284 クェンティン団長のキマイラ? 2
上位の魔物になればなるほど、自分や相手の強さを測る能力に長けてくる。
そのため、キマイラは混乱しているようだった。
それも当然だろう。瞬きほどの間に、キマイラとクェンティン団長の間に大きな力の差ができたのだから。
実のところ、キマイラが弱くなったことで、キマイラとグリフォンの差も、キマイラと私の差も縮まったけれど、クェンティン団長を強くしたことで、この二者間の差がより強調されてしまったようだ。
キマイラ自身が重量を倍加され、属性耐性を下げられたことに加え、クェンティン団長の攻撃力が上がったのだから、さぞや団長が強く見えることだろう。
そんな私の予想は当たったようで、クェンティン団長が黒光りする剣を構えると、白色の魔物は命乞いの声を上げた。
「キィー!」
それから、服従を示すように地面に頭を付けたので、団長は戸惑ったように首を傾げる。
「どういうことだ!? 先ほどまで臆病ながらも好戦的だった魔物が、突然、戦いを放棄したぞ!!」
キマイラを取り囲む騎士たちを眺めながら、私はそれらしいことを言う。
「これだけ多くの屈強な騎士に取り囲まれたのですから、弱気になったのでしょう」
しかし、鋭いところがあるクェンティン団長は、私の言葉に騙されてくれなかった。
「そうではありません! 不思議なことに、この一瞬でキマイラが弱くなったんです!!」
「うっ!」
真実を突かれた私は、思わず口ごもる。
さすがね。クェンティン団長くらいになると、相手の強さを一瞬で見抜くことができるみたいだわ。
でも、自分の強さは分からないようだから、クェンティン団長自身が強くなったことには気付いていないみたいね。
「よ、弱くなったというより、弱くなったように見えたということではないですかね。クェンティン団長はとても強い騎士ですし、ザビリアの角で作った剣を持っていますよね。ですから、キマイラがクェンティン団長に恐れおののき、恐怖で体が強張ったことで、相対的に弱くなったのかもしれません」
適当なことを言うと、クェンティン団長は感心したように私を見てきた。
「さすがはフィーア様だ! 完璧な説明ですね!!」
「ほほほ、ただの推測です。それで、今ならきっと、簡単に従魔の契約ができるんじゃないですかね」
「そうですね!」
クェンティン団長はキマイラの前に立つと、すらりと剣を突き出した。
恐怖で動きを止めたキマイラを見て、近くにいたグリフォンが魔物の言葉でしゃべりかける。
一体何を話しているのかしらと首を傾げていると、周りにいた騎士たちが訳知り顔で教えてくれた。
「あのキマイラもそうだが、一般的に魔物は人の言葉がしゃべれない」
「しかし、魔物たちの間には共通語みたいなのがあるらしく、魔物間で意思疎通ができるんだ」
「だから、従魔になるようグリフォンがキマイラを説得しているんだよ」
「そうなんですね」
グリフォンがキマイラに覆いかぶさっている様子を見る限り、説得というような優しいものには見えないけれど……と考えていると、騎士の一人がさらに詳しく説明してくれた。
「クェンティン団長の強さは十分に見せつけることができたから、この説得が上手くいけば、従魔の契約が結ばれるはずだ」
「この2つが上手くいけばいくほど、従魔の証は細くなるんだ」
グリフォンの説得は上手くいったようで、キマイラは6本の両手両足に加え、頭と尻尾を地面につけた。
興味深く見守っていると、クェンティン団長が剣を空に向け、契約の呪文を唱える。
「クェンティン・アガターは6本足の白色キマイラと契約する。その血と肉と魂をもって、オレに忠誠を誓え!」
クェンティン団長は人の言葉を使ったのだけれど、キマイラは自分がクェンティン団長に従うことを理解したようだ。
そのため、キマイラは同意するように、空に向かって一声鳴いた。
「クォーン!」
その途端、何重もの光が交錯し、クェンティン団長とキマイラを包み込む。
それから、パシュンという音がして光が弾け飛んだ。
上手くいったのかしらと息を止めて見ていると、クェンティン団長が嬉しそうにキマイラの首に片腕を巻き付けた。
それから、私に向かって、反対側の腕をぶんぶんと振ってきた。
「見てください! 従魔の証ができました!!」
クェンティン団長と私の間には少しばかり距離があったけれど、それでも手首をぐるりと囲む従魔の証がはっきり見える。
ギザーラの従魔の証よりは太いけれど、手首だけで終わっているので大成功の部類だろう。
「キマイラは抵抗しなかったみたいですね! そして、成功したんですね! おめでとうございます!」
「ありがとうございます! 全てはフィーア様のおかげです! これほど素晴らしい魔物を従魔にできて感無量です!!」
クェンティン団長は心底嬉しそうに微笑むと、物騒なことを言ってきた。
「これで、このキマイラがこの森で好き勝手にすることは、もうないでしょう。ですから、森が落ち着きを取り戻したのか確認できるはずです。そして、大丈夫そうでしたら、今度こそオレたちをギタギタにやっつけてくれる魔物を探しにいきましょう!」
第三次審査は怪我をした騎士たちを治癒する度合に応じてポイントが入る。
だから、騎士たちが怪我をすることが前提になるのだけれど、その言い方はどうなのかしら。
その時、クェンティン団長はふと私の首元に視線を落とすと、興味深そうに尋ねてきた。
「ところで、そのネックレスですが、以前見た時よりも石の数が減っていますね。あとどのくらい使用できるんですか?」
「えっ、そ、そうですね。ここにある石もほとんど使ってしまったので、あと1回くらいでしょうか」
選定会棄権の流れに持っていきたかったので、適当なことを言う。
第三次審査が開始されて結構な時間が経ったことだし、そろそろ終了する聖女たちも出てきた頃じゃないかしら。
だから、何らかの理由を付けてさっさと退場するに限るわね。
とはいえ、『星降の森』が本当に落ち着いたのか分からないから、プリシラとローズがこの森から抜けたことを確認しないといけないわ。
「クェンティン団長、他の騎士団長たちがどこにいるのか確認することはできますか?」
クェンティン団長はできると頷いた。
「先ほど、聖女様が終了する場合は、同行する騎士団長が狼煙を上げるといいましたが、その色を変えれば居場所を確認する合図になります。具体的にいうと、オレンジの狼煙を上げれば、10キロメートル圏内にいる騎士団長は同色の狼煙を上げます」
クェンティン団長は同行する騎士から筒状の魔道具を受け取ると、それを私に見せてくれた。
「ザカリーとイーノックであれば、そう遠くにはいないはずです」
クェンティン団長が手際よく魔道具を扱うと、空にオレンジ色の煙が上っていった。
ほどなくして、少し離れた場所で狼煙が2つ上がったけれど、それらは同じ場所だったので、クェンティン団長が眉根を寄せる。
「……何か起こったようですね。ザカリーとイーノックが同じ場所にいます」
第三次審査は聖女の個人戦だ。
だから、審査が終了していないのに一緒にいるのは、何かが起こった可能性が高いだろう。
「選定会の最中であることが、ことを複雑にしているのかもしれません」
通常であれば、応援を呼んで森から離脱すべきような重大事案が起こっても、聖女たちが選定会を終了するのを拒めば、彼女たちの意志を優先せざるをえない。
次期筆頭聖女を定める審査会の最中なので、決定権は聖女たちにあるのだ。
嫌な胸騒ぎがしたため、私はクェンティン団長を見上げた。
「プリシラとローズのもとに行ってもいいですか?」
「オレもご一緒します!」
クェンティン団長はきりりとした表情で返事をした後、キマイラに顔を向けた。
「お前は一時的にこの場に置いていく。オレはこれから戦闘に巻き込まれる可能性が高い。しかし、お前はまだ従魔になったばかりだから、一緒に戦うのは難しいからな」
キマイラは真剣な顔でクェンティン団長の言うことを聞いていた。
何でも従魔契約を結ぶと、分からなかったはずの人の言葉が何となく分かるようになるらしい。
「ここにいるグリフォンもそうだが、従魔たちは実戦に参加する前に一定の訓練を積んでいる。そうでないと、双方が危険な目に遭うからな。訓練を積んでいないお前は、危険のない場所で待っているんだ」
クェンティン団長はキマイラの首元を力強く撫でると、「後から迎えに来る」と約束して白色の魔物と別れたのだった。








