281 筆頭聖女選定会 三次審査 4
私が口を噤むと、その場にはしんとした沈黙が流れた。
プリシラとローズはぽかんと口を開けて私を見ているし、王太后は憎々し気に私を睨み付けている。
そして、クェンティン団長とザカリー団長、イーノック団長の3人は、よくやったと言いたげな顔をしていた。
「……ええと、それでお話とは何でしたでしょうか?」
しばらく待ってみたけれど、状況は変わらなかったので、恐る恐る王太后に尋ねてみる。
そもそも王太后は私に話があるとのことだったけれど、肝心の話をまだ聞いていないことに気付いたからだ。
すると、王太后は腹立たし気な声を上げた。
「筆頭聖女である私が、次代の筆頭聖女候補に訓示を述べようと思ったのだけれど、あなたにはその価値がなかったようね! だから、話はこれまでよ!!」
「……ご期待に添えず申し訳ありません」
ぺこりと頭を下げたけれど、王太后の機嫌は直ることなく、もう一度私を睨み付けた後、足音高く去っていった。
残された私がローズを見つめると、彼女はわなわなと体を震わせる。
「フィーア、あなた、信じられないほど王太后様を怒らせたわ!」
そうね。私はローズの顔を潰しちゃったのかしらと、申し訳ない気持ちで彼女にも頭を下げる。
そんな私に向かって、王太后から個人的に声をかけてもらうことがいかにすごいことなのか、ローズはとうとうと話し始めた。
けれど、どれだけ話を聞いても王太后がすごいとは思えないし、王太后に対して申し訳ないことをしたという気持ちも湧いてこない。
多分、私が考える聖女のすごさと、ローズや王太后が考える聖女のすごさは異なるのだろう。
しかしながら、そんなことを言うわけにもいかないので神妙な顔で話を聞いていると、ザカリー団長が近付いてきて、ばしりと背中を叩いた。
「フィーア、お前はすげえな! オレは心の底からスカッと……いや、何でもない」
ザカリー団長は愉快そうに口を開いたけれど、ローズとプリシラの視線を感じて口を噤む。
けれど、我慢できなかったようで、すぐに満面の笑みを浮かべると、私の背中をバシバシ叩いてきた。
「ザ、ザカリー団長、痛いです」
「はははっ、あれほど威勢よく自分の腕を切りつけたやつが何をいう! いやー、オレは心底驚いたぞ! まさかあれほど激しく自分の腕を傷付けるとは思わなかったからな! しかし、それ以上にあれほど一瞬で怪我を治せるとは思わなかった。そのネックレスは本物だな」
ザカリー団長は最後の一言を小声で言うと、感心したように聖石のネックレスを見つめてきた。
そのため、あ、そうだった、騎士団長たちは私が聖石の力に頼っているなんちゃって聖女だと思い込んでいるのだったわと、現状を思い出す。
聖石のネックレスの設定を考えた時は、ここまで選定会に深入りするつもりはなかったけれど、深入りしても騎士たちは私を疑う様子を見せなかった。
これはやっぱり、聖石を使うという私のアイディアが優れていたのねとにまにましていると、イーノック団長が荒らげた声を上げた。
「ザカリー、馬鹿げたことを言うな! これは聖石の功績ではなく、フィーアが優れているのだ! いかに大量の回復魔法が聖石に込められているとしても、これほど素早く発動させることができたのはフィーアの手柄だ。信じられないことだが、フィーアは古の大聖女様と全く同じように詠唱を省略した。私は感動した」
ザカリー団長と違って、イーノック団長は聖石について、普通の音量でペラペラとしゃべっていた。
立派な騎士団長らしからぬ迂闊な行為だったけれど、それはきっと興奮状態だったからだろう。
優しい私はそう考えることにする。
それに、聖女たちは既に聖石について知っているから、イーノック団長に気が済むまでしゃべってもらっても問題ないのよね。
団長、よかったわねと思いながら、ちらりと視線をやったところでぎょっとする。
それはザカリー団長も同じだったようで、団長は驚愕した声を上げた。
「お、おい、嘘だろイーノック! お前、泣いているのか!?」
ザカリー団長の言う通り、どういうわけかイーノック団長はボロボロと涙を流していた。
にもかかわらず、一切拭うことなく流れるままにしており、さらには感極まったような声を出す。
「不思議はない。先ほどのフィーアの回復魔法は、感涙するほどの代物だった」
イーノック団長とは異なり、ザカリー団長にとって回復魔法を見て、感激の涙を流すことは不可思議な出来事のようで、ドン引いたように顔を引きつらせた。
「お前が大聖女様の熱狂的なファンだということは知っていたが、これはフィーアだぞ! まさか大聖女様と似た魔法を使っただけで、フィーアのファンになるつもりか!?」
「ならない。私の熱狂と崇拝は大聖女様のものだ」
まるで急激に熱意が冷めたかのように、スンとした表情でイーノック団長は答えた。
そのため、一連の会話を聞いていた私は、イーノック団長から一方的に告白されて、さらにはフラれたような気持ちになってしまう。
「ど、どうして私がしょんぼりしないといけないのかしら」
しゅんとしていると、ザカリー団長がもう一度バンと背中を叩いてきた。
「フィーア、元気を出せ! 聖女様としては分からねえが、騎士の中で今日一番の功労者はお前だ! 聖女様の尊さと価値の高さが分かっていたら、絶対に王太后陛下に向かってあんなセリフは吐けねえ。それなのに、お前はきっぱりはっきり騎士の立場を主張した。他の誰も言えなかった騎士の思いを、お前は言葉にしたんだ!」
「えっ、ええ、私は騎士ですから」
ザカリー団長が私を褒めているのか貶しているのか分からなかったので、分かり切っている事実だけを答えると、団長が素晴らしい提案をしてくれる。
「その通りだ! それなのに、慣れない選定会で聖女として頑張っているお前はすげえ! だから、この第三次審査が終わったら、好きな飯を食わせてやる。食べ放題、飲み放題だぞ!」
ザカリー団長が気前のいいことを言ってきたので、私は間髪をいれずに返事をした。
「はい、行きます!」
「フィーア様、オレもご一緒させてください!」
クェンティン団長がすかさず便乗してきたけれど、珍しいことにイーノック団長も手を挙げる。
「私も同行する」
わー、食事会は人数が多い方が楽しいわよね。
これは楽しくなりそうだわと嬉しくなったところで、プリシラに頬をつねられた。
「プ、プリヒラ、何をふるの?」
びっくりして目を丸くすると、プリシラは私の頬から手を離し、じっと私を見てくる。
「フィーアはとても楽しそうだけれど、現在進行形で第三次審査の真っ最中だということを忘れていないかしら」
「そ、そうだったわ」
つねられた頬をさすりながらハッとすると、プリシラは呆れたような声を出した。
「大事な選定会の最中に、そのことを忘れられるってすごいわね!」
いえ、それを言うなら、こんな大事な選定会の最中に、私に色々と言ってくる王太后や、食事会に誘ってくる騎士団長たちの方がすごいんじゃないかしら。
もちろん私は大人だから、騎士団長たちを前にしてそんなことは言わないけど。
「さあ、今日で全部終わりなんだから、最後まで頑張るわよ! ローズは大丈夫?」
プリシラがローズに尋ねると、彼女は夢から覚めたようにぱちぱちと瞬きをした。
「ええ、何だか……フィーアと騎士たちの会話を見ていたら、少し元気が出たわ。先ほどの王太后様は、これまで私が知っていた姿と違っていたから、どう考えていいか分からなかったの。きっと、選定会の最終審査中ということで、気が昂っていらっしゃったのね」
自分に言い聞かせるように呟くローズを見て、彼女は真面目なのねと思う。
ローズは大聖堂の下働きだったところを、王太后に見出されて聖女になったと言っていた。
だから、王太后のことを救世主のように思っているのだろう。
その結果、王太后のことを絶対に間違わない完璧な聖女だと信じてしまったのだろうけど、私への態度を見て普段とは違うと違和感を感じたようだ。
多分、これまでローズが見ていたのは、王太后のいい一面だけだったのだろう。
……でも、今後は少しずつ、王太后の完璧じゃない部分も見えてくるんじゃないかしら。
人間は誰だって成長するものだし、色々と気付くものだしね。
そう考えた私は、にこりと微笑んだ。
「それじゃあ、そろそろ第三次審査に取り組みましょうか」
「ええ、ここでお別れね。……フィーア、頑張ってね」
恐らく、私が選定会の途中で抜けると言った言葉を、プリシラは思い出したのだろう。
そのため、彼女は一瞬、寂しそうな顔をしたけれど、すぐに私に向かってにこりと微笑んだ。
それから、ひらひらと手を振って私たちと別れると、ザカリー団長とともに森の中に入っていった。
「お互い正々堂々頑張りましょう」
ローズはきりりとした表情でそう言うと、イーノック団長とともに森の奥に歩いていく。
私は2人を見送った後、クェンティン団長を振り返った。
すると、団長は待ってましたとばかりに口を開く。
「フィーア様、オレたちも行きましょうか!」
クェンティン団長の力強い声に、私は頷いたのだった。








