3-9rep プロテインはホエイとソイのミックスに限ります!
「もうブルガリアンは懲り懲りだよぉぉ! ブルガリアンはヨーグルトで充分だよぉぉイッテェええええ! 腓返った!!! 痛い痛い痛いギブギブギブギブ!」
私が悪夢と腓返りのダブルパンチに襲われて悶絶していると、部屋のドアが爽やかに開きました。
「朝から元気だね? モヤシちゃん、おはよう!」
アドニスさんの甘い笑顔と輝く白い歯。本当に惚れてしまいそうです……その肩にあんな岩石のような筋肉が乗っていなければ。
「あ、あ、あ、アドニスさん、た、助けて……足がががが!」
「むぅ、これは良い張りだね! 頑張ったね、モヤシちゃん!」
キランとウィンクをすると、アドニスさんは日課の有酸素運動(42.195kmマラソン)へと爽やかに消えていきました。
(……待って、見捨てないでーっ!?)
階下からは、ガストンさんが「重りが足りねぇ!」と叫びながら宿全体を持ち上げようとしている地響きが聞こえてきます。体感で今は震度3ってところです。衛兵を呼ばれる前に止めに行きたいですが、私は痛みのあまり一歩も歩けません。
「ば、バジルさん……? 居ませんか……? 助けて〜……ヘルプで〜す……」
「あ、すみません。前鋸筋のことを考えていてボンヤリとしていました」
何考えてんだこの坊主は!?
「と、とにかくこれは肉離れです! ヤバいです! 凄く凄い奴です! いてててて!」
「むぅ、コレはだいぶ熱を持っていますね。さすればこの濡らし固めた塩と……ムキムギルマンの肝から作ったEAA(必須アミノ酸)を――」
「あ、そういうの良いんで! もっとこう、優しい施術を……!」
「ふむぅ、ティミ嬢はまだまだ甘えたい盛りの迷える小モヤシですねぇ。仕方ありません、久しぶりに聖なる癒しの力を使ってみましょうかね?」
「え? でも筋肉を信じすぎて、女神様にその力を没収されたんじゃ……?」
「可哀想な肉離れに襲われた小モヤシに癒しを与えるなら、女神様も力を貸してくださるでしょう。それでは儀式を始めます」
ごくり。一体どんな聖なる儀式が始まるのか……。
「先ずは女神様を迎える魔法陣を床に描いて、円の四方に女神様の好きな物を配置します。ダンベル、プロテイン、EAAに、ゴールドジィムシティで買ったロゴ入りタンブラー。ここで重要なのは、女神様はプロテインはソイとホエイのミックスが好みです。それ以外だと拗ねて降臨してくれません」
(め、女神様……そんなんで良いんだ……?)
「さぁ、あとは魔法陣の真ん中に立ち、トランスに入るほどのトレーニングをしていれば、きっと降りてきてくれます。それでは失礼して……シュッ、シュッ!」
バジルさんが、魔法陣の中心で黙々とヒンズースクワットを始めました。
それから一時間が過ぎた頃――。
バジルさんの足元には、汗で立派な水溜まりが出来ています。
完全にゾーンに入ったバジルさんの目は血走っていて、本気で怖いです。
「シュッ、シュッ」と、規則正しい怪しい息遣いだけが寝室に不気味に響き渡ります。
窓の外を見ると、ガストンさんが宿を揺らすのを諦めて、走っていったアドニスさんを追いかけて遠ざかっていくのが見えました。
室内には今も「シュッ、シュッ」とバジルさんのスクワット音だけが空虚に響いています。
お父さん、お母さん。
私は、肉離れの治療の選択肢を、最初から間違えたのかもしれません。




