ピエール・ナヴァル
メアリーの住む領地内にピエール・ナヴァルという男がいた。
彼は裕福な伯爵の長男であったが、素行の悪さが目立つ人物であった。
父親であるナヴァル伯爵から再三注意を受けても改善する様子もなかった。
金がなくなれば領内の農民たちから奪い取る。
その金は賭け事にほとんど消えていった。
賭け事で勝つ事はほとんどなく、負けてばかりであった。
厳密に言えば、貴族用の秘密の賭場、裏カジノにはまってカモにされたのだ。
毎晩のように賭けに金を投じて負けていたために借金が膨れ上がっていった。
貴族たちの行う裏のカジノなので、伯爵の御曹司であるピエールでも負けに関しては口出し出来ない。
カジノにしてみればピエールはいい農奴〔カモ〕だったのだ。
「あの小僧から搾り取れるだけ搾り取れ」
裏カジノのオーナーはピエールを絶好の獲物だと見定めていた。
始めは勝たせてそこそこ儲けさせる。
そうして掛け金を釣り上げていき、大勝負となったところで負けに追い込む。
ピエールにわからないように裏でカードを操って出る札を調整するくらいディーラーにとって造作もない。
怪しいと気がついたとしても、裏カジノには腕利きの用心棒がいる。
ピエールが逆らえる相手ではなかった。
最初の数回は勝たせるので、ピエールはこれまでの負けを取り返そうと大きな金額を掛けてくる。
そこを狙って負けに追い込む。
ただし、毎回それではイカサマがバレるので、たまに勝たせて次も来させる。
このリサイクルでピエールの借金は少しずつ膨れ上がっていった。
どこから金を持ってくるのかと言えばカジノから前借りをするのだ。
ピエールは伯爵の子息という家柄で掛け金がなくなるとカジノから金を借りていた。
その金額は膨れ上がっていく。
たまに勝たせてやっているので、一時的に減ってもまた増えるの繰り返しであった。
カジノ側がまた来させるように調整しているのだ。
返済出来なくなるほど増えるとカジノ側も金が回収出来なくなって都合が悪い。
借金の形に奴隷などもらっても損失は補填できない。
なので、適度に勝たせていい塩梅で借金をさせていき、頃合いを見て強制摂取するのだ。
「よう、ピエール。お前さん借金がたまって来てるけど返せるんだろうな」
カジノが雇っている用心棒の人物たちに声をかけられてピエールは冷や汗をかいていた。
こいつらの手にかかればピエールなど呆気なく命を取られるであろう。
もっとも殺してしまっては金が回収出来ないので、適度に痛めつけてから父親である伯爵の元まで連れて行き金を回収するであろうが。
「もちろんですよ、俺はこれでも伯爵の家柄ですよ」
ピエールはその場をどうにか誤魔化してその日はカジノを早めに切り上げて外に出た。
「まずいな。。これ以上借金が増えて親父にバレると大変な事になる。何か上手く逃げられる方法はないか」
ピエールはすでに自分の手に負えなくなるくらいの借金に頭を抱えた。
父親に知れたら下手をすれば家から追い出されてしまう。
そうなれば財産を失い、後ろ盾もなくなってしまい、傭兵になるか教会で働くか何かしらの働き口を見つけなくてはならない。
貴族として優雅な生活を送ってきたピエールにとってそれは耐えられない屈辱である。
ピエールはどうやって金を工面しようか必死で考えた。
父親から出してもらうにも裏カジノでスッたなどとは口が裂けても言えない。
何か口実を見つけないと。。
☆☆☆
「今日からお世話になりますメアリー・ウィルソンです。どうぞよろしくお願いします」
メアリーはここの息子であるピエールに挨拶するが、ピエールは興味もないといった表情で無視して立ち去って行く。
家主であるナヴァル伯爵はメイドの挨拶にいちいち顔を出さない。
神父の依頼で雇ってやったという感じである。
幸い、周りのメイドたちはみんなメアリーと同じ平民の農家や商人の少女たちであった。
「気にしなくていいわよ、ピエール様はいつもあんな感じだから」
「貴族っていうのはね、私たち平民なんて目にも止めてないのよ。私たちは与えられた仕事を黙々とこなせばいい。あの人たちに必要以上に関わることはないわ」
「そうなんですね」
「ただし、旦那様だけにはきちんと挨拶しなきゃだめよ。解雇にされてしまうからね」
先輩メイドたちからそう言われてメアリーは少し気が楽になったが、解雇という言葉に内心身震いした。
家計を助けるためにここに来たのに何もしないうちから解雇されてしまってはどうにもならない。
メアリーはナヴァル家の家族と思われる人たちには細心の注意を払う事にする。
父親である伯爵と母親、そしてピエールの3人家族らしい。
他に兄弟はなく、それ以外はメイドと護衛の騎士や料理人といった人たちであった。
メイドとなったメアリーは日々忙しく働いていた。
彼女の仕事は一番下の雑用である。
庭の掃除に草むしり、井戸の水汲みや皿洗いなどが主な仕事であった。
そんな中、ある来客がナヴァル家に訪れる。
公爵令嬢であるアミーリア・ラドフォードである。
「これはアミーリア様。ようこそお越し下さいました」
猫撫で声で迎えに出たピエールにアミーリアは表情を変えずに対応する。
彼女はこの男が大嫌いであった。
本来なら会話をするのも憎悪感を抱くくらいなのだが、ラドフォード家と交友のあるナヴァル伯爵の息子であるゆえ感情を切り捨てて最低限の会話をまじわせる
「次回の社交界の打ち合わせで立ち寄っただけなのでお構いなく。伯爵はおいでかしら?」
「はい。書斎におりますので、ご案内致します」
本来なら伯爵自ら迎え出るところだが、アポなしで立ち寄ったのでアミーリアは機嫌を損ねる様な事もなくピエールに案内されて屋敷に入っていく。
強いて言えばピエールを嫌っているアミーリアは彼が出迎えた事に機嫌が悪かったのだが、そこは大人の対応というやつである。
そんな中、アミーリアは書斎に向かう廊下で掃除中のメアリーと出会う。
綺麗な銀髪のロングヘアに煌びやかなドレス。
青い瞳に知性的な表情。
まさしく美人と呼ぶに相応しいアミーリアを見てメアリーはその美しさに目を奪われた。
〔こんな綺麗な人がいるなんて。。〕
アミーリアはメアリーの姿を目にすると立ち止まる。
〔この子、どこかで。。〕
会った事があるような、ないような。
アミーリアは記憶を辿ったがすぐには思い出せなかった。
メアリーは慌てて頭を下げて謝罪する。
通行の妨げになったと思ったのだ。
「お邪魔でしたか? 申し訳ございません」
「こちらこそ、仕事の邪魔をしたのならごめんなさい」
貴族、それも最高位である公爵令嬢が平民のメアリーに声をかけただけでなく仕事の邪魔をしてごめんなさいと謝罪したのだ。
メアリーは貴族の中にもこんな人がいるのだと内心驚いていた。
「いえ、私は大丈夫です。お気にかけて頂きありがとうございます」
メアリーが再び頭を下げるとアミーリアは書斎へと向かって立ち去っていく。
その後ろ姿をメアリーは横目でチラチラと見ていた。
「歩く姿も上品というか。。同じ女なのに私とは別の人間みたい」
あんな風になれたらいいな。
そうは思っても自分には無理。
私は貧乏農民の子、今の姿と生活が合っていると思うのだった。
「アミーリア様、なぜあの様な者にお声がけを?」
ピエールが理由がわからないという表情で聞いて来たので面倒くさそうに答える。
「声をかけたら悪いのかしら?」
「いえ、公爵令嬢ともあろうお方が薄汚い平民の女を相手にする事などないと思ったものですから」
「公爵令嬢だからどんな相手にでも敬意を表するのは当たり前よ。少なくとも私はそうして来た。あなたが気に入らなくてもね」
「決してそのような事はごさいません。アミーリア様のお心がけに触れて気持ちが洗われたように感じます」
〔心にもない言葉を言うものね〕
アミーリアはこれ以上この男の相手をしたくなかったので会話を切った。
その後、ピエールの父親であるナヴァル伯爵との打ち合わせを終えてアミーリアは屋敷を去っていく。
「あの子、頭が良さそうね。ピエールの家に置いておくのはもったいない。私の家に来てもらおうかしら」
アミーリアはメアリーが気に入ったようだ。
もっと言えばメイドにしておくのはもったいないと感じていた。
あの子なら私の側近を任せても大丈夫かもしれない。
この時からアミーリアはメアリーを自分の元に置きたいと思っていたのだ。




