荒野のマッチョ達2
丘の上の集落、通称「スプラウト村」は、いまや地獄の訓練キャンプと化していました。
朝から晩まで、マッスルモンスターたちの怒号が空気を震わせます。
「そうだ! その1レップが村の一日を守るんだ! 限界まで追い込め! そしてもう5レップ! さらに5レップだ!」
「簡単なことは他の奴らにやらせておけ! 辛いことをしろ!」
「危険を伴うエクササイズは良いエクササイズだ! ナイスプル! バルサルバ! グッジョブ!!」
老いも若きも、鍬の代わりにバーベル代わりの丸太を担ぎ、畑を耕す代わりにフルスクワット。
マッスルモンスターたちの指導は、老人にさえ「血管の強度を上げれば寿命が伸びる」という謎の理屈で容赦がありません。村人たちは皆、生まれたての小鹿のように脚をガクガクさせながら、それでも必死に食らいついていました。
そんな日々の、唯一の癒やし。
それは、村娘のチカちゃんが作ってくれる炊き出しの時間でした。
バジルさんが用意する、味気ない乾燥肉や「大百足の粉末」といった絶望的な筋肉食材たち。しかし、チカちゃんはそれらを天才的な料理技術で、見たこともないようなご馳走へと昇華させてくれるのです。
「ティミちゃん、これ、バジルさんの持ってきたお肉をじっくりハーブで煮込んだの。食べて?」
彼女が作ってくれた温かいスープを啜る時だけ、私の瞳にはギリギリのハイライトが灯ります。
ですが、幸せな時間は一瞬で終わります。
食事が終われば、チカちゃんもまたマッスルモンスターたちの容赦ない餌食となるのです。
「ほら、チカ! 食べた分は即座にグリコーゲンとして消費するんだ! デッドリフトの準備!」
「もうやめてあげてよ!!」
私は、過呼吸気味に倒れ込むチカちゃんを抱きかかえ、アドニスさんたちに文句を言いました。でも、それを遮ったのは、他ならぬチカちゃんでした。
「ティミちゃん……いいの……っ! これは、私たちが頑張る問題なの……。このスプラウト村の皆が、やらなきゃいけない……問題なの……。コーチ! まだやれます! もっとマキシマムな乳酸を、私たちの筋肉に与えてください!!」
ダメだコイツら……スポ根に酔ってる。
さっきまで死にそうだった村人たちが、チカちゃんの言葉に呼応して「乳酸! 乳酸!」と合唱を始めました。
私は静かに目を閉じました。ハイライトが、また少し薄くなりました。
それからは、もはや「防衛」の域を超えていました。
日夜行われる、素手での堀作り。素手での防壁作り。
重機も魔法も使わず、ただひたすらに「自重と筋肉」だけで村の要塞化が進んでいきます。手の空いた者は当然のように筋トレ。村全体が、一つの巨大な「生きたジム」へと変貌していく。
夜。チカちゃんが、バジルさんの「チキンシェイク」を絶品のホワイトシチューに変えてくれました。
それを頬張りながら、彼女は静かに過去を語ってくれました。
「私の両親ね……私が小さい頃、魔物に殺されたの。この村の人たちが、行き場のない私を拾って、育ててくれた。……だから、今度は私が村を守りたいの。そのためなら、どんなに筋肉が千切れても、どんなにプロテインが不味くても……耐えられるわ」
チカちゃん……。
その真っ直ぐな瞳。泥と汗にまみれながらも、明日を見据える強い意志。
それは紛れもなく、私が見失いかけていた「希望」そのものでした。
……でもチカちゃん。
君が今、シチューのスプーンを持つ手が震えて、自分の顔を叩き続けているのは、たぶん希望のせいじゃなくて「極度の神経疲労」のせいだと思うんだ。
お父さん、お母さん。
私は、この村の未来を信じたい。
でも、未来の前に、村人の関節が明日まで持つかどうかの方が心配です。




