OVA第9話:筋肉の都市2
目が覚めると、そこは薄暗い地下室のような場所でした。
目の前には、ぴっちりとしたタンクトップを不自然に着こなし、妙にニチャついた喋り方をする男が立っていました。
「ヒッヒッヒ……。見つけたぞ、極上の『成長株』。俺がじっくり、たっぷりと……可愛がってやるからな」
(……出た。ついに来たわ。これ、故郷の図書館の隅っこにあった、表紙を隠して読むタイプの薄い本で見たことある展開! きっと、いやらしいことをされるんだ! 魔法使いとしての純潔が汚されるのよぉぉ!)
……筋トレでした。
それも、これまでで一番最悪な種類の。
「おい! 腰が浮いてるぞ! 甘えるな、このゴミムシが! 俺の現役時代は、今の三倍は重いものを上げていたんだぞ!」
この男、自称パーソナルトレーナーの指導は、あまりに自分勝手でした。
飛んでくるのは声援ではなく、ただの怒号と罵倒。そして隙あらば始まる、聞いてもいない自分の過去の自慢話。しかも、指導のために彼が扱う器具の重量を見れば……。
(……あれ? もしかして、こいつ、そんなに重いもの扱ってなくない? アドニスさんたちが『アップの前の関節の確認』でやるような重さで、なんでそんなに偉そうに……?)
あの人たちは、違いました。
どんなに無茶なノルマを課してきても、必ず「素晴らしい筋肉の躍動だ!」という肯定から始まり、失敗しても「君は今、失敗という名の成功を成し遂げたんだ!」という謎理論で無理やり前を向かせてくれました。
でも、この男は違う。ただ「教えている自分」に酔いしれ、弱い相手を罵倒して気持ちよくなりたいだけ。
……それって、いやらしいことされるより、もっとムカつかない?
「……ねぇ。大口叩くなら、圧倒的なバルクを見せてからにしなさいよ。……この、ベンチ豚がぁぁぁ!!」
一方その頃。
聖地での至福のオールアウトを終えて宿へと戻った三人のマッスルモンスターは、入り口付近に落ちていた「ビジター利用」の名札を見つけて、かつてないほどの恐慌状態に陥っていました。
「モヤシちゃんの名札が……! これは、緊急事態だ!!」
「俺としたことが……聖地のマシンに魂を売って、豆苗を忘れるとは……!」
彼らは街中を狂ったように駆けずり回りました。
聞き込み? 捜査? いいえ。
彼らは「マッスル・インスピレーション」と称して、街中の建物の壁やドアを「コンッ」と叩いた振動の反動だけで、対象が隠れている地下空間の密度を割り出すという、物理法則を置き去りにした手法でアジトを特定。
闇トレーナーの潜伏先に辿り着いた三人が、分厚い鉄扉を「ノック(粉砕)」して突入した、その時です。
「…………な、なんだ。これは……」
アドニスさんが絶句しました。
そこには、脳天をジェットバットで完璧にカチ割られ、白目を剥いて泡を吹いている哀れな闇トレーナーの姿がありました。
犯人は、返り血(とプロテインの飛沫)を浴びたまま、冷たい瞳でバットを肩に担いで立っていました。
「あ……みんな。やっと来た」
私の声には、もはや一滴の慈悲も残っていませんでした。
この闇トレーナーは「非筋肉的行為(不適切な指導および自慢話)」の現行犯として衛兵に引き渡され、街を永久追放。
逆に、不適切な指導を物理的に解決した私は、その「筋肉的解決行為」を評価され、名札が「ビジター利用」から「成長株」へと昇格しました。……何一つ、嬉しくありません。
「……ねぇ。早く、この街を出ましょう? 私の目からハイライトが完全に消滅する前に」
「あ、ああ。そうだね。少し羽目を外しすぎたようだ」
「魔王を倒したら、好きなだけここに来ればいいじゃないですか。……ね?」
私の笑顔に、三人の怪物が初めて「ヒッ……」と身を竦めたのを、私は見逃しませんでした。
お父さんお母さん。
私は、誰かに教わるよりも「壊す」ことの方が得意になってしまったようです。
選択を間違えたという確信が、バットの重みと共に手に馴染んでいくのが、ただただ恐ろしいです。
※ジェットバット(ティミの持つ魔法の杖 釘バットに仕込まれた魔法陣から加速魔法アクセルが吹き出し、全てを破壊する武闘派魔女に人気の逸品)




