283 クェンティン団長のキマイラ? 1
クェンティン団長の発言を聞いて、クェンティン団長はやっぱりクェンティン団長だわという気になった。
未知の強力な魔物に遭遇したというのに、咄嗟に従魔にしたいと考えるあたり、いかにもクェンティン団長らしい。
普段と異なる森の様子に違和感を覚え、引き返そうとした用意周到な騎士団長と同一人物とはとても思えないわ。
呆れる私の視線の先では、そのクェンティン団長が剣で勢いよくキマイラをはじき返していた。
白色の魔物は鋭い目で団長を睨んだけれど、再び攻撃してくることなく、空に向かってぐんと上昇する。
それから、上空の高い位置で静止すると、こちらを見下ろした。
キマイラは基本的に、相手の隙を突いて上空から攻撃してくる。だから、空中で待機して、こちらの出方をうかがっているようだ。
「そもそもキマイラは魔物の中でも上位種に当たるわよね」
私は上空を警戒しながら、ぽつりと呟いた。
この白色多足のキマイラは変異種だから、通常のキマイラよりも上位にランク付けされるはずだ。
つまり、この森全体のレベルを考えると、最上位種のグループに入るのじゃないだろうか。
ということは、このキマイラが『星待の森』から移動してきたから、森の様子がおかしかったのかもしれない、と考えながらクェンティン団長に質問する。
「クラリッサ団長はこのキマイラにご執心なんですよね。それなのに、クェンティン団長の従魔にして大丈夫なんですか? 王城に連れて帰ったところをクラリッサ団長に見つかったら、怒られませんかね」
「間違いなく怒られるでしょうね! しかし、怒られるくらいでこの魔物が手に入るのならば安いものです」
「……そうなんですね」
この基準はクェンティン団長独特のものだから、聞き流しておいた方がいいわね。
「それに、クラリッサがキマイラに惹かれた理由の一つは、この魔物が誰にも属していなかったからです。オレの従魔になったことを知ったら、途端に興味をなくすはずです」
「そういうものですかね」
疑問に思って首を傾げたけれど、同じ騎士団長としてクラリッサ団長のことをよく知っているクェンティン団長が言うのなら、そうかもしれない。
いずれにしても、クェンティン団長の望みであれば、私は協力するまでだわと考え込んだところで、団長が焦ったような声を出した。
「フィーア様、考え込まないでください! オレはただ夢のような希望を述べただけで、本気で言ったわけではありません! キマイラを従魔にしたくはありますが、今回は諦めます!!」
「え、どうしてですか?」
驚いて聞き返すと、クェンティン団長は至極当然だとばかりに答える。
「今が筆頭聖女選定会の最中だからです!」
「その通りですが、事務官は離れた場所にいるので、何をしているのかバレませんよ。そもそも、選定会の最中に遭遇した魔物を従魔にしてはいけないというルールはありません」
キマイラが姿を見せた途端、大慌てで木の陰に隠れた事務官を目の端でとらえながらこそりと囁くと、クェンティン団長は渋い顔をした。
「ルールがないのは、選定会で魔物を従魔にするというとんでもないケースが、事前に想定できるわけがないからです。それに、今日は森の雰囲気がおかしいので、余計なことはせずにさっさと森を去るべきです。……えっ、本気なんですか?」
クェンティン団長は常識的な回答をしたものの、すぐにソワソワとした様子で聞き返してきたので、本心ではキマイラを従魔にしたいようだ。
「あんなに美しいキマイラは初めて見ました。白色多足のキマイラなんて、二度と遭遇できないかもしれません。それに、森の雰囲気がおかしかったのは、あのキマイラがこの森に入ってきたからじゃないですか」
そそのかすようなことを言うと、クェンティン団長はぐっとこぶしを握りしめた。
「確かにその可能性はあります。それに、キマイラは知能が高いので、個人を識別できます。この機を逃したら、二度とオレには近付いてこないでしょう」
それから、ちらりと私を見てきた。
「しかし、フィーア様は選定会で暫定一位なのですから、このまま快進撃を続けるべきです。サヴィス総長と結婚できるチャンスじゃないですか」
騎士は全員、サヴィス総長に心酔しているから、総長と結婚できたら最高だと心から信じている。
つまり、ここは絶対に否定してはいけないところだわ。
「サヴィス総長と結婚することは、騎士として最高の誉れです! もしもサヴィス総長と結婚できたら、私は新種の魔物の卵を見つけてきて騎士団に寄付します! それくらい歓喜すべき出来事です! しかしながら、私はそんな誉を手に入れるための徳が足りていないのです。ですから、まずは徳を積むところから始めたいと思います。クェンティン団長の望みを叶えることがそれです」
クェンティン団長は喜ぶかと思ったけれど、なぜか悩まし気な顔をした。
「えっ、待ってください。フィーア様がサヴィス総長と結婚したら、新種の魔物の卵を騎士団に寄付するんですか? つまり、魔物騎士団にってことですよね。そ、それは……」
「クェンティン団長?」
おかしいわね。サヴィス総長との結婚に高い価値があるということをクェンティン団長風に表現してみたら、なぜか団長の欲望を刺激してしまったみたいだわ。
「つまり、ここでキマイラを従魔にしたら、フィーア様はサヴィス総長と結婚でき、新種の魔物の卵も手に入るということですね! 最高じゃないですか!!」
クェンティン団長のキラキラした瞳を見て、そうなるのかしらと首を傾げる。
「あれ、そうなりますか?」
「はい!」
クェンティン団長は大きな声で肯定すると、早口でしゃべり出した。
「ああ、フィーア様は何と慈悲深いのでしょう! 徳を積む方法はたくさんあるのに、オレを選んでくれたんですね! ありがとうございます! でしたら、少しだけお時間をお借りします!!」
「は、はい。……それで、どうやって従魔にしましょうか」
何かを間違った気がしたけれど、今さら後には引けないので話を合わせると、クェンティン団長は自信満々に胸を叩いた。
「ご安心ください! オレの従魔は翼持ちですから、キマイラに対抗できます」
確かにその通りだ。クェンティン団長の従魔はグリフォンだから空を飛ぶことができる。
問題は、どうやってキマイラを屈服させるかだ。
魔物を従魔にする場合、相手に『絶対に敵わない』と思わせるか、あるいは、『従魔になったら利益がある』と思わせなければならない。
クェンティン団長の場合は……前者よね。
「クェンティン団長はキマイラに、絶対的強者だと思い込ませなければならないんですよね。了解しました! 私も全力で補助します」
「つまり、この作戦の成功は約束されたも同然ですね!」
クェンティン団長が嬉しそうに顔を輝かせるのを見て、団長のいいところはいつだってプラス思考に捉えることだわと思う。
この前向きな姿勢が、いい結果を呼び寄せるのかもしれないわ。
「オレのグリフォンは近くに待機させています。キマイラはグリフォンに気付いていませんから、ここぞというタイミングで呼び寄せ、奇襲させようと思います」
王太后がデモンストレーションを行った際に見た、黄金色のグリフォンの姿を思い出す。
「連れてきたのは黄金色のグリフォンだけですか? 新しく従魔になった緋色のグリフォンは、連れてきていないんですか」
クェンティン団長は残念そうな顔をした。
「残念ながら、ギザーラは留守番です。王太后陛下のデモンストレーションにギザーラを連れていったら、陛下の機嫌を損ねてしまうと他の団長たちに忠告されました。だから、泣く泣く置いてきたんです」
それは賢明ね。ギザーラはグリフォンの王だけあって、桁違いの迫力と美しさを持っている。
もしも彼女を連れてきたりしたら、観客たちはギザーラに夢中になっただろう。
けれど、筆頭聖女の素晴らしさを知らしめる場で、自分が1番じゃない状況を王太后が許容するとは思えない。
私はもう一度空を見上げると、先ほどと同じ場所で静止しているキマイラを見つめた。
「あのキマイラは非常に用心深いですね。これだけ長々と話をしたのですから、攻撃する好機だと考えて襲ってくるかと思いましたが、まだ上空に留まっています」
「このままであれば、再び襲ってくることなく、飛び去られてしまうかもしれません」
悔しそうな顔をするクェンティン団長を見て、ぼそりと呟く。
「ザビリアを呼ぼうかしら」
すると、クェンティン団長がぎょっとしたように私を見てきた。
「フィ、フィーア様、冷静になってください! 今は選定会の最中なので、おかしな行動を取ったら、ポイントが減点されるかもしれません」
そうなったとしても私はちっとも困らないわと思ったけれど、私のよくない行動は同行者であるクェンティン団長のせいにされるかもしれない。
そうなったら申し訳ないから、ザビリアを呼ぶのは止めておきましょう。
「クェンティン団長、私から離れてもらえますか? 私が一人になったら、弱そうだと思ってキマイラが襲ってくるかもしれません。そこを捕まえましょう」
クェンティン団長はとんでもないとばかりに大きな声を出した。
「あのキマイラを誘い出すためには、かなりの距離を取らなければなりません! あれほど用心深い個体であれば、なかなか近付いてきませんから」
「それで大丈夫です! 私は騎士ですし、考えがありますから!!」
クェンティン団長が心配そうな様子を見せたので、秘策があるのだと胸を張る。
すると、クェンティン団長は後ろ髪を引かれる様子ながら、距離を取ることに同意してくれた。
不思議なのは、キマイラは明らかにクェンティン団長には勝てないと理解している様子なのに、上空をウロウロしていて、この場を飛び去らないことだ。
その姿は、どうにかして私を襲いたがっているように見えたので、おとり作戦は上手くいくのじゃないかしらと期待する。
それに、クェンティン団長が離れてくれたら、秘策を実行できるわ。
つまり、私の声が聞こえないほど団長が遠ざかったところで、キマイラに重量倍加の魔法をかけるのだ。
そうすれば、キマイラは空を飛べなくなるし、動きも鈍くなるから、私だってひらりと華麗に避けることができるはずだ。
私の自信満々な態度を見たクェンティン団長と騎士たちは、心配そうな顔をしながらも全員で離れてくれた。
すると、私が魔法をかけるより早く、キマイラが私に向かって一直線に降下してくる。
わあ、せっかちな魔物ね。
だけど、私だって騎士だから、キマイラの一撃くらい耐えられるわ、と剣を抜こうとしたところで、聖女服を着ていて剣を帯剣していないことを思い出した。
「あ、しまった」
焦った声を上げたところで、キマイラの爪が私の頭上に迫る。
大きく目を見開いた私の視界の端に、真っ青な顔をして走ってくるクェンティン団長の姿が映った。
マズいわと思ったところで突然、何者かが水平方向から現れ、キマイラに体当たりする。
「えっ?」
驚く私の目の前に、黄金色のグリフォンが立ちはだかった。
どうやらクェンティン団長のグリフォンが駆けつけ、私を救ってくれたようだ。
助かったわと胸を撫でおろしていると、黄金色のグリフォンがキマイラに襲い掛かった。
通常であればキマイラはBランクの魔物だけれど、変異種なのでAランクに近いだろう。
そして、グリフォンはAランクなので、力はほぼ拮抗しているはずだ。
そんな滅多にない高ランク同士の戦いは、ものすごい迫力があった。
それぞれの魔物が威嚇のために発する声と、ぶつかり合う羽や爪の音が、森の中に激しく響く。
ちょうどいいわ。今なら私が何をしゃべったとしても、この騒音でかき消されるはずだわと考え、私は呪文を唱えた。
「≪身体強化≫ 重量2倍!」
通常なら、自分か味方にかけるべき重量増加の補助魔法をキマイラにかける。
すると、突然重くなったキマイラは、何が起きたか分からない様子でガクンと高度を下げた。
それから、重さのあまり飛行できなくなったようで、少しずつ高度をさげていき、最終的には地面に足をつける。
そこに、クェンティン団長がタイミングよく飛び込んできて、キマイラを切りつけた。
が―――明らかに急所を外している。
ははあ、なるほどね。
クェンティン団長が黄金色のグリフォンを従魔にするのに、ものすごい時間がかかった理由が分かったわよ。
最近、知ったのだけれど、従魔騎士団の騎士たちの腕にある従魔の証は、長いものでも手首から肘くらいまでしかない。
しかし、クェンティン団長の従魔の証だけは手首から肩まで続いている。
これは、クェンティン団長の従魔がAランクの魔物で、強いからだと思っていたけど、それだけではないわね。
クェンティン団長は従魔にしたいと思った魔物に非情になり切れず、深く傷付けることができないから、団長の強さが伝わらないのだ。
「クェンティン団長らしいわね。こうなったら、私が一肌脱ぐしかないわ」
グリフォンをちらりと見ると、賢い魔物だけあって私の考えていることを理解したらしく、バタバタと翼を羽ばたかせて奇声を上げた。
「クェ―――!!」
「どうした! 何に興奮している!?」
驚くクェンティン団長を尻目に、私は再びキマイラに魔法をかけた。
「≪身体弱化≫風属性30%減!」
いいわね。グリフォンが騒いでいる今なら、もう1つくらい魔法をかけられそうだわ。
そう考え、クェンティン団長にもかけてみる。
「≪身体強化≫ 攻撃力1・2倍!」
とはいえ、クェンティン団長はザビリアの角で作った剣も持っていることだし、あまり強くなり過ぎてもいけないわと、かける魔法はほんの少しだけにしておいた。
「ダンディライオン!」
グリフォンを落ち着かせようとクェンティン団長が名前を呼んだところで、やっと黄金色の従魔は暴れるのを止めた。
クェンティン団長が安堵のため息をついたその時―――グリフォンが確認するように私を見てきたので、バッチリよと片目を瞑る。
そうして、グリフォンが満足気に足を広げたその場には、いつもより弱くなったキマイラと、いつもより強くなったクェンティン団長がいたのだった。








