メアリー・ウィルソン
話は2ヶ月前にさかのぼる。
メアリー・ウィルソン16歳。
彼女は貧しい家に生まれ育った少女だ。
父親は教会が所有する農地で働く農作物を栽培していたが、平民であるメアリーの家族は領主である貴族の土地を借りて生活しているため、農地で取れる僅かな食糧も半分以上は税として取られる。
それ以外に人頭税〔その土地に住む住人にかけられる税〕や地代〔農地にかけられる税〕、さらに教会への税を合わせるとその日暮らしがやっとの食糧しか残らない。
苦しい生活の中でもメアリーは元気に生きていた。
☆☆☆
メアリーにはアルベールという幼馴染の男の子がいた
家が近所で親同士も仲が良かったので幼い頃から2人でよく遊んでいる仲だ。
「メアリー、今日は買い物には行かないのか?」
「行くわよ。洗濯物が終わったらね」
「俺がまたついて行ってやるよ」
「ついて来たいんでしょ。はっきり言いなよ」
「ついて来て欲しいんだろ。はっきり言えよ」
毎回こんな感じで2人は街に買い物に出掛けていた。
メアリーとしてもアルベールがついていてくれれば安心なので仕方ないというゼスチャはするが、表情はむしろ嬉しそうだ。
「あんた暇なんだね」
「俺は俺でやる事があるんだよ。そのついでに付き合ってやってるんだ、感謝しな」
メアリーは口に出しては言わないが感謝しているつもりなのだ。
街に出て食料と燃料となる薪の買い出しを行う。
アルベールは荷物持ちだ。
特に薪は男手が必要だからメアリーは助かっている。
その帰り道、アルベールがいつになく真剣な表情でメアリーに話しかける。
「なあ、メアリー。俺は以前からこの国の貴族って奴を好きになれないんだ」
それはわかる。
横暴で自分勝手で、メアリーの家が貧しいのも領主である貴族から税をむしり取られているからだ。
領主の名前は聞いた事はあるが覚えていない。
メアリーの立場ではそんなもの覚える必要もなかったからだ。
「でも、私たちは領主から土地を与えてもらって生活をしている以上、頭に来ても文句を言うわけにはいかないでしょ。下手したら路頭に彷徨う事になるんだよ」
「だけどさ、このままだと俺たちの子供や孫の代になっても延々と同じ事が繰り返されるんだぜ。俺はそれをどうにかして変えたいんだ」
「へえ、アルベールがねえ。そんな事考えたんだ」
意外であった。
普段は軽口を叩いてくる幼馴染の考えにメアリーは少しだけアルベールを見直した。
「それにはどうすればいいのか神父様に聞いたら隣町のラドフォードで学んで来いって言われた」
「ラドフォードで? あんた長期滞在するお金あるの?」
「教会の人脈を使えば大丈夫らしい。お金も教会が負担してくれるから心配しなくていいって神父様が言ってた」
隣街にも教会はあり、教会同士のネットワークで少年1人を留学させるくらいわけないという事だ。
アルベールもすでに将来を見て行動をしている。
メアリーはそう思うと自分の将来が不安になるのだった。
幼い頃に母を亡くしたメアリーは家事を行い、買い物に出たり井戸に水を汲みにいったりと忙しい日々を過ごしている。
年頃の少女の生活にしてはと思うが、貧しい農民の子供はみんなこうなのだ。
メアリーはそれを不幸などと思うことはない。
「アルベールが将来の事を考えて行動しているのに私は何をやっているんだろう。。家の手伝いをして、いずれはどこかの農家の男と結婚して一生今の生活を続ける。それが私の人生なんだろうな。。」
将来に不安がないと言えば嘘になる。
こんな生活を送っていて将来どうなるのか?
生きていけるのか。
アルベールの意思を聞いてそんな気持ちが芽生えて来たのだ。
☆☆☆
父親はメアリーを貴族の家のメイドに出す事を考えていた。
少しでも家計を救えてメアリーの将来良いところの嫁にいけるような職が身につけられたらとの思いがあった。
平民は自力で貴族になるには女性なら修道院に入るという手段はある。
もう一つは貴族の妻に向かい入れられる事だ。
困難ではあるが、可能性がゼロでない限りやってみる価値はある。
幸いメアリーは家事に関してなら幼少からやっているので、ひと通り出来る。
貧しい農民を続けるよりはマシであろうと父親は考えていたのだ。
そこで父親は教会の神父にどこか良いところの貴族の家に仕えられないか尋ねてみた。
「うむ。。今はどこの家もメイドは足りていないから、声をかければすぐに働き口はあると思うが。。」
「神父様、どうか娘にいいところを紹介して頂けませんか。このままでは私は娘共々死ぬしかなくなってしまいます」
そう言われては神父もどうにかしてあげなければと父親の申し出を引き受けた。
「わかった、しばらく待っていなさい。働き口が見つかったら連絡してあげますよ」
☆☆☆
「メイドの募集? うちはメイドなんて何人もいるしすぐに必要はないんだがな」
「何やら事情があるようで、神父様からよろしくお願いしますとのお言葉でございます」
「神父か、神父の頼みでは無碍にするわけにもいかぬな。。」
ナヴァル伯爵は少し考えていたが神父と親交があったためにこの依頼を了承した。
「わかった。そのメイドに準備が整い次第来てもらって構わない。ただしこれは貸しだ、何かあった時にはそれなりの返礼はしてもらうと神父に伝えてくれ」
「ありがとうございます。神父様にお伝え致します」
こうしてメアリーの働き口が決まった。
「メアリー、お前にメイドの働き口が見つかった。住み込みで働く事になるからしばらく家には帰れなくなるが、大丈夫か?」
「神父様、私が働かなくてはお父さんが困るのでしょう。大丈夫です。しばらく帰れなくても頑張って務めます」
「一つ言っておきたい事がある。行くのは伯爵家だ、おそらくナヴァル家の者たちは平民のお前に辛く当たる人間もいると思う。何を言われても冷静にな」
神父にそう言われてメアリーは少し不安になってきた。
希望ばかりではないという事であろう。
しかし働かなくては生活がままならない。
メアリーはグッと拳を握りしめて覚悟を決めた。
「わかりました。多少の差別や偏見には慣れているつもりです。生活のためだと思えば耐えられると思います」
大丈夫、私たち平民は普段から貴族の居丈高な態度や差別を受けている。
いつも通りだと思えば我慢できる。
メアリーは覚悟を決めた。
「アルベール。私、貴族の家に住み込みでメイドをやる事が決まったんだ。しばらく会えなくなるね」
「貴族の家でメイド?」
アルベールは怪訝な表情を浮かべた。
彼は貴族が嫌いであったからだ。
「お前大丈夫なのか? ただでさえ貴族の連中は俺たち平民を虫けらのように扱うんだぞ」
「仕方ないじゃない。お父さんは借金でお金がないし、私が働いて少しでも家を助けなきゃならないんだから。貴族の差別くらいいつもの事だし、何とか耐えてみせるよ」
メアリーの家庭事情を知っているアルベールはそれ以上何も言えなかった。
「そうか、何事もなく家計を助けられるくらいの給金が貰えるといいな」
そう言うと、アルベールも自身の予定を話した。
「実は俺も1週間後にはラドフォードに行くところだったんだ。お互いしばらく会えなくなるんだな」
「来週? ずいぶん早いのね」
「行く先の教会で神父様が交代するらしくてな。今の神父様がいるうちに行ってくれって言われたんだ。俺にとっても急な話だったけど、行くと決めたからにはいつであろうが行くつもりだった」
「そうか、アルベールも隣街に行っちゃうんだね」
「寂しくなったのか?」
アルベールが茶化すように言うとメアリーはいつもの調子ではなく、本当に少し寂しげな表情で答えた。
「アルベールとは近所だったし、いつも一緒だったじゃない。お互い大人になって家のためとか自分のやりたい事のために動き出す歳になったんだなって。これから私たちの生活も少し変わればいいね」
メアリーらしくない言葉にアルベールは戸惑った。
いつもなら顔を赤くして何言ってるのと言い返してくるのが、反対の反応だったからだ。
「俺は2年の予定で戻って来る。とは言っても途中で何日か帰省は許されているからな。こっちに戻って来たらお前に真っ先に会いに行ってやるよ」
「へえ、私がそんなに恋しいんだ」
メアリーの軽口にアルベールは手をひらひらさせて違うアピールをするが、まるっきり違う訳でもない。
メアリーとは幼い頃からずっと一緒に過ごして来たのだ。
お互いに親友と思っているし、帰省したら真っ先に会いに行くのは当然だとアルベールは思っている。
ただし、メアリーには口が裂けても言わないが。
「そして2年後に帰って来たらこの街の貴族制を少しでも変えていって俺たちが暮らしやすい街にしていこうと思っているよ」
「あんたが領主にでもなったらうちの借金帳消しにしてもらうからね」
「なったらの話だな。実際領主には貴族しかなれない。俺がなるとしたら貴族制がなくならないとだめだけとな」
「そんな日が私たちが生きている間に来るのかな」
メアリーとアルベールは空を見上げた。
貴族制がなくなって貴族も平民も仲良く暮らせる世界、それは2人にとって夢の世界であったのだ。




