ピエールの陰謀
「あの新しく来たメイド、アミーリア様に気に入られるとは、何か見どころでもあるのか」
ピエールは貴族が平民に声をかけるなどあり得ないという考えの持ち主だ。
自分を無視してメアリーに声をかけたのが気に食わなかったのもある。
その時、ふと思いついた。
「あいつは利用できそうだ。屋敷で働いている他のメイドは親の代から二代に渡っている者が多く利用しづらい。
新しいメイドなら縁もないし、罪をなすりつけるには丁度いい」
ピエールはそう考えたのだ。
そしてすぐに日頃つるんでいる男爵や子爵の息子たちを呼び寄せて作戦を伝える。
手筈はこうだ。
ピエールはメアリーに金の管理を任せる。
平民のメイドに金の管理を任せるというのはかなりの出世だから女は断るまい。
「いいか、まず俺が親父に社交界で恥ずかしくないような豪華な服を新調したいからお金を欲しいという。金貨20枚ほど掛かると言ってな」
社交界用の服の新調、馬車の改装に贈答品も揃えると言えば貴族間の交流で用意するのは必要不可欠であった。
そう言われれば伯爵家の子息である以上出さざるを得ないであろう。
これで父親から金貨20枚を受け取る。
「はい、それで?」
「それをメアリーに預ける。金庫の鍵と一緒にな。その時にお前たちも後ろでそれを見ているんだ。あとで鍵と金貨を確かにメアリーに手渡したという証言のためにな」
「それだけでいいんですか?」
「ようは証人がいればいいんだ。金貨の入った袋を預けたというのを確認する貴族の地位の人間がな。
そしてメアリーに鍵はこれ一つしかないから大事に保管してくれと念を押す」
そこでピエールは鍵を手下たちに見せる。
「鍵、2つありますぜ」
「実は俺が街の鍵師に作らせた合鍵だ。親父もこの事は知らない。メアリーに鍵を一つしかないと渡して合鍵は俺が持っている。
夜中に合鍵で金庫を開けて金貨を盗み出す。
翌日メアリーが金庫を開ければ当然金貨がない。
あとはお前が金貨を盗んだんだろう。鍵はお前しか持っていないんだと言ってメアリーに罪を被せるという流れよ」
「なるほど、なかなか悪知恵が働きますな」
「ひと言余計だ。メアリーは貧乏な平民だ、金貨20枚と言えばであいつら平民の数年分の生活費になる。あいつの家の借金の返済などあっという間に終わる。金を盗む動機は十分にあるという事よ」
「ピエール兄貴を敵に回したくないですな。悪知恵ではとても敵いません」
子分たちの褒めてるのか皮肉なのかわからない言葉を無視してピエールは話を続ける。
「俺たち貴族が複数人で口裏合わせて証言すれば教会も女の言う事など聞く耳もたないだろうよ。あとは口封じのために処刑まで持っていく。それでおしまいだ。その金貨は借金返済に充てる。
盗まれた、そして金貨はどこからも出てこないとなれば親父は諦めるだろう。俺は借金を返せて命拾いし、女は処刑しちまえば証拠は残らない。こんないい作戦はあるまいよ」
ピエールは高笑いする。
我ながらいい名案が浮かんだと自画自賛の笑いであった。
「しかし、カジノの連中がナヴァル伯爵に喋ったりしませんか?」
「あいつらは金にがめつい。どんな金だろうが払えば文句はいわねえし、見て見ぬフリをしてくれるさ。
まさか親父にカジノでスったとは言えねえからな。そんな事が知れたら俺は勘当されて文無しだ。お前たちも明日から金がなくなるわけだ」
「そいつは困りますぜ」
「だったら俺に従うんだな。お前たちにとっても明日のメシがかかっているんだ」
日頃、ピエールから小遣いをもらっていた手下たちは子爵や男爵といった下級貴族の子息であった。
ピエールという金づるがいなくなれば彼らも困る。
貶めるのは平民の女1人。
貴族にとって平民1人消すなど、虫を1匹始末するのに等しいとこの陰謀に乗る事にしたのだ。
☆☆☆
翌日からピエールのメアリーに対する態度が急変する。
まるでアミーリアと話す時のように猫撫で声に変わり、いかにもメアリーを目にかけてやっているのいう態度になったのだ。
「メアリーとか言ったな」
「はい、なんでございましょう?」
「お前はアミーリア様から目をかけてもらえるくらいだから何か見どころがあるのだろう。今日から俺が領内から回収した税金の管理を任せる」
「私にでございますか?」
メアリーは驚いた。
貴族が平民であるメアリーに税金の管理を任せるなど異例であるからだ。
メアリーがこれは認められたと思っても不思議ではない。
メアリーはよろこんでこの役を引き受けた。
これが罠だとも知らずに。
しかし、他のメイドたちから態度の急変をおかしいと思う声もあがっていた。
「メアリー、気をつけた方がいいわ。あのピエール様が急に態度を変えるなんて何か裏があるとしか思えない」
「ありがとう。でも、私はお金が必要でここに来たの。少しでも給金が多くもらえるチャンスがあるのならそれにすがりたいんだ」
「そうは言っても何かトラブルに巻き込まれたら私たちじゃ助けられないよ」
「ある程度の危険も覚悟しているから心配しないで」
そこまで言われてはメイドたちもそれ以上何も言えない。
貴族のお金を管理できるのは計算能力のすぐれた人間のみ。
この点はメアリーなら申し分ないであろう。
問題は普段横暴なピエールが突然優しくなった事である。
昔からピエールの態度の悪さを知っているメイドたちには不気味だったのだ。
親の甘やかしから我儘に育った世間知らず。
横暴で金使いが荒く、平民を虫けらのように見下す。
メイドたちにはピエールはその程度の人物にしか映らなかった。
無論、主であるから間違っても口に出す事はないが。
「メアリーは何かに巻き込まれるかも知れない。私たちは一応止めた。これ以上は関わらない方がいいわ」
メイドたちはお互いにそう言い合って、メアリーが何か事件に巻き込まれた時に自分たちまで巻き添えになるのを恐れて距離を置く事にしたのだ。
メアリーには気の毒だが止めても聞かなかったという逃げ道は出来てしまったのだ。
☆☆☆
それから数日の間、ピエールは機会を伺うべくメアリーに金の管理を依頼した。
メアリーは自分の家でもお金の管理もしていたので計算が得意であった。
アバカスと呼ばれる縦線に小石やコインなどを置いて計算するやり方だ。
伯爵家であるピエールの家にはアバカス用の木材があった。
メアリーはアバカスの縦線に小さな置き石を使って計算をしていく。
貴族にはこういった計算が出来る者があまりいないので、軍や役所なら重宝される。
だが、ピエールはメアリーをおとしめるためにお金の管理を任せている。
メアリーがいくら懸命に正確に金額を計算したところでそれはどうでもいいのだ。
メアリーにそれと悟られないように薄笑いを浮かべて機嫌をとるだけである。
当のメアリーは必死であった。
何か罠があるかもしれないとメイドたちに聞いていたのが気にならないはずがない。
この計算が違っていたら私が盗んだと疑われるかも知れない。
そんな恐怖を背に仕事をしていたのだ。
ピエールが考えていたのはそれ以下の悪どいやり方であったが。。
☆☆☆
それから2日経った日のお昼過ぎ、ナヴァル家にアミーリアが再度訪問した。
今日は伯爵ではなく、メアリーに会いに来たのだ。
また俺は無視か。。とピエールは渋々メアリーの仕事部屋に案内する。
「頑張っているわね」
「アミーリア様!」
突然のアミーリアの訪問に驚くメアリー。
片膝をついて貴族に対する礼の姿勢をする。
「これは家の資産管理を任されているのかしら?」
チラリとピエールを横目で見るアミーリア。
平民のメアリーは平伏して雇い主の許可が出るまで話す事は出来ないため、仕方なくピエールに問いかけたのだ。
「はい。メアリーは計算能力に長けていたので、メイドよりもこの仕事が向いていると私めが判断して頼んだのです」
アミーリアはあなたにしては懸命な判断だったわねと思わず皮肉を言いそうになるのを辛うじて堪えた。
「メアリー、私のことは気にしなくていいから仕事に戻りなさい。時間に限りがあるでしょう」
「はい。では失礼して仕事に戻らせて頂きます」
メアリーは席に着くと木版に書かれている領収に支出と収入の金額をアバカスを使って次々と計算していき、その合計の差額から現在の残金を正確に弾き出す。
それはアミーリアを驚かすには十分であった。
〔こんな子が平民の中にいたなんて。ピエールのところに置いておくのは人材の損失だわ〕
この時、アミーリアはメアリーのやり方にはっとなった。
置き石を持つ時に人差し指と中指で挟んで持ち、静かに音を立てないように置く。
〔私と同じやり方。。〕
アミーリアは父親からラドフォード家の資産管理を任されているほど計算能力に長けている。
メアリーが優れた計算能力を持っている事をすぐに見抜いた。
アバカスを使えるのは商人とごく一部の貴族のみ。
アミーリアは本来なら公爵令嬢が覚える必要などないアバカスに興味を持ち、幼少から学んでいた。
人差し指と中指にコインや小石を挟むのは、優雅に見えるからとアミーリア流のやり方であった。
それをメアリーがやっているのだ。
〔この持ち方はこの子の癖なのかしら?〕
何かひっかかる物があったが、従者からお時間でございますと声をかけられて思考は中断された。
アミーリアはメアリーをすっかり気に入ったようで、是が非でも自分の元で働いてもらおうと誘いの声をかけた。
「貴族の中でもアバカスを使って計算出来る人間は僅かしかいない。あなたは貴重な存在よ。私の家に来て欲しいわ。もちろん給金はここの3倍は出すから」
「アミーリア様の家に?」
公爵家であるアミーリアの家でお金の管理をやるとなれば破格の出世である。
給金が3倍になれば家も貧乏暮らしから脱出出来る。
「私のような者に。。アミーリア様、ありがとうございます」
メアリーは涙を流してアミーリアに頭を下げた。
「私はあなたの能力を買っただけよ。感謝されるような事は何もしていないから、そんなにふうにされると、どうしていいかわからなくなるわ。近いうちに必ず迎えに来るからそれまで頑張りなさい」
「はい」
いくらアミーリアが公爵令嬢でも他家のメイドを勝手に連れて行くわけにはいかない。
ナヴァル伯爵に話を通した上で日程を決めてからという事になる。
この様子を後ろで見ていたピエールは焦りを隠すのに必死であった。
〔まずいな。あの女をアミーリア様に連れて行かれたら俺の計画が崩れる。急いで事を進めるとするか〕
ピエールはアミーリアがメアリーを連れて行く前に計画を実行に移すために行動を開始した。




