285 筆頭聖女選定会 三次審査 6
プリシラとローズは大丈夫かしら。
心配のあまり、狼煙が見える場所を目指して走り出したものの、途中で体力がなくなり、ぜーぜーと息が切れてしまった。
おかしいわね。同じように走ったクェンティン団長や騎士たちは息も乱していないのに、どういうことかしら。
訝しく思っていると、クェンティン団長から声がかけられる。
「フィーア様、休憩しますか?」
そうしたいのはやまやまだけれど、プリシラたちのことが心配だったので、大丈夫と答えて走り続ける。
騎士服でなく聖女服を着ているのが息切れの原因じゃないかしらと思いながら走っていると、開けた場所に出た。
ザカリー団長やイーノック団長をはじめ、多くの騎士たちの姿が見えたので足を止める。
けれど、素早く周りを見回してみたものの、プリシラとローズの姿は見えなかった。
息が整わない私の代わりに、クェンティン団長が2人の団長たちに質問する。
「一体何があった」
「それが……」
ザカリー団長は言葉を途切れさせると、少し離れた場所にある小屋を指差した。
「あれは避難小屋か?」
クェンティン団長の質問を聞いて、確かにそれっぽいわねと思う。
何かあった時のために、森の中には一晩過ごせるような避難小屋が設置されている。
その小屋は困った人であれば誰でも使用できるので、もしかしたらプリシラたちは中で休憩しているのかもしれないと考えていると、ザカリー団長が肯定した。
「その通り、避難小屋だ。通常は無人のはずだが、なぜか小屋の前に庭らしきものが整えられており、珍しい薬草が植えられている……らしい。オレにはさっぱり分からないが」
雑草と花の区別もつかないザカリー団長に、薬草を見分けろというのは確かに無理な話だろう。
「そもそも今日はどういうわけか、ちっとも魔物と遭遇しなかった。そして、この場所に来た時に、たまたまローズ聖女とかち合ったんだ。最初、聖女様たちは魔物がいないから困ったと言い合っていたが、そのうちにあの小屋に近付いていき、植えられている薬草に気付いた。それから、あの小屋の扉を叩いたんだ」
遠目にも小屋の隣に花壇らしきものが整えられているのが見えたので、そこに薬草が植えられているのだろう。
「中から出てきたのは、母子らしい2人組だ。子どもは10歳くらいの少女だった。聖女様たちが薬草について質問すると、小屋の中にはもっと珍しい薬草があるという。聖女様たちはそれを見たがったのでオレも同行しようとしたが、母親が小屋の中は男子禁制だと言ってきた」
荒い息の合間に頷くと、ザカリー団長はどうしようもないとばかりに肩をすくめた。
「仕方がないので、聖女様たちには女性騎士を3人同行させた。しかしながら、かれこれ1時間ほど小屋から出てこない。15分ごとに扉をノックすると、聖女様が返事をするので、無事ではあるようだが」
「……はーはー、小屋の中によっぽど珍しい薬草があるんですかね」
やっと息が落ち着いてきたので、汗を拭いながら口を開く。
クェンティン団長は気遣うように私を見た後、ザカリー団長に質問した。
「『星降の森』に避難小屋があるのは不思議じゃないが、そこに人が住んでいるとなったら話は別だ。魔物が跋扈する森に、母子が住んでいるだと?」
「いや、住んでいるわけではないらしい。母子は近くの村の者で、この付近でしか育たない薬草を共同で育てていて、村の者が交代で世話をしていると言っていた。その際、この小屋を休憩所として使用しているとのことだ」
「そんなことがあるのか?」
クェンティン団長の問いかけに、ザカリー団長はどうだろうなと首を傾げる。
「初めて聞く話だが、オレが気付かなかっただけかもしれねえ。2、3か月ほど前にこの場所に来た時、小屋があったのは覚えているが、花壇があったかどうかなんてそもそも確認していないからな」
そうでしょうね。
ザカリー団長は興味がないものは目に入らないタイプだから、今日だってプリシラたちが気付かなければ、花壇があることに今もって気付いていないだろう。
「さすがにただの村人だけでこの場所を訪れるのは危険だから、薬草の世話人がここに来る際は、同じ村の力自慢が用心棒代わりに同行するらしい。しかし、今はその者が席を外しているとのことだ。お前も気付いただろうが、今日の森は様子がおかしい。だから、用心棒もそれを察して、森の見回りに行ったんだとよ」
そこまで聞いてやっと、クェンティン団長は少しばかり納得した様子を見せた。
しかし、まだ疑う気持ちを捨てきれないらしく、鋭い目で小屋を見つめる。
「それにしても、母子をあんな吹き飛びそうな小屋に残していくものか? 魔物にでも襲われたらどうする気だ」
「元々、あの小屋は避難用だからあんなものだ。暗くなって夜を明かさなければならなくなった者が泊まることを目的としているから、雨風をしのげればいいという考えで造られている。そう考えると、聖女様たちがなかなか小屋から出てこないのも納得だな。母子だけで小屋にいるのは怖いだろうから、オレたち騎士を少しでも引きとめたくて、聖女様と長話をしているんだろう」
つまり、選定会の最中のプリシラとローズを引き留めることができるほど面白い話をしているってことよね。それは一体どんな話かしら。
「団長たちが聖女様たちを心配するのはごもっともです。そして、私は女子ですから、小屋の中に入れます。だから、私が確認してきますね!」
小屋の中で繰り広げられている話を聞きたい一心で名乗り出ると、すかさずクェンティン団長が大きな声を出した。
「一人では危険です! オレが同行します」
「え、クェンティン団長は男性ですよね」
男子禁制の小屋には入れないんじゃないかしらと思ったけれど、クェンティン団長は悲しそうな顔で訴えてきた。
「オレにはどうしようもないことで区別しないでください!」
それはその通りだと思ったので、私は少し考えた後、片腕を差し出す。
「でしたら、私の腕とクェンティン団長の腕を縄で縛ってください。どうしても離れられなくなった設定にして、2人一緒に入れてもらいましょう」
「素晴らしい考えですね!」
顔を輝かせるクェンティン団長の隣で、ザカリー団長が顔をしかめた。
「いや、愚策だろう! 縄で縛られて離れられなくなったって、どんな状況だよ。突っ込みどころしかないじゃないか! そんなことをしたって、2人とも小屋に入れてもらえない一択だ!」
しかし、クェンティン団長はザカリー団長の言葉を聞き流すと、騎士たちの一人から縄を借り、素早く彼と私の腕を結び付けてしまった。
それから、私たちは素早く小屋の前まで移動すると、扉をノックする。
すると、小屋の中からプリシラの声が響いた。
「はあい、いるわよ。ちょっと待ってちょうだい。あと少しで終わるから」
どうやら無事のようだ。
ノックをしたのだからいいわよねと、私はガチャリと扉を開くと、隙間から中を覗き込む。
「こんにちは。薬草の観賞会をやっているのなら、私も参加させてもらっていいかしら?」
驚いたことに、部屋の中は真っ暗だった。
カーテンが閉め切ってあり、テーブルの上に小さなロウソクが1本置いてあるだけだ。
部屋の3隅には女性騎士が一人ずつ立っていて、こちらを見て頷いたので、問題はないようだと胸を撫でおろす。
部屋の真ん中にはテーブルが置いてあり、その周りに並べられた椅子に3人の女性が座っていたけれど、そのうちの1人であるプリシラが私を見ると目を丸くした。
「フィーア! ……って、その腕はどうしたのよ! 何で騎士団長の腕と縛ってあるの!?」
「ええと、それがこの縄の厄介なところで、私はもはやクェンティン団長と一緒じゃないと行動できなくなってしまったの。だから、一緒にお邪魔してもいいかしら?」
開いた扉の外から尋ねると、プリシラが彼女の前にいる女性に視線を戻した。
恐らく、彼女がこの小屋にプリシラたちを招き入れた人物だろう。
その女性は20代半ばくらいで、標準より細身の体形をしていた。
頭にウィンプルを被っていたので、髪は一切見えなかったけれど、瞳は暗い色をしている。
通常、ウィンプルを被るのは慎み深い女性が多く、足首まであるスカートをはいているものだけど、その女性のスカート丈は膝までしかなく脚を出していた。
珍しいわねと思ったところで、彼女と目が合う。
その途端、心臓がどくりと大きな音を立てた。
無意識のうちに一歩後ろに下がってしまい、クェンティン団長から訝し気な声で尋ねられる。
「どうかしましたか?」
どうかしたかですって?
ドキドキと拍動する胸を片手で押さえながらもう一度女性を見ると、彼女は小さく微笑んだ。
「お気に入りの騎士と一緒にいるから、ドキドキしているみたいね。いいわ、そこまで好きな男性と引き離そうとしたら、この小屋に入ってくれなさそうだもの。お二人まとめてご招待するわ」
「あら、男子禁制のルールを破ってまでフィーアにいてほしいの?」
驚くプリシラに、女性は穏やかな声で答える。
「当然でしょう。彼女はあれほど鮮やかな赤い髪をしているのよ。誰だってお近付きになりたいに決まっているわ」
それから、彼女は片手を胸に当てると自己紹介をしてきた。
「初めまして、エキドナよ。向こうにいるのは娘のスフィン」
エキドナが少し離れた床の上に座り込んでいる少女を指差したので、視線をやる。
母親と同じ服装をしている10歳くらいの少女は、私と目が合うと楽しそうにひらひらと手を振った。
スフィンに手を振り返した私は、自分自身に問いかける。
……何もおかしなことはないわよね。
全身お揃いの親子コーデをしている母子が、小屋の中にいるだけだわ。
それなのに、私は何に心を乱されたのかしら。
しばらく考えたものの、答えが出なかったので、今は選定会の最中だから過敏になっているのかもしれないと結論付ける。
私はエキドナに向かってぺこりと頭を下げた。
「初めまして、フィーアです」
続けて、クェンティン団長も名前を告げる。
「第四魔物騎士団長のクェンティンだ」
それから、団長は部屋の隅に控える女性騎士たちに視線をやった。
「部屋の隅に控える騎士たちと同じくらい静かにしていると約束しよう。だから、オレのことはいないものと思ってくれ」
うーん、たとえ静かにしていたとしても、これほどの大男をいないものとするのは難しいんじゃないかしら。
そう考えていると、プリシラが椅子から立ち上がって両手を上げた。
「咎められる前に言っておくわ! もちろん、今が選定会の最中だということは分かっているわ。でもね、私たちはとんでもない薬草を見せてもらっているのよ!」
プリシラが興奮したようにしゃべり出すと、ローズもその通りだと大きく頷く。
「プリンセス・セラフィーナ直伝書にも載っていた薬草よ! それに、1時間近く歩き回っても魔物に遭遇しなかったのだから、ここで薬草を見ていても同じことだわ!」
それは違うんじゃないかしらと思ったけれど、私も先ほどまでキマイラを従魔にするため奮闘していたから、同じようなものなのよねと返事ができずに黙り込む。
クェンティン団長も私と同じことを考えたのか黙っていたので、やっぱり沈黙は金だわとそのまま静かにしていた。
その時、エキドナがわずかに口元を歪めたので、どうしたのかしらと不思議に思う。
けれど、疑問を口にする間もなく、プリシラが言葉を続けた。
「聞いてちょうだい! 私たちは何と、暗闇の中でしか育たない植物を見せてもらっているのよ! あ、だから、急いでその扉を閉めてちょうだい。日光を浴びると枯れちゃうらしいから」
私はクェンティン団長と一緒に急いで小屋の中に入ると、扉を閉める。
それから、テーブルに近付くと、その上に置いてある植木鉢を見つめた。
ロウソクの灯りの中、丸い葉っぱに赤い蕾を付けている植物の姿が浮かび上がる。
「これは……宵闇草ね。確かに珍しい薬草だわ」
プリシラが言ったように、この植物は日光を嫌う一方で、水分を大量に必要とするから、特異な場所でしか成長できない。
稀に鍾乳洞で育つくらいじゃないかしらと考えていると、プリシラが驚いたように目を丸くした。
「さすがフィーアね! この薬草の名前がスラスラと出てくるなんてさすがだわ」
「いえ、それよりも、どうしてこの薬草が栽培されているのかしら」
この薬草を栽培する技術を発見したのはすごいことだけれど、そもそも宵闇草はこの国で需要がないはずだ。
というのも、宵闇草が必要になるのは、特殊な薬を作る時だけなのだ。
「この薬草が必要になるのは、石化症の治療薬を作る時よね。石化症は特定の魔物の攻撃が原因で起こる病気だけど、その魔物はナーヴ王国にはいないはずよ」
だから、この国では需要がないんじゃないかしらと首を傾げると、エキドナが楽し気に唇の端を持ち上げた。
「フィーアは博識なのね」








