荒野のマッチョ達1
ゴールドズィムシティを離れる頃、私の体に異変が起きていました。
あの「筋肉の風」に当てられ、日々強制的に摂取させられるプロテインと、逃げ場のないトレーニングの成果か、私のBIG3合計が……なぜか300kgに達しようとしていたのです。
ベンチプレス60kg、デッドリフト110kg、スクワット90kg。
私は魔法使いです。私は魔法使いです。……大事なことなので、あえて二回言いました。杖より重いものは持たないはずだった、可憐な魔法使いなんです。
私たちは今、魔王の統べる「空白の大陸」へと渡る唯一の手段、『北の大橋』を目指して旅を続けています。
「……ふぅ。……ふぅ。バックランジ、キツい……」
いつも通り、丘をバックランジで登るという狂った行軍をしていた時です。
どこからか、絹を裂くような乙女の悲鳴が聞こえてきました。
(あぁ、また誰かが酷い目に遭ってる……。そして、私もきっとこれから酷い目に遭うんだろうなぁ……)
遠い目でそう予感しながらも、私はバックランジからフロントランジに切り替え、音の鳴る方へ加速しました。マッスルモンスターたちは既に音速に近いランジで丘の向こうへ消えています。
辿り着いた集落は、悲惨な有様でした。
犯人はこの辺り一帯を荒らし回る野党、通称「野伏り」。
「マッチョを雇うだべ! 腹を空かせてるマッチョを雇って、野伏りを追っ払ってもらうだべ……!」
ボロボロになった村長さんが、藁にもすがる思いで私たちに縋り付いてきました。
「旅の皆さん、どうかおら達に力を貸してけれ!」
村人たちの切なる願い。そして村娘のチカちゃんが、必死に私の手を握って懇願してきました。彼女は、昔の私によく似ていました。背が低くて、痩せっぽちで、怯えた瞳をしていて。
「ねぇ、アドニスさん……放っておけないよ。ガストンさんも、バジルさんも! 助けてあげようよ!」
いつもなら「正義のバルク!」とか言って即座に飛び出すはずの三人。
なのに、どういうわけか彼らは険しい顔で黙り込んでしまいました。
「どうして……? なんで助けてあげないの? あなたたちの筋肉は、困っている人を助けるためのものじゃないの!?」
私の叫びに、アドニスさんがゆっくりと口を開きました。
「……よし! 村の皆、筋トレだ!!」
「は?」
私の口から、魔法使いらしからぬ素っ頓狂な声が出ました。
「いいかい、村の皆さん。僕たちが今、野伏りを追い払うのは簡単だ。だが、僕たちが去った後、奴らは必ず力を蓄えてまたやってくる。その時、僕たちはここには居ない! 魔王討伐に向かわなければならないからだ!」
「そうだぜ!」ガストンさんが拳を打ち鳴らす。「俺たちは早く魔王をブチのめして、聖地で筋トレやり放題な日々に戻らなきゃならねぇんだ! いつまでもここに居てやることはできねぇ!」
「大丈夫です、女神様と大胸筋の加護が貴方たちを導きます。さあ、怪我の治療が終わった人から、まずはスクワットですよ!」
バジルさんは傷ついた人たちを介抱しながら、既にプロテインの粉末を水に溶かし始めています。
「待って。村の人たちも、なんでちょっと納得しかけてるの!? 『自立こそが最大の防御』みたいな顔しないで! 筋トレで野伏りに勝てるようになるまで、何年かかると思ってるのよーーー!!」
私の絶叫は、既に始まりつつある村人たちの「1セット目」の掛け声にかき消されました。
かつての私のように怯えていたチカちゃんまで、ガストンさんに無理やり丸太を担がされ、「……重い。でも、効いてる気がする……」と、瞳に危うい光を宿し始めています。
お父さん、お母さん。
この人たちは、魚を与えるのではなく、魚を獲るための「広背筋」を鍛えさせる道を選んだようです。
一番の被害者は、村人たちのトレーニングの「見本」として、休みなくデットリフトの姿勢とバルサルバ法を繰り返させられる、私だということに、誰も気づいてくれません。
選択を間違えたという確信が、パンパンに張った脊柱起立筋と共に、村の土に刻まれていきます。




