幼少の追憶
突然の公爵令嬢の訪問に門番たちは困惑する。
アミーリアほどの身分の令嬢が来るような場所ではないからだ。
「これはアミーリア様。このような場所にお出ましになられるとは。。」
「ここにメアリーという少女が投獄されていると聞きました。どこにいるの?」
門番たちには判断がつかず上長に取り継ぐが、上長とて田舎の役人に過ぎず、公爵令嬢であるアミーリアに逆らえる立場ではない。
「メアリーのいる牢に案内しなさい」
アミーリアはそう言って国の重鎮であるラドフォード公爵家の紋章を門番と上長に見せる。
それを出されたら言う通りにするしかなかった。
門番たちが恐れているのは、後日ラドフォード公爵からアミーリアを地下牢に案内した事に対して罰を受ける事だ。
それを察知したアミーリアは自分が勝手に頼んだ事でお父様は預かり知らぬ事。
あなたたちには何も罪はないと言い門番たちを安心させる。
そしてたどり着いた地下牢。
汚物のひどい匂いにアミーリアは鼻をふさぐ。
メアリーが投獄された地下牢は劣悪というにも生易しいほど酷い環境であった。
汚物は垂れ流しで害虫が床をはいつくばり、窓もない換気するような通気口もない部屋というよりも小さなほら穴であった。
拷問で口も聞けなくなったメアリーを見てアミーリアは絶句する。
両足が折れて立てなくなり、気を失ったまま目も開かない。
生きているのが不思議なくらいの状態だ。
「ひどい。。これはやりすぎよ。ここまでしなくてもこの子は犯罪なんて出来る子じゃないわ」
「アミーリア様にそうおっしゃられましても、あっしらも教会からの指示でやっているんでっせ。とにかく痛めつけて自白させろってね」
「これ以上の拷問はやめなさい。死んでしまうわ」
「それが。。教会の指示がある限りあっしらはその命令に従うしかないんですよ。つまり自白するまで続けろって事です。まあ、おおよその察しはつきますぜ。誰か貴族の身代わりにされたんでしょう」
「私が言っても止められないのですね」
「申し訳ごさいやせん。こればかりはあっしらの命もかかってますので」
教会の意向に逆らえば牢番も罪を問われる。
〔この人たちは教会の指示でやっているだけ。ここで下手にやめさせたらこの人たちも危険にさらされる〕
アミーリアは拷問の取り止めが出来ないのなら、せめて環境だけは変えさせようと再度上長を呼び寄せる。
そして自身の公爵令嬢の地位を使ってメアリーを今の地下牢から貴族用の上層階の牢に移すよう命じた。
「メアリーを今すぐ貴族用の牢に移しなさい」
「アミーリア様、この者は平民でございます。貴族用の牢に入れるなどありえません」
「私の言う事で聞けないというのならお父様に来てもらいます。意義があるのならお父様に直接訴えなさい」
それを言われては上長も従わざるを得なかった。
タンカに乗せられてメアリーは貴族用の牢へと移された。
地下牢とは天国と地獄の差である。
ベッドはあるし、鉄格子が付けられてはいるが窓もある。
メアリーはベッドの上に寝かされた時、違和感に気がついて薄っすらと目を開いた。
真っ暗闇に慣れた目に光が眩しかった。
〔ここはどこ? 光がある、ベッドに寝かされている。どうしたというの?〕
なぜ真っ暗な地下牢から明るい牢に移されたのか理解が追いつかないメアリーにアミーリアが声をかけた。
「メアリー、もう少しだけ辛抱して。必ず助けるから」
アミーリアはそう言って足早に牢から立ち去っていく。
その後ろ姿をうっすらと目を開けてメアリーは見ていた
〔アミーリア様? 私を助けると言ってくれたの?〕
絶望の中、メアリーにはアミーリアが言った言葉が心の中に響いていた。
そして彼女のおかげで貴族用の牢に移された事も理解した。
〔ありがとうございます。でも、もう無理そうです。。〕
メアリーはすでに食事も取れない状態で体が衰弱していたのだ。
☆☆☆
アミーリアは急ぎ次の場所に向かった。
メアリーの拷問を命じている教会である。
教会の神父、つまりメアリーの父親の依頼で彼女をピエールの屋敷に紹介したトーマス神父にアミーリアは謁見する。
「神父様、メアリーに対する拷問を直ちに中止して下さい。彼女の無実は私が証拠を集めます」
「残念ながら貴族たちの証言が揃ってしまっている以上、メアリーの犯行は確定しています。いくらアミーリア嬢の頼みでも犯罪者を無実にするわけにはいきません」
「メアリーが金貨を盗むはずがありません。もしそうなら金貨はどこにいったのです? あの子が父親の借金以外に20枚もの金貨を使う目的などないでしょう」
「どこかに隠して生涯にわたって生活費にするつもりかもしれません。その隠し場所を調べるための拷問です。アミーリア嬢、メアリーの無実を証明する確実な証拠を提示して頂かない限り、たとえあなた様でもこの一件は動きません」
〔おかしい。。〕
アミーリアはトーマス神父の話がおかしい事に気がついた。
言っている事に間違いはないのだが、拷問を一旦中止にして証拠が取り揃うまですら待てないとはどういう事なのか。
〔まさか、神父までピエールに取り込まれたのでは。。〕
アミーリアはピエールがいざという時のために至る所に盗んだ金をばら撒いて口裏を合わせさせていると推測した
「わかりました、もう頼みません。私は私のやり方でメアリーを助け出します」
教会に掛け合うのは無駄と判断したアミーリアは盗まれたという金貨20枚を自ら持参してナヴァル伯爵に渡し、メアリーを釈放させるという手段を考えた。
公爵令嬢の彼女は金貨20枚なら自身の裁量で使える金額であった。
「なぜここまでしてあの子を助けなければいけないのかしら?」
アミーリアは不思議な思いにとらわれていた。
貴族の中でも最高位である公爵令嬢のアミーリアが、平民の少女1人見捨てたところで痛くも痒くもない。
だけど助けずにいられなかったのだ。
ーーー
アミーリアが5歳の時であった。
父親であるラドフォード公爵に連れられてメアリーの住む街に来ていた。
父は仕事で来ているので、アミーリアと一緒に過ごせるのは夜の食事から寝るまでの時間だけであった。
昼間は従者にいろんな場所に連れて行ってもらえるが、父と一緒にいたいアミーリアは不満であった。
そんな時たまたま訪れたメアリーの街、ロスメル公爵領。街といっても小さな商店街が中央に集まっているだけで、大半が農地であるが。
そこでメアリーと出会うのだった。
「お嬢様、いけません。その子は平民です。公爵令嬢のあなた様が相手にするような者ではありません」
従者にとがめられてアミーリアは不思議そうな顔をする。
「どうして? 貴族だから平民と遊んじゃいけないって誰が決めたの?」
アミーリアの屋敷で働いているメイドはみんな平民出身である。
彼女はメイドたちと仲良くしていたので、貴族と平民の壁というものをあまり意識せずに育った。
「誰が決めたというよりも貴族が生まれた時からのしきたりでございます」
「変なの。私はこの子と遊びたいだけよ。時間が来たらちゃんと帰るから」
アミーリアにそう言われては従者たちもそれ以上何も言えなかった。
何かあった時の対処をすぐ出来るように見守るだけであった。
同い年の平民の女の子に興味を持ったアミーリアは従者が怪訝な表情をしても構わずメアリーと遊んだ。
貴族の知らない平民の遊び。
木の棒を転がしてその止まる位置で点数を競う競技のようなものである。
アミーリアは初めての遊びに興味津々であった。
2人で棒を転がして楽しそうにする姿を従者は不思議そうに見ていた。
そしてアミーリアはメアリーと気が合った。
話をしてると楽しいし、この子になら何でも話せそうな気がすると思うほど相性が良かった。
「あんなに楽しそうなお嬢様は初めて見た」
「平民の子供と遊ぶなどあり得ないと思っていたが。。ここは時間の許す限りお嬢様を自由にさせてあげよう」
従者たちもメアリーに危険がなく、アミーリアが楽しそうにしているのを見て時間が許す限り好きにさせてあげる事にした。
アミーリアはメアリーが家の仕事を手伝っていると聞いて計算のやり方を教えてあげた。
アバカスと呼ばれる縦線に小石やコインなどを置いて計算するやり方だ。
メアリーは初めて見る計算のやり方に目を輝かせた。
「こんな計算のやり方があるなんて。今まで数を数えていただけだったんだよ」
「人によってやり方に癖はあるけど、計算方法は一緒だから。私は人差し指と中指の間にコインや小石を挟むようにしているんだ」
土の上に書かれた縦線にアミーリアは小石を置く時にそう言って人差し指と中指で小石を摘むように持ち、なるべく音を立てないようにそっと隣の線に置いた。
「こうすると優雅に見えるでしょ? 自分でそう思っているだけかもしれないけど」
「そんな事ないよ。すごく綺麗な置き方だった」
メアリーも真似して同じように小石を持つ。
アバカスは本来商人が身につけるもので、アミーリアのような公爵令嬢が知っているのは珍しい。
何にでも興味を持ち、まずやってみて自分に合うものは取り入れるというアミーリアの性格がアパスクを身につけさせた。
少しやり方を教えただけでメアリーはとても賢くすぐにアバカスのやり方を覚えてしまった。
そしてアミーリアと同じように人差し指と中指に小石を挟む持ち方も出来るようになった。
「すごく覚えが早いね。これが出来る子は貴族の中にもほんの少ししかいないんだよ」
「私はお父さんの手伝いをしているから、普段からやり慣れてるだけだよ」
ーーー
数字の計算。。人差し指と中指に小石を挟む持ち方。。
まさか、メアリーはあの時の女の子。。
アミーリアはようやく思い出した。
幼少の頃に出会った1人の少女。
唯一仲良くしてくれたあの子がメアリーだったのだ。
「なぜもっと早く気がつかなかったの。。あの計算能力、あのコインの持ち方。あの時の女の子がメアリーだったんだ。最初に会った時のどこかで見た記憶は間違えじゃなかった。。」
「メアリーは私の友人、絶対に死なせるわけにはいかない」




