空は自分に向かってきたGに向かって強烈な一撃をGに叩きつけた。
「ガッ…」
Gは口から赤いものを撒き散らしながら俺とは反対側の壁に叩きつけそのまま寄りかかるように崩れ落ちた。
そして絵空もその場に倒れこんだ。
俺は絵空のほうに駆け寄った。どうやらダメージは結構少なく直ぐにあることができた。
しばらくして彼女が目を覚ます。
「絵空、大丈夫?」
「う…うん…大丈夫…、あと…ありがとう…」
「そんな…助けるなんて当たり前じゃないか!」
「助けてくれるなんて当たり前じゃない…、私がお礼を言いたかったのはそれじゃない…」
こんな状態でもさらっとこんなことを言えるなんて実に彼女らしい。
「私があいつの支配に勝てたのはY君のおかげなんだよ…、あいつに支配されてる時もずっと頭の中でY君との思い出や言葉が周りめぐって…それで勝つことができた…。」
「そうか…良かった…。」
「それでね…私思い出したの。」
「何が?」
「自分の本当の名前…」
「ほ…本当に?」
「私の本当の名前は優歌っていうの…優しい歌って書いて「ゆか」」
「優歌か…いい名前だね。」
絵空…いや優歌はあいつによって記憶を消された。自分の名前すら思い出せなかった。けど今彼女は名前を思い出した。
もはや奇跡といってもいい出来事だ、
それがご都合主義だと呼ばれてもかまわない。
だって今の彼女は今まで見せたどの笑顔よりいい笑顔をしているのだから。
「そんなハッピーエンド、俺が許さない…。」
「あっ…あああああああ!!!」
急に優歌の叫び声がこの場に響く。
彼女は叫び声とともに頭をかかえ倒れこみ苦しむようにのたうち回った。
口からは唾液と泡で溢れだし、瞳孔は完全に開きかけひたすら彼女はさっきまでの笑顔とは違う表情をしている。
「優歌!大丈夫か!一体なにが…!」
「ああ…Y君…助けてぁ…ぁ」
だんだんの優歌の声が小さくなり次第に聞こえなくなりその場に倒れた。。
「優歌!優歌…!」
俺が必死に彼女の本当の名前を呼び続けた。
そして
「なに」
「えっ!」
「よいしょっと」
彼女は今までの出来事がなかったかのように普通に立ち上がった。
「なにって今の今まであんなに苦しそうにしてたのに…」
「あああれね…冗談だよ!冗談!」
「そ…そんなんだ…」
俺は彼女のその態度の変化にいいまでない不安と恐怖を感じた。
そして案の定その不安は当たった。
「Y君、あいつから奪った銃は今ポケットにあるよね?」
「う…うん」
「そうか…」
その言葉の後優歌は俺に顔めがけて蹴りを繰り出し俺はその場に倒れこんだ。
「優歌…一体なにを…」
優歌は俺に近づきポケットに入れておいた銃を取り出す。
「ゴメンね~Y君、これもご主人様の命令だから~!」
「ご主人様って…まさか…!」
「その通りだよ、Y…」
部屋の隅でその声が聞こえてくる。
「銃は奪ったか?」
「うん、奪ったよ、ご主人様!」
「そうか…なら死んで…」
「えっ…おい…優歌…!」
優歌は俺から奪った銃を自分の右こめかみにあてる。
そして…
「はい、ご主人様!」
パァァァァン
鈍い銃声がその部屋に響き渡った。
その乾いた音とともに優歌という人間は最後まで残酷な運命に勝てることができずこの世から消えていなくなった。




