282 筆頭聖女選定会 三次審査 5
ここは森のどのあたりかしら。
周りを見回したところで、普段はあまり行かない場所にいることに気が付いた。
このあたりに生息している魔物はどのようなものかしら、と考えながら歩を進める。
「クェンティン団長はこのあたりに来たことがありますか?」
「最近はないですね。『星降の森』の東側に来るくらいなら、『星待の森』に行きます」
『星降の森』の東側に広がる『星待の森』には、より強力な魔物が棲んでいる。
クェンティン団長ほどの実力者であれば、『星待の森』に潜りたいと思うのは当然だろう。
「なるほどですね。では、最近の『星降の森』の東側情報については、クェンティン団長をはじめ、ここにいる騎士たちは誰も詳しくないということですね」
クェンティン団長の部下たちは基本的に団長と一緒に行動しているだろうから、皆もこのあたりの最新情報は知らないんじゃないかしら、と思いながら騎士たちを見回す。
すると、案の定、全員からその通りだと肯定された。
ザカリー団長ならこの森全てに詳しいのだろうけど、今ここにいないのよね。
ということは、誰一人詳しくない場所に、聖女の私と騎士たちだけということね。
さて、これからどうしようかしらと、私は考えを巡らせる。
初めの計画通り、私は選定会の途中で抜けるつもりだ。
困ったことに、今のところぶっちぎりでトップの成績を取っているから、最後までいると筆頭聖女になりかねない。
そうしたら、なんちゃって聖女として人々の前に立たなければいけなくなる。
いえ、実のところ、私はなんちゃって聖女ではなく、本物の聖女だから複雑なのよね。
そんな面倒な立場はお断りだし、そうなったら高確率で『魔王の右腕』に見つかってしまう。
しかも、問題はそれだけでなく、筆頭聖女になったら必然的に、王族と結婚しなければならなくなる。
そして、そのお相手は、何とびっくりサヴィス総長だ。
「サヴィス総長と結婚……」
総長と結婚すること自体は、意外と素敵かもしれない。
自由に好きなことをやらせてくれそうだし、美味しいものを食べさせてくれそうだから。
でも、いかんせん周りがいただけない。
シリル団長やデズモンド団長が、がみがみと毎日お説教をしてくることは目に見えている。
「ああー、せっかくの素敵な結婚なのに、小言ばかり言う騎士団長たちがたくさん付いてくるのはいただけないわ。でも、きっと付いてくるのでしょうね」
だから、四六時中騎士団長たちからお説教をされる結婚生活なんてお断りよ。
つまり、選定会は途中棄権一択だわ。
完璧な結論が出て、晴れやかな気分になっていると、クェンティン団長が一つの提案をしてきた。
「もしもフィーア様が筆頭聖女になって、サヴィス総長とご結婚されるのであれば、オレがずっとお守りします!」
私の独り言を拾ったらしいクェンティン団長が、いいことを思い付いたとばかりにキラキラした目で言ってきたけれど、これだってお断り案件だわと心の中で考える。
なぜならクェンティン団長は私を警護するという名目のもと、ずっと私の側にいて、延々と魔物の話をするだろうことは間違いないからだ。
あるいは、私の側に居座って、ザビリアをずっと観察しているかのどちらかだ。
うーん、やっぱりサヴィス総長との結婚には、騎士団長がたくさん付いてきそうね。
これは遠慮する一択だわ。
ということで、頃合いを見て選定会を途中棄権してしまおう。
元々、選定会に参加したのは、この国でトップレベルの聖女たちの魔法を見たかったからだ。
そして、見たいものは十分見ることができたので、目的は果たした。
加えて、先ほど聖女たちと別れたため、これ以上彼女たちの魔法を見ることはできなくなってしまったから、選定会に残る理由がなくなった。
だから、今すぐ引き上げてもいいのだけれど、何の理由もなく選定会を抜けることはできないから、魔物と一戦した後に適当な理由を付けて棄権することにしよう。
そう考えながら、森の中をてくてくと歩く。
けれど、不思議なことに、その後1時間歩いたにもかかわらず、魔物とは一度も遭遇しなかった。
「普段行かない場所に行けば、魔物がわんさかいるかと思ったのですが、そうでもないですね」
あるいは、この森を担当している第六騎士団は、このあたりにしょっちゅう来ていて、魔物をあらかた狩り尽くしてしまったのだろうか。
疑問に思って尋ねると、クェンティン団長は考えるように片手で顎を摘まんだ。
「この森にいて、これほど魔物に出会わなかったのは初めてです」
クェンティン団長が首を捻っていたので、どうやら団長にとっても珍しいことのようだ。
少しの間考えていたクェンティン団長だったけれど、何かを思い出したように口を開く。
「そういえば、オレは一度だけ、類似事案に遭遇したことがあります。霊峰黒嶽でのことです」
「……霊峰黒嶽ですか」
それは黒竜であるザビリアの棲み処だ。
何となく嫌な予感がして口を噤んだけれど、クェンティン団長は話し始めたことを最後までしゃべるつもりのようで、言葉を続けた。
「あの山は長いこと、黒竜王様が治められてきた場所です。しかしながら、10カ月ほど前、黒竜王様は黒嶽を離れました」
知っているわ。ザビリアはまだほんの子どもだったのに、ルード領まで飛んできたのよね。
「黒竜王様が去った後の黒嶽は、大変な状態になりました。次の王を目指す魔物たちがひしめき合い、群雄割拠の様相を呈したのです。そのため、山のあちこちに魔物が溢れていました。しかしながら、黒竜王様がねぐらにしていた洞窟をはじめ、その周囲一帯には一切魔物がいませんでした」
へー、そうなのね。どうしてかしら。
「恐らく、黒竜王様の気配が色濃く残っていたため、魔物たちは近付くことができなかったのだと思います」
「そんなことがあるんですね」
クェンティン団長はきりりとした表情を浮かべると、得意気に言葉を続けた。
「つまり、圧倒的強者の縄張りの中には、他の魔物が一切入り込まないということです! 不在であっても他の魔物を寄せ付けないとは、さすが黒竜王様です!!」
すごいわね。クェンティン団長ったらどさくさに紛れてザビリア自慢をしているわよ。
「ええと、クェンティン団長が言いたいのは、もしかしたら私たちはその圧倒的強者の縄張りの中にいるのじゃないかということですか? だから、他の魔物が一切近寄ってこないといいたいんですね。でも、縄張りにしては広すぎないですか」
私は一時間も歩いたのだ。
こんなに広い縄張りを持つ魔物なんているのかしら。
不思議に思って問いかけると、クェンティン団長は肩をすくめた。
「いないことはありませんが、これほど広い縄張りを持ち、かつ他の魔物を寄せ付けないほど強力な力を持つ魔物は限られています。そして、オレの知る限り、それらの魔物はこの森にいないはずです。ということは、この森に棲んでいるいずれかの魔物が、滅多にないほど大きな群れを作ったのかもしれません」
群れが大きくなるほど、その魔物の縄張りは広くなる。
だから、クェンティン団長は何らかの魔物が大きな集団を作ったのではないかと言っているのだ。
あり得る話だとは思ったものの、なぜかそれだけではないような気がして、ぶるりと体が震えてしまう。
ああ、何だか嫌な予感がするわ。
そして、嫌な予感がしたのはクェンティン団長も同じだったようで、表情を硬くした。
「今日の森は普段と様子が異なります。ですから、これ以上は進むことなく引き返すべきだと思います。しかし、決断するのはフィーア様です」
今は選定会の最中だから、この森でどれだけ回復魔法を使用したかが点数化される。
そして、その点数を加えた総合得点で最終結果が決まるから、危険「かもしれない」という心配だけで、聖女の審査を中止させる権利は騎士にないのだろう。
私も引き返すのが正解だと思うし、ここで帰ったら途中棄権するいい言い訳になりそうだけど……
「プリシラとローズが引き返したかどうか分かりますか?」
気になっていることをクェンティン団長に質問すると、団長は顔を上げて空を見回した。
「恐らく、2人ともまだ森の中にいるはずです。聖女様が終了する場合は、それぞれ騎士団長が狼煙を上げることになっています。先ほどから空を確認していますが、東側ではまだ煙が上がっていません」
私はきゅっと唇を噛み締めた。
「では、この森を離れるわけにはいきません」
何が起こるか分からない不穏な場所に、プリシラとローズを置き去りにするわけにはいかないわ。
クェンティン団長は理解を示すように頷いた後、私を力付けるような言葉をかけてくれた。
「ザカリーとイーノックは騎士団長です。必ず聖女様をお守りするはずです」
「ええ」
騎士団長の責任感の強さと圧倒的な強さは知っているわ。
でも、それでも心配になるのはどうしてかしら。
聖女服の胸元部分をぎゅっと握りしめていると、ぞくりとした悪寒が背中を走る。
ハッとして周りを警戒しようとしたその時、少し離れた場所にいたクェンティン団長が息を呑む音が聞こえた。
どうしたのかしらと思った瞬間、空を見上げたままの団長が大声で叫ぶ。
「フィーア様、逃げてください!」
クェンティン団長の叫び声と同時に、ものすごい勢いで空から何かがまっすぐ落ちてきた。
そのため、私はそれが何か確認する間もなく、全速力で走り出す。
けれど、その何かは私が元いた地点の地面すれすれでぴたりと静止すると、素早く向きを変えて再び私に向かってきた。
一体何が私を追ってきているのかしらと気になったものの、振り返ったら追いつかれるため、ただただ前を見てまっすぐ走る。
しかし、魔物と私では魔物の方が速いようで、私のすぐ後ろに魔物が迫ったのが分かった。
襲われる! と恐怖を感じた瞬間、ガキンという音が私の真後ろで響く。
はっとして振り返ると、いつの間にかクェンティン団長が駆けつけてくれたようで、剣で魔物を防いでいた。
そのため、初めて私を襲おうとした魔物の姿を見ることができたのだけれど、それは異なる生物の特徴を持つ特殊個体だった。
「キ、異質同体の魔物!?」
キマイラは複数の強い生物の特徴と力を併せ持つ上位の魔物だ。
つまり、獅子の体に鷲の翼を持つ恐ろしい魔物だけれど、目の前のキマイラはさらに特殊で、足の数が通常より2本多い6本あり、色も初めて見る白色だった。
「キマイラの変異種です」
クェンティン団長の言葉を聞いて、何かの記憶が蘇ってくる。
キマイラの変異種ですって。あれ、私はこの話を最近聞いたわよ。
考えを巡らせる私に、クェンティン団長が答えを教えてくれる。
「これはクラリッサのキマイラです! 何てことだ。この魔物にクラリッサが執着していたから、この間も彼女と一緒に『星待の森』に潜ったんです。しかし、ちっとも見つからないので、クラリッサに八つ当たりされました。まさか『星降の森』に移動していたとは思いもしませんでした!!」
キマイラがいた『星待の森』と、私たちが今いる『星降の森』は近接している。
だから、魔物が森を移動するのはあり得ないことではないけれど、よくあることでもないため、まさか森を移動していたとは考えなかったようだ。
そうよねと思いながらキマイラに視線を移した私だったけれど、その真っ白い姿に目を奪われてしまう。
確かにこれは美しいわね。純白の変異種なんて滅多に現れないレアものだわ。
「クラリッサ団長が恋の病だと勘違いしたのも分かりますね。これはとても美しい魔物です」
思わずそう呟くと、クェンティン団長が悩まし気に顔を歪めた。
「ええ、できればオレの従魔にしたいところです!」








